初体験
夜までしっかりと遊んでしまった俺は、その日は篠宮の家に泊まることになった。一応、替えの服は持ってきているので何も問題はない。
父に泊まることを連絡すると、すぐさま電話がかかってきて、今にも泣き出しそうな声で俺のことを心配してきた。篠宮の家だから大丈夫、と言って電話を切ってから、俺は篠宮にされたことを思い出した。
もしかすると、安全ではないのかもしれないなどと頭を過るが、まぁ大丈夫だろう。相手は篠宮だ。
晩ごはんは追加で少しだけもらった。相変わらず、米が美味しかった。
長時間集中し続けた俺は完全に疲れ果て、今は篠宮のオンラインマッチを横から見学していた。手の動きや入力精度などが、すでに達人の域に到達しているように見える。
「そんなにまじまじと見られながらは多少やりづらいな……」
「……本当に?」
口ではこう言いながら、動きには全くブレがない。俺との試合でも相当集中していたはずなのに、全く切れない集中力はさすがの忍耐力である。
俺も頑張りたいと思いながら、試合を眺め続けていると、部屋の扉がノックされた。
「兄貴〜、お風呂沸いたよ〜」
「わかった、すぐ行く」
篠宮はそう言うと、その試合だけ終わらせ、さっさと着替えを取り出した。灰色で地味な無地の寝巻きのようだ。
ゲームをやめてからお風呂に行くまでの流れをぼーっと眺めていたわけだが、篠宮の目がこちらに向く。
「鳴海は入らないのか?」
「入って良いなら入るよ。着替えあるし」
「用意周到だな。なら一番風呂のほうが良いんじゃないか?」
「俺は特に気にしないけど……」
いつもなら篠宮が真っ先に入浴し、その後に義乃、両親と入るようだ。
篠宮に一番に入るよう促され、お言葉に甘えて、着替えを持って篠宮についていく。
お風呂場は二階にあり、六畳ほどの広い脱衣所の先に、浴室は存在した。
広さ自体はうちの浴室より一回りほど大きい程度だった。篠宮の部屋を見た後で見劣りしたが、それでもうちより幾分か広いため、なかなか開放感が感じられた。
大人が同時に二人入れそうな、丸い湯船を見ると、水中に見慣れない機械が中に埋め込まれていた。
「これは?」
「そういえば、お前の家にはなかったな。ジャグジーだ」
「ジャグジー! これが!」
そんなもの、テレビで放送される高級ホテルにしかないと思っていたが、一般家庭にも存在していたのか。いや、篠宮の家が一般家庭であるとは限らない。まさか、篠宮は大手企業の御曹司だったりするのだろうか。
「何を考えているのかはわからんが、ジャグジーは百万もあれば余裕で買えるみたいだぞ」
「百万は大金だよ……平均年収がだいたい四、五百万なのに」
俺の台詞に驚いたのか、篠宮は一瞬だけ眉をひそめた。俺の中で、篠宮は金持ちの息子説が濃厚になってきた。
「ともかく、俺は上にいるから、ゆっくり温もってくれ」
俺に器具の扱い方を一通り教えた後、篠宮は脱衣所を出て行った。彼のその行動に俺は謎の違和感を覚えたが、その正体は全くわからなかった。
疑問を浮かべながらも服や下着を脱ぎ、綺麗に畳んで籠に入れる。後で洗濯してもいいか訊こう。
一糸纏わぬ姿となった俺は、まず体と髪を洗った。これはいつも通りである。違うことといえば、シャンプーとコンディショナー、それからボディーソープがうちで使っているものと違うくらいだ。これはこれで良い香りがして好きだ。
そして、遂に浴槽へ足を踏み入れる。お湯は少し熱く、浸かるとともに自然と息が漏れる。
篠宮は、横にあるパネルを操作すればジャグジーが起動すると言っていた。初めての俺は、なかなか起動する勇気が出ず、ただひたすらに躊躇っていた。
「蓮さぁぁぁん! お湯加減どーですかーっ!?」
「うわぁっ!? 義乃さん!?」
ノックもせずに突然入ってきた義乃に、俺は咄嗟に体を隠す。友人の妹とはいえ、今日が初対面なので、一応さん付けで呼ぶ。
「お風呂行ったはずの兄貴の野郎がまだ部屋にいたから事情聞いたら、蓮さんが先に入ったって聞いて、居ても立ってもいられなくなってしまって。迷惑はかけません!」
えっへん、と堂々と胸を張る義乃は服を着ておらず、俺と同じく全裸だった。彼女に胸がないとはいえ、しっかりと女の子であることを心の中で確認した。
「あの、なんで服着てないの……?」
「え、お風呂入るとき、服着ませんよね?」
さも当然、と言った表情で小首を傾げる義乃。言っていることは間違っていないのだ。俺だって全裸なのだから。でも、俺が聞きたかったのはそういうことではない。
「初対面の人と一緒にお風呂入るの……?」
「蓮さんはもう家族なので! となり失礼します!」
有無を言わせずに俺の隣で湯船に浸かる義乃。俺は義乃の言葉の意味がイマイチ理解できなかったが、それどころではない。
萌希相手はもう諦めている感があるが、義乃は篠宮の妹であり、あくまでも他人である。そんな子に裸を見られるのは恥ずかしい。
透き通ったお湯の中で脚を大きく開く義乃の隣で、縮こまってしまっている俺。彼女はどうしてここまで堂々とできるのか。羞恥心は無いのだろうか。
「あれ、ジャグジー使わないんですか?」
「あ、うん。初めてなんだ」
「結構クセになると思いますよ〜、それっ」
そう言うと義乃は問答無用でジャグジーの操作パネルをタップした。
瞬間、お尻や背中にくすぐったい感触が走る。
「ぁ……う……」
思わず口から息が漏れ出し、変な声が出てしまった。感覚で言えば、初めてウォシュレットを使ったときの気持ちに似ている。
「ほら、もっと伸び伸びとしましょ〜っ! そうしたほうが気持ちいいですよ!」
「う、うん……わかった……」
義乃に言われるがまま、恥を捨て、俺は脚を伸ばす。
伸ばした脚に、気泡が絶え間なく当たってくすぐったい。
「ふぁぁ……」
「ね、気持ちいいでしょう?」
義乃は笑顔で、体勢をさらに崩した。
篠宮家の謎




