★女子生徒としての初日
午前の授業を終え、時間は昼休み。
購買が開き、クラスの男子どもはチャイムとともに外へ飛び出す。
購買の場所がL組の棟の近くなので、昼飯を求めるデスレースの勝率は高いらしい。
デスレースには意外にも篠宮も参加していた。この一週間、彼は無敗だそうだ。
教室で食べるのは精神にダメージを負うので、人気のない場所を探そう。
でも、便所飯は嫌だなぁ。
屋上なら立入禁止なので人がいないはずと思い、ダメ元で先生に屋上の立ち入り許可を請うたら、あっさりと許可されてしまった。
というわけで、萌希と一緒に屋上にやってきた。
「……なんでいるの」
「鳴海か、驚いた」
なぜか篠宮がいた。デスレースで勝ち取ったものを手に持っている。
「騒がしいのはどうも苦手でな」
「だからって、ここ、立入禁止なはずだけど」
「許可はもらっている」
そう言って彼は、一枚のカードを取り出した。
ただの学生証なのだが、篠宮の名前に『屋上利用許可』の印が押されている。
わざわざ屋上のためだけにこんな印鑑を用意する学校とは。
「篠宮くん、毎日ここで食べてるの? 」
「あぁ、さすがに雨の日は屋上前の階段で食べてる」
彼は一人で食べるのが好ましいようなので、俺は別所で食べるべきか。いい案だと思ったが、残念だ。
萌希の手を引いて立ち去ろうとしたら、篠宮に呼び止められた。
「ここに弁当を食べに来たんじゃないのか。お前は肩身が狭いだろう」
「そうだけど、いいの?」
「俺は構わないぞ」
真顔でガツガツ食い続ける彼の言葉に甘え、俺たちも屋上で食べることにした。
俺の弁当箱は男の頃のままなので、たくさん詰めてしまうと今の俺には到底完食できない。
今日はそのことを完全に忘れていたため、量は俺のキャパシティを大きくオーバーしている。
萌希は母お手製の弁当のようだ。量は俺とほぼ同じである。この細さでよく食べられるな、と感心する。
「なぁ、お前ってそれで昼飯足りるの?」
篠宮は購買で買ったという弁当を食べているが、大きさ的には俺たちの弁当とほぼ同じだ。
彼の体の大きさで、女である萌希と同じ量というのはどうなのだろう、と思って訊いてみた。
あわよくば、俺の余り物を食わせてやろう。
「足りないな。金欠なんだ」
金欠と言う割には昨日思いっきり外食していたではないか。
だが、足りないというのなら好都合だ。
「俺、作る量間違えちゃって全部食い切れないから食ってくれない?」
「それならありがたくいただく」
交渉成立。
とりあえず、俺が食える分だけ食べてしまおう。
弁当を食べながら、いろいろなことを聞いた。
俺が学校にいなかった間のこと、出身中学、趣味などだ。
ちなみに篠宮の身長は191センチだった。俺との差はほぼ40センチである。萌希は168センチだそうだ。
そして俺はお腹が一杯になったので、篠宮に弁当を渡した。
半分とちょっとしか食べられなかった。二段弁当なので、これは明日からは一段にしよう。
「随分と少食だな」
「前はもっと食べれたんだけどなぁ」
今の俺は細すぎるのでもう少し脂肪を付けたいところだが、胃袋には勝てない。
これ以上食べたら吐きそうだ。
「蓮ちゃんはもう完全に女の子だからねぇ」
「その量を平らげてるお前に言われても説得力ないな」
「まだまだいけるよ〜」
胸を張って高笑いする萌希は置いておいて、俺の弁当を食べた篠宮が目を丸くしていた。
口に合わなかったのなら申し訳ないことをした。
「これ、お前が作ったのか?」
「う、うん。ごめん、不味かったか?」
「とんでもない、めっちゃ美味い」
篠宮が微かに笑った。
イケメンの笑顔って映えるな。俺もイケメンに生まれたかった。
篠宮の反応に驚いた萌希も、俺の弁当に手を伸ばした。
彼女は手で口を押さえ、俺の肩をバンバンと叩いた。
どういう感情だか知らないが、痛いのでやめていただきたい。
「ずるい! ずるいよ蓮ちゃん!」
叩かれなくなったと思ったら、肩を掴まれて揺すぶられた。食べたものが逆流して吐きそう。
「可愛いし、料理までできて……才色兼備だなんて、ずるい!」
容姿については否定しない。
料理はただの親孝行のつもりで始めたものだが、喜んでくれているならまぁ良しとしよう。
「お母さんには申し訳ないけど、明日から蓮ちゃんにお弁当作ってもらおうかなぁ……」
「別にいいけど……」
「いいのっ!?」
なんだ、冗談だったのか。
俺は別に、弁当を作る分には構わない。昼食程度なら、特に食費が嵩むこともない。
目が輝いている萌希から躊躇いなく弁当箱を渡される。せめて洗ってから渡せ、というのは胸のうちに秘めておく。
リュックに萌希の弁当をしまうと、鳴海、と低い声で呼ばれる。
「……不躾で申し訳ないが、俺もいいか?」
凛々しい眉が垂れ下がり、本当に申し訳なさそうにしている彼をあまり見たくないので、俺は快諾した。
「ありがとう、金は払う」
「貰えないよ、金なんて」
「だが、毎日三人分も作っていては食費がかかるだろう」
実際は父の分も含めて四人分だ。
彼は俺の弁当をべた褒めして、金を払わないと気が済まないと言って聞かないので、渋々頷いた。
ただし、俺も金を貰いたくて弁当を作るわけではないので、条件を設けた。
条件といっても、必要以上には貰わず、余剰分は何があろうと受け取らない、というもの。
篠宮は、高級レストラン並だ、と豪語しているが、たかが弁当で大袈裟である。
彼の弁当箱は家に余っているものを使うつもりだ。大きすぎたので今までお蔵入りしていたが、ようやく日の目を見ることとなりそうだ。
─────────
昼休みはあっという間に終わり、午後の授業に取り掛かる。
一限から四限までが午前、五限から七限までが午後である。
今日の六、七限はなんと体育。
俺は体操服を持っていないし、持っていても参加したくないので見学だ。
体育は、A組とB組、C組とD組、といった具合で、二クラスずつ合同で行う。
男女で授業内容が分かれ、俺たちL組はK組と合同である。
体は女子なので、必然的に女子側の見学になるはずなのだが、萌希以外の女子からの受けは非常に悪い。
男子も男子で若干目線が気持ち悪いのでどっちもどっちである。蔑みの目でないだけまだマシか。
教員たちの配慮もあり、男子側を見学することになった。
萌希が行かないで蓮ちゃんとかほざいていたが、不可抗力だ。
一クラスにつき、生徒数は約四十人。
K組とL組はなぜか男子が固まっているため、俺は六十人ほどの体育を見学している。
多すぎる。この大人数で何をするというのか。
体育教師が三つの競技に分ける、と言い、サッカー、野球、テニスに分かれた。
仲の良い男子生徒は篠宮しかいないので、自然と彼を目で追ってしまう。
「やっぱでけーなあいつ……」
他の男子と比べても頭が飛び抜けている。
どんな食生活をしたらあそこまで大きくなれるのだろうか。
俺は栄養バランスをしっかり考え、規則正しい生活をしていたはずなのに170センチ止まりだった。普通である。
今となっては152センチだし。
なんか悲しくなってきた。
─────────
七限も終わり、今日の授業は全て終了した。
体育では見学なのにも関わらず、俺が視線を集めたのは言うまでもない。
終礼も終え、俺は萌希と一緒に帰っている。
篠宮も誘ってみたが、彼は自転車で登校していたために断られた。
今日の周りの反応は、大方予想通りだった。
これから良くなっていくのを想像できないが、そうなると信じるしかない。
萌希には感謝しかない。俺にここまで親身に接してくれて、素直に嬉しい。
だが、俺のせいで彼女まで女子から嫌われたら嫌だな。
「萌希さ、俺と仲良くしてたらなんか言われたりしない?」
「言われてるよ。あ、でも気にしないでね。私が蓮ちゃんと関わりたいだけだからね」
それに私のほうが他の子より強いし、と眩しい笑顔を見せる彼女に、俺は自然に笑みが溢れた。
最近の冷凍食品って美味しいですよね。
2019/11/11 挿絵挿入