早計
戻ってきた篠宮は、両手に俵を抱えていた。
「それは?」
「見ての通り、米俵だが」
そうは言われても、現代で米俵を見る機会などそうそうないので、戸惑いを隠すことはできなかった。
昔話の絵本ではよく見るが、実物を見たのは初めてだった。一つひとつがかなり大きい。篠宮はそれを二つ持ってきた。見るからに重そうなのだが、篠宮は平然と持っているため、案外軽いのかと思ってしまう。
ドサッと俵を床に置いた篠宮は一息つく。
少しだけ転がってきた俵を触ってみると、想像以上に固かった。米はスーパーなどで袋に入っているものしか見たことがないがゆえ、新鮮である。試しに持ってみたら、全く持ち上がらなかった。
その様子を見ていた篠宮が、軽く笑いながら説明してくる。
「親戚が米を作っていてな。度々送られてくるんだが、供給が多すぎるんだ」
つまり、米には困らない、ということだ。
「お前、お金に困ってるんじゃなかったのか?」
「あぁ、俺は働いていないからな。毎月の小遣いだけで生活している」
篠宮のようなしっかりとした男の口から、小遣いという言葉が出てきたことが面白すぎて笑ってしまった。彼もまだ子供なのだと実感する。
篠宮は床に散らばった俵を集め、綺麗に積み上げた。俺も混ざろうとしたが、まず一つすら持ち上げることができずに断念した。それぞれが俺より重い気がする。
というか、なぜおもむろに米俵を持ってきたのだろう。
「余ってるし、お前にやろうと思ってな」
「え、くれるの?」
「俺がいくら大食いと言えど、さすがに消費しきれない。だからといって捨てるのも勿体無いからな」
そう口にしながら、俵を一つ掴んで、俺に差し出してくる。俺は持てないので受け取ることができない。
顔で持てないことを伝えると、篠宮は薄く笑って、俵を持って再び部屋を出た。
だいたい一つあたり60キロといったところだろうか。俺は両腕でしっかり持っても持ち上がらなかったのに、篠宮は片手で持ち上げていた。
彼がその気になれば、俺は片手で抱えられるのでは……。
「俺今何キロあるんだろ……」
身長が152センチなのは測ったので知っている。体重は一回も量っていない。
たまたま篠宮の部屋に体重計があったので乗ってみた。
「鳴海?」
「うぉうっ!?」
突然声をかけられ、驚いてのけぞってしまう。見れば、篠宮が戻ってきているだけである。
別にやましいことをしているわけではないのだから、もっと堂々としていいはずなのに、体は勝手に反応する。
体重計には15キロと表記されているが、確実に、正しく量れていない。勢いで片足を踏み外してしまったようだ。
「驚かせるつもりはなかったんだが……すまん」
「あー、いや、俺がビビりすぎなだけだから気にしないで」
改めて体重計に乗り、正しく体重を量ったところ、俺の体重は42キロらしい。
どうなのかわからないが、おそらく痩せ型だろう。男子より女子の方が脂肪がつく分、重くなりやすいと聞いたことがある。
体重計を消して、篠宮のもとへ向かう。彼はベッドの前で座禅していた。
「篠宮さ、俺の体重知りたい?」
「突然何を。お前は42キロだろう」
「えっ!?」
なんとなく篠宮に話を振ってみたが、その返事に心から驚く。
体重計は消したし、篠宮の位置からは結果は見えないはず。いくら視力が良くても、角度の問題で見えるはずがない。
どうして俺の体重を知っているのか。
「……すまん。デリカシーが足りなかったな」
篠宮は口を手で覆い、申し訳なさそうに呟いた。
俺が驚いたのはそこではない。ピッタリ体重を当てたことに驚いている。
「いや、どうして知ってるんだ……?」
「……忘れてくれ」
俺が目を丸くしながら訊くと、篠宮は目を手で隠しながら呻くように呟く。心なしか、耳が赤く見えた。
彼の様子からして、あまり良いことではなさそうだが、俺は自分の体重をついさっき知ったし、彼が知っているのはおかしい。何か、知られるようなことをした記憶もない。
まさか、俺が寝ている間に──。
「な、鳴海?」
「触らないで」
「……そうか、すまなかった」
咄嗟にそんなことを言ってしまったが、俺はその場から動くことができなかった。
篠宮も篠宮で、しばらく俯いた後に謝罪だけ述べるものだから、肯定と受け取っていいのだろうか。本当に俺が寝ている間に何かしたのか?
「代わりと言っちゃなんだが……」
篠宮は深呼吸して喋る。
「俺は90キロだ」
「え、何?」
「90キロだ」
一瞬、何を言っているのかわからずに訊き返す。それでも、返ってくる答えは変わらなかった。
思わず篠宮の顔を見てしまうが、その表情は真剣そのものである。天然ボケなのだろうか。
「はは」
「何を笑っている」
「いや、可笑しくて」
思えば、俺ごときに必死になる篠宮が、寝込みを襲うなんてはずがなかった。俺の早とちりである。
「俺のほうこそごめん」
「鳴海は何も悪くない。俺が悪いんだ」
土下座してくる聞き分けの悪い篠宮の頭を思いっきり叩く。頭でも俺の手にダメージが返ってきた。どこもかしこも硬い男だ。
俺はコントローラーを手に取り、篠宮に差し出す。篠宮はそれを不思議そうに眺めるが、やがてそれを受け取ると、胡座をかいて座った。
俺は篠宮の脚の間に座り、自分のコントローラーを握りしめた。
蓮は軽い友達感覚でやっています。篠宮は常に自制心と闘っています。
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