渦巻
篠宮の家の台所を借り、パパッと夕飯を作る。時間は少し早いかもしれないが、俺は家に帰ってからも三人分の夕飯を作らなくてはならない。
完成した品を部屋にある素朴なテーブルに乗せる。食器類は一人暮らしとは思えないほど潤っていた。
テーブルに並べられた料理を見て、篠宮は動きを止める。まさか嫌いなものがあるのだろうか。
「……あの、何か苦手なもの、ある?」
「それは杞憂だ。俺が心配しているのは量だ」
「もしかして足りない!? ごめんすぐ追加で作るから!」
篠宮は大食いなので、かなり多めに作ったつもりだった。それでも尚、足りないらしい。彼の胃袋はどうなっているのか。
台所へ駆けるが、篠宮に止められる。
「違う、待て。俺は鳴海の分が気になっただけだ」
「俺は家帰って食べるから……」
「……そうか」
俺が即答すると、篠宮はそっと視線を下ろした。哀愁が漂っており、なぜか申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
「あ……えっと……」
ものすごく寂しそうな篠宮を見ていられず、俺は再び台所と向き合う。
彼は純粋に、俺と一緒に食べたかっただけらしい。体は大きいが心は繊細で、そのギャップに俺の脳は衝撃を受けた。
どうして俺は篠宮に小動物味を感じているのだろう。なんというか、放っておけない。
「ちょっと待ってて篠宮!」
「鳴海……」
どうせ俺が食べるので、味や見た目はあまり気にせずに速度重視で作った。俺自体、そこまで量を食べられないので、結構少なめである。
新たに数枚の皿や器を借りて、篠宮の対面に座る。
「気を遣わせた。やはり鳴海は優しいな」
篠宮がふわっと爽やかな笑みを見せ、思わず心臓が脈打つ。ポーカーフェイスな篠宮が俺の前ではコロコロと表情を変える。
気恥ずかしくて顔を直視できないので、俺はさっさとご飯に目を落とし、急いで食べ始める。
「けほっ」
「何をそんなに焦っているんだ」
篠宮が立ち上がり、俺の横に座って背中をさする。大きくゴツゴツした手だが優しく安心する。
俺と篠宮の距離はもはや数センチにまで近づいている。顔をあげればすぐそこに篠宮の顔があるわけで、俺は俯いたまま、喉を詰まらせないように素早く食べ始めた。味にこだわってはいなかったが、余計に味がわからない。
今考えれば、男女二人がひとつ屋根の下というシチュエーションはあまりよろしくないのではないか。相手は篠宮だから安心、というわけでもない。彼の実家での前例があるし、またされると思うと……。
「……ふむ」
篠宮は一息つくと、俺の対面に戻った。俺は一向に顔をあげずに黙々と食事している。顔は見ていないが、食器の音と小さな咀嚼音が聞こえ始めたので、篠宮も食べ始めたのだろう。
そのまま食べ終わるまで、俺たちは一言も発さなかった。
「ご馳走様」
「……お粗末様でした」
俺は食器を片付け、洗剤で洗う。二人分だが篠宮の使った食器は多く、四人家族分くらいの量を洗っている気がする。
「食器くらい俺が洗うが……」
「いや、良いんだ。篠宮はそっち居て」
「だがな……何か手伝えることは?」
「……じゃあ、ちょっと俺の方見ないでいてほしい」
俺は今、台所で篠宮に背を向けているわけだが、先ほど変な想像をしてしまったせいで顔が真っ赤なのだ。髪のおかげで耳は隠れているが、見えてしまっていたら後ろから見ても赤いのが丸わかりだろう。
「……わかった」
少し間を置いてから、篠宮はそう答える。不満そうな声音だった。
食器もすべて洗い終わったのだが、残念なことに、俺は上気したままである。それもこれも全部、食器を洗いながらも頭から篠宮が離れなかったからである。
俺は顔を見せないように俯きながら、自分の荷物を拾う。
「じゃ、じゃあ、帰る、ょ……」
「……送ろうか?」
「いい! 大丈夫! すぐそこだし! じゃあまた!」
思わず顔をあげて全力で否定し、逃げるように玄関を飛び出した。
「またな」
そんな言葉も、俺には聞こえなかった。
家に帰った俺は着替えず、手も洗わずにベッドに飛び込んだ。
夕飯を作る気にもなれず、父と大賀に最低限のメッセージだけを送り、そのまま眠りに落ちた。
5/1時点で、投稿開始から半年が経過していたようで、日が過ぎるのは早いなぁと思いました。
作中ではまだ二ヶ月弱しか経っていません。




