負
「えっ、あっ」
「何をそんなに焦っている?」
その服を手に、篠宮は俺に訊いてくる。焦って当然だろう、俺は見てはいけないものを見てしまったのだ。
いや、篠宮は落ち着いているし、見ても良かったものなのだろうか。
篠宮がそれを持ったままクローゼットから出て行ったので、呆然としながらも、俺は後に続く。
またしても、俺が早とちりをしていただけなのだろうか。
篠宮は本棚から一冊の本を取り出すと、俺に見えるように広げた。中身を見て、それは本ではなく、アルバムであることに気づく。
「写真とか残すんだ、意外」
「親が勝手にな……正直、俺はどうでも良いんだ」
そう言いながら、彼の手は着実にアルバムを遡る。写真の篠宮はどんどんと幼くなっていくが、それは顔だけで、昔から身長が高かったことがわかる。
写真の篠宮が中学の入学式まで若返ったところで、既に相当高い。体は結構細い。
「この頃の身長ってどれくらい?」
「中学入学時か。確か……170センチくらいじゃないか?」
「はー、でっか。俺160センチくらいだった気がするなぁ。結構大きいほうだったと思うんだけど」
俺が特に楽しくもなかった中学の思い出に浸っていると、篠宮が何かを疑問に思ったようで、顎に指を当てて考え始めた。怪訝な表情の彼と目が合い、俺は小首を傾げる。
しかしすぐ手を下ろした篠宮は、再びアルバムをめくり始めた。ここから小学生である。
中学入学時点で170センチということは、今の俺と同じ、152センチだったのはいつ頃なのだろうか。
写真を眺めていると、一緒に義乃らしき人物が写っているものがあった。驚いたのが、義乃が篠宮よりも身長が高かった。
「義乃って」
「あぁ、小学校の頃から身長が伸びていないんだ。まぁ、今となっては本人は気にしていないが」
「なんかごめん……」
小声で謝罪してから、今度は俺がページをめくる。彼らの親御さんは相当写真好きなのか、写真の枚数はかなりものだ。俺はまず、写真に写りたくない人間なので、何も残っていない。残っているとしたら、卒業アルバムくらいではないだろうか。
そしてついに、例の服の写真が発掘された。それを見た瞬間、俺の表情筋が固まる。
「懐かしいな。9歳の時だ」
篠宮は軽く笑っているが、俺には衝撃が隠せなかった。
何せ、写真の子供が着ている服は──。
「……そういう趣味だったの?」
「父親に着せられた」
──メイド服だったのだから。
─────────
そのメイド服は、まさに『メイド服』といった感じで、フリフリのエプロンが付いていて、スカートも明らかに膝上である。本場のメイドというよりも、萌えを追求したようなデザインだ。俺は絶対に着たくない。
写真の子供は、その服を完全に着こなしていた。
「本当にこれ篠宮なの?」
「俺だが……何か変か?」
変なところが何一つ見つからないのが逆に変なのだ。じっくり見ても、女の子にしか見えない。
髪はさすがにウィッグのようだが、線の細さや顔のあどけなさが、どこからどう見ても少女のそれである。それも、かなり可愛い部類に入る。
写真と篠宮を見比べるが、完全に別人である。少し、頭痛がしてきた。
「俺今日もう寝たほうがいいのかもしれない……」
「そうか。ならそのベッドで寝てくれ。生憎、来客用の布団はなくてな……」
それを聞いて、俺は固まる。俺に再び、彼のベッドで寝ろというのか。
「……篠宮はどこで寝るの」
「俺? 俺は……そうだな。床で構わない」
篠宮はアルバムを本棚に戻しながら言った。
「俺が床で寝る」
「駄目だ」
俺の発言はすぐに却下された。
すぐに篠宮は床に寝転がり、目を瞑った。俺に拒否権はないのか。
渋々、彼のベッドの上に座り、布団を見つめる。篠宮でも全身を覆えるほどの大きな布団に、それに合わせたビッグサイズのベッド。そして、染み付いた篠宮の匂い。
やっぱり、クラクラする。
急に瞼が重くなり、布団には入らず、そのまま倒れ込む形で俺は瞳を閉じた。
三月は更新頑張りたいですね。




