連行
「どこ行くの!?」
「あたしの家!」
特別足が速くもなく遅くもない俺は、完全に高梨に引きずられてしまった。俺がつまづいて転びそうになると、高梨は慌てて俺の体を支えた。高梨も背は低いのだが、力は俺の数倍もありそうである。
「ごめん、歩くよ」
「あ、いや……はい、助かります……」
高梨は俺の歩調に合わせて歩き始めた。篠宮も俺のペースに合わせてくれていたし、俺は歩くのが遅いのかもしれない。
ほんの数分歩いたところで、一軒家が並ぶ住宅街に入った。三階建ての家がほとんどである。昔は二階建てばかりだった印象が強いのだが、最近の家はどうも三階建てが多く感じる。
住宅街を歩き、最奥まで来たところで、高梨の足が止まる。
「ここがあたしの家よ」
彼女の指差した先には、他の家と同じ見た目の三階建ての一軒家。新築なのか、真新しく見える。築十年も経っていなさそうである。
当然だが、表札には『Takanashi』と書いてあった。
高梨は躊躇うことなく、俺を家にあげた。
彼女は靴を脱ぎ、綺麗に整えてから、俺にも靴を脱ぐよう示唆した。
「俺なんかをあがらせてもいいの? こんな時間に」
「いいのよ、両親はいないから」
「えっ……」
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、言葉が詰まる。どう反応すれば良いのかわからなくなってしまい、俺は動けなくなった。
「あぁ、ただ別居してるだけよ。生きてるわ」
「あ、あぁ。なんだ、よかった……」
安堵した俺は靴に手をかける。高梨は靴を揃えていたので、俺も並んで揃える。高梨の靴と並べると、俺の靴が圧倒的に小さく見えた。何かに負けたような気分に陥った。
俺と高梨の靴以外にも、小さな靴と大きな靴がいくつかあり、一人暮らしではなさそうである。
高梨についていくと、彼女はまず、洗面所へ向かった。手洗いうがいである。えらい。
「鳴海さんも使う?」
「お言葉に甘えて」
いついかなる時も健康に過ごしたいものだ。予防は大事である。
たまに学校を休みたくなることもあったが、ずる休みはよろしくない。
念入りにハンドソープで手を洗い、うがい薬でうがいする。俺の家にはなかったアルコール消毒液もあったので、よく手にすり込んだ。
「あたしが口つけたコップ、そのまま使うのね……」
高梨が横からそんなことを言うので、軽く思い返してみた。何も考えていなかったが、言われてみれば確かにそうだ。
「ごめん。嫌だった?」
「後に使ったのはそちらだし、それはあたしが訊くことじゃない?」
「ごめん……」
「あーもう謝りすぎ! ほら、ついてきなさい!」
またしても手を掴まれ、階段を上っていく。その最中に、俺は気になったことを訊いた。
玄関の靴を見るに、誰かしらが同居している。両親がいないなら、可能性が高いのは兄弟関係のこと。高梨には兄が一人、弟が二人いるらしい。兄は歳が離れており、既に社会人で、弟は二人とも小学生のようだ。兄がこの家の家主らしく、妹と弟二人を養っているようだ。
「お兄さん、大変そうだね」
「そうなのよね。あたしも高校生だし、バイトして少しでも楽させてあげたいんだけど……兄は遅くまで帰ってこないから、弟どもの面倒見なきゃいけなくて」
高梨は思っていたよりもハードな生活をしているようだ。俺にも何かできることはないだろうか。
「っと、そんなことよりも! さ、入って入って」
二階の一室に案内された俺は、とりあえず、入り口付近で直立していた。いきなり図々しく座るのも人としてどうかと思うので、高梨から何か言われない限りはずっとこうしているつもりだ。
「楽にしていいわ」
「はい」
高梨からお許しが出たので、床に置いてあった座椅子に座る。
「鳴海さんの身長って、あたしとあまり変わらないわよね?」
高梨がずいっと近寄り、俺に問いかける。だいたい同じくらいだと思われるので、軽く頷いた。
俺の返答を待っていたとばかりに、彼女はクローゼットからいくつかの服を取り出した。
これは着せ替え人形にされる予感。
「さーて、まずは服を……脱がせるのは倫理的に良くないわね」
無理矢理脱がされるわけではないようなので、俺は自分で服を脱ぎ始めたのだが、高梨に止められた。
「ちょっといきなり何を!」
「脱いだほうがいいんじゃないの?」
素直な疑問を口にすると、高梨は怪訝な表情になる。
「それはそうだけど……いいの?」
「何が?」
「……後悔しても知らないからね」




