安心感
俺は篠宮から言われたことを萌希に話した。彼女はうんうんと頷きながら聞いていた。
全てを聞き終わると、萌希は軽く笑う。
「まぁ、想像通りだね」
「へっ?」
思わず間抜けな声が出た。
「篠宮くん、あの雰囲気だとそうだと思ってたんだよね」
どうやら萌希は最初から、篠宮が俺に何をするのか、わかっていたようだった。篠宮はそんな素振りを見せていたというのか。
高梨も篠宮に見せたのかとか言っていたし、まさか、わかっていないのは俺だけだったというのか。
そんなバカな。
「そんな、幽霊でも見たような顔やめてよ」
「どんな顔だよ!」
萌希はふふっと笑い、俺に質問を投げる。
「で、なんて答えたの?」
「え、それはもちろん断ったけど……」
瞬間、萌希の両手が俺の肩を捕らえる。再び、脳が激しく揺さぶられた。髪が乱れまくりである。あと少し頭が痛い。
「どうして断ったの!?」
「あばばばばばば」
激しく揺さぶられているため、まともな言葉が出ない。まぁ、大袈裟に演じているだけで、実のところは普通に喋ることはできる。ただ、揺さぶりをやめてほしいだけである。
俺の名演技が功を奏したのか、萌希は手を離し、一つ咳払いして顔を整えた。まずは謝って欲しかったのだが。
「コホン……取り乱しちゃった」
「お前、揺するの癖なの?」
「ご、ごめん、つい……」
萌希はまともな人間だと思ったいたが、どんな人間にも欠点はあるらしい。完璧な人間など存在しないのだ。
「…‥話を戻すけど、どうして断ったの?」
表情を真面目モードに切り替えた萌希は、改めて俺と向き合った。座っているが、萌希の方が幾分か座高が高いため、俺は見上げる形となる。
真剣らしいので、俺も本当に思っていることを話す。
「どうしてって……そんなこと考えたこともなかったし」
「そんなことって?」
「篠宮に対しての……何だろう、その……」
「恋愛感情?」
言葉がなかなか見つからない俺に、萌希はピシャリと言葉を言い当てる。いや、これは当たっているのだろうか。俺にはわからない。
「そう、なのかな? あいつのことは良い奴としか思ってなくて……いきなりあんなこと言われても、って感じ」
「まぁまだ五月も始まったばかりだしね。蓮ちゃんも気持ちの整理がまだ完全にはできてないんだよ」
そう、なのだろうか。
気持ちの整理とは何なんだ。
「蓮ちゃんはさ、篠宮くんと一緒にいる時、どう感じてる?」
俺は萌希から投げかけられた質問の意味をよく理解できずに、考え込んでしまう。
それを見た萌希は「うーん」と小さく唸り、腕を組んだ。
「えーっと、簡単なことで良いんだよ。楽しいだとか、恥ずかしいだとか……」
簡単なこと、か。俺はいつもどう思いながら篠宮と接していただろう。
篠宮は屈強で、筋肉で、身長が高くて、腕っ節も強く、顔も良い。あと筋肉とか筋肉とか。一緒にいると視線は集まるが、篠宮がいればあまり気にはならなかった。
「……安心感がある」
「……安心感?」
予想外だったのか、萌希は口が半開きで固まってしまった。
「なんていうか、一緒にいるとこう、ふわふわした気分になるっていうか……とりあえず楽しい、よ」
補足すべく言葉を続けようとしたが、やはり上手い言葉が見当たらなかった。結局、楽しいという安直な答えになってしまった。楽しいのは嘘ではないので、間違ってはいない。
「それってさ、有村くんとかといる時もそう?」
どうしてここで有村の名前が挙がったのかわからないが、言われたことを考えてみる。
有村も有村で良い奴だ。遊園地の件では本当に助かった。それに、よくゲームもして遊んでいる。友達の中で一番付き合いが長いのが彼である。
「楽しいよ?」
「あー、その、ふわふわした気分? になるのかなって」
俺の低い語彙力から選ばれた『ふわふわ』という単語を改めて聞くとむず痒さを覚える。ふわふわって何だ。
それはともかく、有村は友人であり、ただ話して遊んで楽しいだけである。申し訳ないが、安心感は皆無だ。
「……ないな」
「やっぱり! これは難敵だね篠宮くん」
「ここに篠宮はいないぞ?」
「……たまに狙ってるのか不安になるよ、私は」
何を、と返事をしたが、萌希は教えてくれなかった。彼女曰く、そこが俺の魅力だとかなんとか。それなら尚のこと教えてほしいものである。
萌希からの話は終わったようで、ついに勉強を教えてもらうことになった。
俺は元々、勉強をしにここに来たのだが、萌希が変なことを言ったせいで、勉強に集中できなかった。
「蓮ちゃーん、聞いてるー?」
「……あぁ、聞いてる聞いてる。で、何だっけ」
「聞いてないじゃん」
まぁ、いいか。
わざわざ教えてくれている萌希にも悪いし、今はテスト勉強に集中することにした。




