気遣
学校へ着くと、クラスは既にテスト返却の話題で持ちきりだった。どの生徒も、誰かしらとテストについての話をしている。
中学の時は一人でそわそわしていたが、今の俺には話す友達がいる。あの頃の俺では考えられない過ごし方をしているが、今は性別から違うため、何もかもが違うような感じがする。
返却日には授業はせず、そのテスト問題の解説等を行う。友人と会話もできるため、時間の流れが早く感じる。
まず有村の名前が呼ばれ、出席番号順に解答用紙が返される。有村は点数に興味なさそうに紙を受け取ると、何の反応も示すことなく自席に戻っていった。
篠宮も何もリアクションを起こすことはなく、先生の口から俺の名前が呼ばれる。
「……?」
先生が俺に用紙を渡す際に、少しだけ手が力んでいたように見えた。まぁ俺の気のせいだろう。
点数は気になるが、俺も他の人に準って、表情を変えずに自席に戻った。
一日で半分の教科が返され、俺は帰路へ着いていた。
「そんなに落ち込むことないって!」
「ぐぬぅぅぅ……」
俺の平均点は約80点であり、クラス平均も70点ほどで、友達の点数を聞くまではそこそこだと思っていた。
俺の成績は有村や高梨には到底及ばず、隣を歩いている萌希、篠宮にも負けていた。テストの点数は競うものではない、と自分に言い聞かせるが、どうしても悔しさが滲んでくる。
俺が関わってきた人物の中で、俺より合計点が低かったのは神谷だけだった。彼女はダメだった、と叫んでいたが、それでも俺と僅差であった。
やはり俺の学力で入試に受かったのは奇跡だったのではないか、と思い始め、本当に俺は彼らと同じ場所にいて良いのか、とも思い始めてしまう。
「元気出してよ! 蓮ちゃんだって学年平均よりは全然上なんだから!」
萌希から励まされる。言われてみれば確かにそうだ。俺より下の人も半数以上いる可能性も高いわけで。
「元気出た」
「ちょろいよ蓮ちゃん……!」
萌希が何かを言ったような気がするが、声が小さすぎて俺には聞こえなかった。
負けるのが嫌なら、次に頑張れば良い。俺はまだ一年生だ。
「……それにしても有村くん、まーた全部満点だよ。何者なの?」
有村は四月のテストと変わらず、今日返されたテストは全て満点だった。俺は予想はできていたので特に驚かなかった。というか、皆も先生も驚いていなかった。逆に90点とか取ったほうが、みんなも驚くかも知れない。
大袈裟かも知れないが、俺は彼に命を助けてもらった身である。この借りはどう返せば良いのだろう。
「鳴海?」
「ん、何?」
「あぁいや、お前、家通り過ぎてるぞ」
ふと顔を上げれば、確かにマンションは通り過ぎていて、篠宮と二人でアパートの前に立っていた。どうしてこうなったのか振り返ってみても、他のことを考えていて気がつかなかったとしか言えない。
ここに萌希は居らず、聞けば彼女はマンション前で当たり前のように別れたらしい。
「なんで止めてくれなかったんだ萌希は」
俺はこの際、このまま篠宮の家にあがってさっさと晩ご飯を作ってやろうと思い、家主より先に篠宮の部屋の前まで歩く。その様子を篠宮は呆然と眺めていた。
「何してるんだ。帰らないの?」
「こっちの台詞だが……ここは俺の家だぞ」
「うん。もうご飯作っちゃおうかなって」
俺の言葉を聞いた篠宮の顔が強張る。何かまずいことを言ってしまったのかと思い、俺は内心焦る。
篠宮は無言で近寄り、鍵を開けて家に入っていく。俺は邪魔かもしれないので玄関先で待とうとしていたのだが、篠宮は俺の手を引いた。
あのムキムキの篠宮の大きくゴツゴツとした手から、とても優しく手を取られる。ギャップがすごい。
慌てて靴を脱いだ俺は、篠宮についていく。あまり広くはないが、人の家を勝手に歩くわけにもいかない。
篠宮が立ち止まるとそこにあったものは。
「冷蔵庫?」
一人暮らしであれば充分な大きさの冷蔵語だった。少食気味な四人家族程度であれば問題なく使えそうである。
「鳴海。この冷蔵庫は空なんだ」
なるほど、と俺は手を叩く。どうやら、ご飯は本気でコンビニで済ませるつもりだったらしい。それならば──
「よし、じゃあ買いに行こう!」
先ほどとは逆に、今度は俺が篠宮の手を握って、外へ連れ出した。




