自分
「え、何で篠宮の家行ったこと知ってるの?」
「嘘でしょ……篠宮くんの家行くからオシャレしたいって言ってきたの蓮ちゃんでしょ!?」
そういえばそうだった。あのワンピースは萌希からもらったものであった。
思えば、俺は未だ自分のお金で服を買っていない気がする。男の頃も、身なりを気にするような人間ではなかったために、たまに父が買ってきたものをずっと着ていた。
最初の服は萌希に買ってもらったし、その次は萌希に貰ったし、最後には高梨にも貰った。
そう考えると、俺の中にどんどん、負の感情が沸いてくる。好意からの行動なのはわかっているのだが、考え出した途端に罪悪感で潰れそうである。
その罪悪感で、萌希から目線を外す。カラスが電柱に留まっているのが目に入った。
「随分と上の空みたいだけど、さては何かあったな?」
「あぁ……いや……その……」
「あー気になる! すごい気になる!」
別のことを考えていたので、主題が何だったのかが飛んでしまった。
何の話だったっけ、と訊き返そうとしたが、萌希が勝手にノリノリになってしまったのでやめておいた。
そんなことよりも、俺は一層真剣にテスト勉強をしなくてはならない。中学の時は全教科で平均は超えていたが、平均より上、というだけで俺より上はいくらでもいた。順位が上位二、三割といったところだったので、なんとも微妙である。上の下か中の上といったところだろう。
俺は高校生活最初の一週間を病院で過ごしていたため、その空白の期間をどうにか埋めなくてはならない。一応、他の人から教えてもらったりして、理解しているつもりだが。
「……なぁ萌希」
「ん、なぁに蓮ちゃん」
「この後、部屋借りていい?」
「お、いいよいいよ。話してくれる気になった?」
何を、と口にしかけたが、きっと先ほどの質問の答えの話だろう。さっきは質問が脳から飛んでしまっていたが、確か、篠宮の家で何かあったのか、というもの。
「……着いたらな」
「ほんとー!? やったーっ!」
何がそこまで気になるのか知らないが、まぁ嬉しそうだからいいか。
─────────
萌希の部屋はゴールデンウィーク中に少し改装したのか、前と少し雰囲気が違った。とはいっても、色の基調などは変わっておらず、家具の配置が変わった、と思う。荷物が減ったような気もする。
「なんか広く感じる」
「整理するだけで部屋ってこんなに広くなるんだよ。驚きだよね」
前は真ん中に小さなテーブルが置いてあったが、そのテーブルは畳んで壁にかけられていた。代わりに置いてあったのは、150センチほどの横長のテーブルだった。木枠の真ん中はガラスになっていて、カーペットが見える。
他にも、ベッドや棚の配置も変わっていた。なんというか、ますますスッキリした部屋になった。
さて、俺がわざわざここに来た目的だが。
俺はリュックから重い教科書やノートを取り出して、新しいテーブルの上に置いた。
「萌希、勉強教むぐっ……!」
「そ、の、ま、え、に!」
なぜか口を塞がれた俺は目を白黒させる。
「さっきの話!」
ぐぐっと萌希の顔が近づき、俺は少し後退る。後で話すように言ったのは失敗だったかもしれない。
俺は端的に篠宮の家であったことを話した。まず家が大きかったこと、妹がいたこと、ジャグジーだったこと。それから……。
「あいつのクローゼットにメイド服あった……」
「ええ!? 篠宮くんそういう趣味だったの!?」
完全に誤解されているようだが、面白いのでこのままにしておく。篠宮本人に女装癖は全くない。もしかしたら、単にメイド服が好きなだけと思われているかもしれないが。
その他は大体ゲームをしてだらだらと過ごしていたので、特筆して話すべき内容はない。
話が終わったので、俺は勉強道具に目を落とす。ノートに手をかけようとしたその時。
「まだあるでしょ?」
「え、ない……ですけど……」
「いやいや、隠してるでしょ?」
彼女は笑顔だが、目は笑っていなかった。初めて萌希が怖く思えた瞬間である。
萌希の手が俺の手首を掴む。彼女も女であるはずなのに何だこの力は。
「っ!」
俺が痛みに顔を歪ませると、萌希は我に返ったようにパッと手を離し、俺に土下座した。
「ごめんなさい! 痛かった……よね」
「いや、隠し事してる俺が悪かった……」
手首を押さえながら、妙に情緒不安定な萌希の顔を上げる。
萌希なら、別に話しても良かったはずなのに、なぜ俺は隠そうとしてしまったのだろうか。俺の思考のはずなのに、上手く言い表すことができない。自分でも理由がわからない。
「俺、えと、篠宮に……」




