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ああなんてことだ



 冷徹れいてつ、氷の鬼、鋼のリグリス・ガルシア副団長の目の前には、座ったまま眠る、十二歳の年齢まで退行たいこうした幼いミリア・カーターの無防備な寝姿があった。




「ああ、なんてことだ」



 

 リグリス副団長はその青みががった黒髪を乱し、青みがかった灰褐色はいかっしょくの瞳を不安に揺らがして、息を切らせてやってきたところだった。彼の着用している胸元に記章のついた黒い隊服もよれよれだった。


 つい先ほどまで戦場を指揮し、状況が落ち着き、ようやくひと心地つけたところだった。


 彼の部下、ミリア・カーターが救護室に運ばれたと知らせが入ったのだ。


 慌てて全速力で救護室の白いテントに向かい、その垂れ幕を持ち上げ中の様子を目にしたとたん思わず声を上げたのだ。



 彼は卒倒しそうだった。



 彼はその強靭きょうじんな精神力で、紙一重のぎりぎりのところを踏みとどまったのだ。




「ええ、本当に不幸なことで」


 救護室に迎え入れた神官はひどく申し訳ないといった悲壮な面持ちだった。


 彼の白い髪はぼさっとなり、目の下にはうっすらとくまがある。


 優し気な目元はくしゃりと歪み、手を尽くした結果なのだということが見て取れる。


 我が国が誇る魔術部隊の若きエース、水魔術使いのミリア・カーター女史が、敵国の呪術師に退行たいこうの呪いをかけられてしまい、どんな手を持っても解除がかなわなかったのだ。もう絶望するしかない。


 だがリグリスが気にしていたのはそこではなかった。


 リグリス副団長はその光景を見て胸の鼓動こどうが抑えきれなかった。





(な、な、な、なんて可愛いんだああああああああ~~~~~~~~!!!!)





 彼は今にもあふれ出そうになる鼻血を鼻の筋肉で押しとどめていた。


 彼は自分と戦っていたのである!



「私は魔術師団長にこの件を伝えてまいりますので、リグリス副団長あとはお願いしますね」


 神官は魂の抜けた様子で、ふらふらと部屋を出て行った。


 おそらく自分の力不足に打ちひしがれているのだろう。


 リグリス副団長は茫然ぼうぜんと部屋につったっていた。


 彼の青みががった黒髪はさらりとしてつやがあり、その青みがかった灰褐色はいかっしょくの瞳は磨き上げた鉱石のように見る者の目を惹きつける。


 そんな彼の視線は今、目の前の少女にくぎ付けだった。彼女は元魔術部隊攻撃部門の水魔法担当ミリア・カーター。




 彼女は水魔術に長け、そのずば抜けた才覚で戦果を挙げ王国魔術部隊に貢献した。


 彼女の流れるような水色のくせのない髪は優美でいてリグリスの目を惹きつけた。


 少しつり目がちな意志の強さを思わせるサファイアの色をした瞳は光を反射してきらりと光り、リグリスの鋼の心をとりこにしたのだ。



 リグリス副団長は清廉せいれんな人物だ。それでいて自分にも他人にも厳しい。


 彼は不器用で己の恋心に素直になれなかった。


 彼女に近づきたいものの、近づきかたが分からなかったのである。


 若きリグリスは彼女の傍に行きたいあまり、時間をつくっては彼女のもとに足しげく向かい、彼女の細かな失態を目を皿のようにして見つけてはなじり、叱咤しったしていたのである。


『カーター、先ほどの不出来はなんだ、たるんでるぞ! あの程度の敵一発で仕留められなくてどうする。そういった甘い見通しがこういった戦場で一瞬の命取りになるのだぞ。だいたいお前は魔術師学院で優秀だったかなんだか知らないが、ここではまだ中堅なんだ。もっと考えて行動しろ。あとこの間のことだが……』


 ミリアは負けず嫌いな人間だった。口うるさいリグリスにいつも内心煮えくり返っていたのである。まさに目の上のたんこぶと呼ぶに等しい。



 そんなわけで二人の関係は最悪だった。



 騎士部隊に所属するリグリスと、魔術部隊に所属するミリアが接点もないというのにいったいどうすればここから関係改善できるというのだろう。


 リグリスはもはや意地を張って、目の上のたんこぶ係に骨をうずめる覚悟だった……そう、今日までは。




(これは……心臓にわるいな)


 



…………破壊力がすごい!!!



 彼女の誇る水魔術極大攻撃でもこれほどまでの打撃を与えることはできないだろう。


 なんというか、このリグリス副団長はこれでも最強格の騎士であるので、たいていの魔術はその腰に携えた聖剣でぶった切れるのだ。


 彼に魔術攻撃はほとんど効かないといっていい。




…………だが今は違った!!!!!!




 彼の胸元の分厚い最高品質のミスリルの防具をものともせず、今のミリアの幼い愛らしさはリグリスの心臓を直に攻撃したのだ。必中攻撃だった。





(ぐっはあああああああ~~~~~~~!!!!!!)





 彼は吐血した。


 リグリスは先ほどから鼻の筋肉を収縮させていたため、あふれた鼻血が口元まで降りてきていたのだ。口でも押しとどめてはいたものの限界だ。


 床には鮮血の真新しいしみができた。


 ああ、床がスプラッタのように悲惨なことになってしまっていた。


 何も知らない人物が入ってきたら事件現場だと思われてもいたしかたない。




 リグリスが非常に動揺している間、ミリアは十二歳の姿でぼんやりと目をつむり座っていた。


 彼女はまだ夢の中にいるのだ。


 治療の一環で強い昏睡の魔法も重ねて付与されている。


 その実、彼女の精神はかなり危険な状態でもあった。


 退行たいこうの術式はともすればかけられた相手を廃人にするおぞましいものだったのだ。


 そのため治療部隊の神官はミリアが運び込まれてすぐに退行たいこうを止めるため、彼女の時間を強制的に一時停止させた。


 彼女がそのまま退行し続けて赤子になり、はいになってしまえばもはや救う手立てはないのだから。


 そして退行たいこうを止める治療を施して何とか事なきを得たのだ。もとの年齢には戻らなかったが一命はとりとめた。




(お、おおお、おちつけ、こんな場合ではないのだ!!!)




 そう、こんな場合ではない。彼女の時は今止められているのだ。このままだと呼吸も止まる。




(お、おおおお、起こさなくては)




 リグリスは口元からあごにかけて血を流しながらゆっくりと眠るミリアに近づいた。


 何も知らない人が見たならばすぐさま通報されていたことだろう。


 リグリスはごくりと生唾なまつばみ込んで、ミリアの小さな肩に手をかけた。


 呼吸が乱れいつも以上にはあはあしている。

 

 リグリスが生まれたての卵を扱うかのような遠慮した手でミリアを優しくゆり起こした。


「だ、だいじょうぶか、……カーター」


 そう、彼がミリアなどとなれなれしく名前呼びしているのは脳内だけだ。


「ん……」


 ミリアは小さく声を上げた。


 その小さく身じろぎをする無防備な姿をみてリグリス副団長はもだえている。


 ぱちり、その幼い瞳がリグリスの姿を捉える。彼女の深いあおがリグリスの姿を反射した。


「きゃっ」





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