三食
翌営業日の朝、俺はいつも通りに学校へ向かおうとしていた。今日も萌希を呼んで、一緒に登校するつもりだったのだが。
「おはよー、蓮ちゃん」
「珍しいな、萌希が先に来るなんて」
「たまにはね」
玄関先で出会った萌希と一緒にエントランスへ降りていく。マンションの敷地から出たところで、普段とは違う顔が見えた。
「おはよう」
「え、あ?」
この時間帯では見慣れない人物だったので一瞬思考が停止する。まぁ、篠宮なのだが。
そういえば、先週末に近くのアパートに引っ越していたのだった。深い理由は言いにくそうだったので聞いていない。
篠宮は当然のように、俺たちと一緒に歩いている。俺は萌希と篠宮に挟まれるように歩いているため、身長が完全に谷になってしまっている。
「篠宮くん、一人暮らし?」
「あぁ。部屋が二つだから、片方余った」
見た目の割りに、意外と中は狭くないようである。マンションほどではないが、一人暮らしでは部屋を持て余すようだ。
部屋の片方を自室兼リビングとし、生活に必要なものは全てそこに置いているとのこと。
筋トレ部屋にすれば良い、と提案してみると、筋トレ器具のスペースは部屋の隅に設けていたらしい。さすがに全ての器具を配置するのは広さの問題で無理なので、必要最低限のものだけ持ち込んだようだ。
「余ったと言っても、実は不確定ではあるが用途は決めているんだ」
「へー、何に使うんだ?」
「使う時が来たら教える」
「勿体ぶるなぁ」
そういえば、とリュックから弁当が入った布袋を取り出し、萌希と篠宮に渡す。登校途中だが、二人とも素早く受け取り、感謝を述べてから鞄やリュックにしまった。
そこで一つ、俺の頭に疑問が浮かぶ。下手すると死活問題にもなりかねない可能性があるその疑問を、俺はすぐに篠宮にぶつける。
「……篠宮は何食べるんだ?」
「何、とは?」
表情一つ変えずに訊き返す篠宮に、俺は簡単に質問の補足をする。
「その、朝食と夕食」
「なるほど。そうだな……母から一人暮らし用にいくらか貰っているから、それで弁当とかを買うつもりだ」
俺の悪い予想が的中である。それでは栄養が偏って不健康になってしまう。彼が体調を崩すところをあまり想像できないが、万が一があってからでは遅いのだ。
そして俺は決める。
「俺が作る」
「それだと三食鳴海に作ってもらうことになってしまうが」
「篠宮が死ぬのに比べればなんてことない」
「死ぬってお前……俺はそんなにヤワではないが」
口では遠慮しているような言葉を発しているが、篠宮は満更ではなさそうである。喜んでもらえるならいいけど。
夕食なら問題はないのだろうが、懸念されるのは朝食だ。
早朝からご飯を作ることは特に苦ではない。だが、朝から人の家にお邪魔するというのは俺的にどうなのか、と思うところがある。
まぁ、この程度の距離なら大丈夫か。
「とりあえず、篠宮は黙って俺の作ったご飯を食べなさい」
「そ、そうか、わかった」
健康面も大事だが、何より筋肉が衰えられては困るのは俺だ。目の保養が消えてしまう。
「あー篠宮くんずるいなぁ! 私も蓮ちゃんの料理食べたい!」
「萌希も食べる?」
「いいの!?」
目をいつになく輝かせた萌希に多少圧倒されながらも、小さく頷く。
萌希はハッと一瞬篠宮の顔を見た。そして少し考え込む。
「……でも私は遠慮しておこうかな」
その時の萌希の表情は、慈愛に満ちた女神のような顔だった。いつもは屈託のない笑顔なのだが、彼女のこんな表情は初めて見る。
何かを企んでいるのでないか、と脳裏を過るが、深く考えすぎだろう、と邪念を捨てた。




