邂逅
私はあまり風邪を引かないのですが、一度引くとかなり長く続いてしまうのが苦しいです。
「さて、次は服だね」
下着だけは自分のものを着用することとなったが、服装は萌希から借りているものだ。
俺は男の頃からおしゃれには興味がなく、自分を着飾るくらいなら調理器具を買いたかったくらいだ。
そんな俺が女の子のおしゃれについて詳しいわけもなく。
「あぁ、なんか眩しく感じる……」
萌希に連れられて入ったレディースショップがやけにギラギラして見える。
恐らく、俺の男の心の入店を拒む気持ちと、これからこれを着るかもしれない、という俺の苦悩が混ざった結果だと思う。
「蓮ちゃんの好きな色って何?」
突然、真剣な顔で訊いてくるので、少し驚いた。
「あまり目立たない色……黒とか白とか、かな」
電車などに乗っていると、たまに髪色がとんでもなかったり、極端な露出の人を見かけるのだが、俺には理解できない。
ああいう人たちってどんな気持ちなんだろう。
別に不自然ではない髪色だろうと、染める行為自体を理解できないので、俺はそういう人間なんだろう。
目立ちたくない。隅っこでおとなしく生きていきたい。
「うぇー、顔に反して地味だねぇ……」
「それ、どういう意味だよ」
彼女の無責任な発言に、少し苛立ちを覚えた。
俺の趣味なんだから別にいいだろう。
それに、母を貶されたような気がして不快だった。
「違うよ、蓮ちゃんほどの美少女ならもっと可愛いの着てもいいのに、ってこと。そんな怖い顔しないで」
「俺は俺だ。自由だろ」
俺は腕を組んで顔をそっぽを向く。
今の自分の言動を改めて考えてみたら、拗ねてる女の子みたいで複雑な気持ちになった。
こみ上げて来る恥辱に体を震わせていると、萌希が膝を着いて俺の腰にしがみついてきた。
「れんぢゃぁぁぁ……わだじがわるがっだがらゆるじでぇぇぇ……」
女子がなんて声を出してるんだ。美人なのに残念すぎる。
これが残念系美人か。
別に怒っているわけではない。ただ、不快だっただけだ。
濁声をやめない萌希。
わかったわかった、俺が悪かった。
萌希を宥めながら、俺は服を探した。
とは言っても、俺には服なんてわからない。
落ち着いた萌希に訊いてみる。
「なぁ、男女兼用みたいな服ないの?」
「ユニセックスのことかな。まだ女性服着るのは抵抗あるの?」
「まだとか言われても……昨日の今日だぞ」
「それもそっか。じゃあ今日のところは女性もののはやめとこう」
彼女が話のわかる人でよかった。
もしかしたら、着せ替え人形のような扱いになることも覚悟していたので、安心して大きく息を吐く。
その後、俺が買ったのはあまり飾り気のないインナーシャツや真っ黒なパーカー、デニムジーンズ等だ。勿論、そのまま着せてもらった。
意外と時間が経っていたらしく、もう昼前だ。
俺たちはフードコートにやってきたが、何を食べようか。
俺は女になった影響か、男の頃ほどの量を食べられなくなっていた。一般女性がどの程度の量を食べるのかは知らないので、どうなんだろう。
「なーんか脂っこそうなのばっかだねー。クレープでも食べよ」
「えっ、そんな不健康な……」
「蓮ちゃん普段どんな生活してるの……」
反射的に栄養バランスを考えてしまい、萌希を心配させてしまった。
普段甘いものとか食べないのか、と聞かれ、俺はきっちり三食を食べ、間食はほぼしないと断言した。
それを聞いた萌希はますます憐れみの目で俺を見つめてくる。なぜなんだ。
「あれ、でもタピオカ飲んでなかったっけ?」
「あれはただの気分」
「じゃあ今も気分でクレープ食べよ?」
ぐぐぐ。
あくまでもクレープを食べたいと申すか。
仕方ない。彼女には大変世話になっているので許してやる。
許可を出すと、彼女は笑顔で飛び上がった。
「ありがとーっ! さー行こっ!」
今までで一番強い力で引っ張られている。何が彼女をここまで突き動かしているのだろうか。
クレープって結構味の種類が多いんだな。ざっと見ただけで四十種類以上ある。
しかもその多くが、変に名前が長いものばかり。照り焼きって……肉も入れるのか!?
「蓮ちゃん決まった?」
「いや、種類が多くて困ってる」
「そっか、ゆっくり決めていいよ。時間はたっぷりあるし」
そんなに時間をもらってもなぁ。
まず、俺は生まれて今までクレープを食べたことがない。タピオカは流行りに乗り買ってみたところ、意外と美味しかったのでたまに飲むが、クレープの時代には生きていない。
ここはシンプルにベリー系統でいいだろう。既に決まっている萌希を待たせても悪いし。
「じゃあ俺は、べりー、ぱふぇ? で」
「おー。じゃあ私はトロピカルフルーツで!」
恥ずかしい話だが、俺はこういう横文字にあまり慣れていないのでスラスラと読めない。
注文後、二分くらいしてクレープが渡された。
萌希のトロピカルフルーツとかいうのは、なんというか、すごいボリュームだ。
俺のベリーパフェは、赤と紫の実、白と桃色のクリームが見える。これはラズベリーとブルーベリーかな。
しまった、先に席を確保しておくんだった。
日曜日のショッピングモールは当然、多くの人で賑わっていた。案の定、フードコートも満席だった。
「席ないし、立って食べるしかないかなぁ……」
俺が落胆していると、キョロキョロしていた萌希に肩を叩かれる。
「蓮ちゃん、あそこ!」
「え?」
彼女が指した先には、大柄の少年が一人でラーメンを啜っている姿があった。
特に珍しい光景でもないだろうに、それがどうかしたのだろうか。
「ほら、わからない?」
ごめんなさい、全然わからないです。
「うーん、まぁ無理もないね。蓮ちゃん二日しか学校来てないから」
となると、学校関連なのか。
学校……大きい……あっ。
「同じクラスの!」
「そ! 篠宮くんだ!」
確か、剣道全国チャンピオンだったはず。
存在感がとてつもない。身長もだが、鍛え上げられた筋肉が服の上からでもわかる。
ここのフードコートは一人席がない為、彼は三、四人席に一人で座っている。
「もしかしたら私たちも一緒に座らせてくれるかな」
どうだろう。彼については自己紹介の印象しかないので、人柄などは全く知らない。
萌希は俺がいない五日間、気が気でない状態になりながらも、クラスメイトと仲良くしていたそうだ。その中に、篠宮も含まれている。
「彼、寡黙なんだよねぇ」
それは俺もそう思う。自己紹介だけでも寡黙な雰囲気を漂わせていた。
彼とはどう接したらいいのだろうか。俺、鳴海だぜ、とか言えるわけないしーー。
「やっほー篠宮くん、席借りていい?」
俺が考えているうちに、萌希は突っ込んでいた。
待ってくれ、まだ準備が……。
「む、萌希か。いいぞ」
「わーいありがとー!」
交渉自体はうまくいってるみたいだが、俺はどうすればいいんだ。
萌希が手招きするが、今の姿の俺と篠宮は初対面なのだ。気まずくならなければいいが……。
「……萌希、その子は?」
早速、篠宮が俺について訊いてくる。
「えーっと…………友達だよ」
「そうか……俺のことは気にせず食べるといい」
萌希も気づいたのか、多少の焦りが見えた。篠宮はあまり気にしていないようだが。
言われたとおりに食べ始めるが、神妙な空気ゆえ、味を感じられない。これでは折角の初クレープが勿体無い。
どうにか場を和ませねば。
「し、しのみ、ゃ……」
勇気を振り絞り、彼の名を呼ぶ。我ながらなんという声だ。
「……ん? 面識があったか?」
俺はぎこちなく頷く。
ラーメンを啜る手を止め、俺のことを凝視してくる。
いやらしい目つきではないとはいえ、俺は恥ずかしい。
萌希が何かを言いたそうな顔をしているが、言い出せないようだ。
「いや……申し訳ないが、俺は君を知らない」
「……」
どうしよう。
ますます気まずい空気になってしまった。
俺は深呼吸をする。
覚悟を決めろ、俺。
「……俺は、お前と同じ……L組の鳴海だ」