成長
変な空気になってしまったが、吹っ切れた俺は動かない篠宮を差し置いて、ゲームの電源をつける。もともとそのつもりだったのだ、何も問題はない。
「何ぼーっとしてるの、やろうぜ」
「あ、あぁ……。そうだな」
篠宮は自分の頬を両手で叩き、一呼吸した後にテレビと向き合った。二人でやる際に、モニターだと小さいのでケーブルをテレビに差し替えたのだろう。気が利く男だ。
前回、俺の部屋でやらせてから今まで一度も対戦していない。だが、あのとき初めてやったにも関わらず、それなりにやっていた俺を何度か負かせた男だ。今はもっと強くなっているはず。
オフライン対戦で、俺も篠宮もキャラを選ぶ。プレイヤー1が篠宮で、俺はプレイヤー2である。プレイヤー2はゲストであり、プレイヤー1は篠宮のデータなので、彼のオンライン対戦のランクなどが見えるのだが。
「え……いつの間にこんなやってたの?」
「お前に追いつきたくて、練習した」
トレーニングモードもあるのだが、練習は実戦が一番なのは俺にもわかる。わかるけど。
「もう俺のこと越してるよ……」
人間としての基礎能力には圧倒的な差があるとは思っていたが、この短期間で俺の数年は追い抜かれてしまった。何事も経験がモノを言う世界だと思っていたのに、真実は残酷である。
というか、ランクだけ見れば、プロと並んでいる。
「そんなものはただの飾りだ。結局は戦ってみないとわからない」
そこについては本人はあまり気にしていないようである。やっていたら勝手に上がってしまったらしい。そこまで上げるのがかなり大変なのだが。
全試合の八割ほどを勝ち続けなければ、彼のランク帯までは到達できない。俺は七割ほどなので、行けそうで行けないもどかしさを感じていた。
戦績を見れば、篠宮の勝率は九割以上。本当に同じ人間なのだろうか。
実は篠宮との再戦を結構楽しみにしていた俺だが、既に完敗する未来しか見えない。俺も普段から練習はしているが、実力は伸び悩んでいる。
とりあえず一試合だけやってみたが、前回の篠宮とは動きが大きく異なり、かなり慎重になっている。隙はなく、俺には篠宮のキャラの前に強固な壁があるように思えた。
結果、負けた。
「鳴海はガードが甘いな……」
「お前が固すぎるんだよ!」
─────────
何時間戦ったのだろうか。かなり長い時間やってしまった。窓から外を見てみれば、もう真っ暗だ。
勝利カウントを見れば、篠宮がちょうど百勝で、俺が八十勝ほどだった。キリがいいのでそこでやめたが、無意識な百本先取は、さすがの篠宮もこたえたようだった。
「負け越したぁ!」
「最初は簡単に勝てていたのに、後半になるにつれて動きが読まれていた。流石だ、鳴海」
篠宮はこう言うが、そこは経験の差が出た。それでも勝ち越すことができなかったのは、純粋な反射神経と判断速度の違いだろう。
対戦しながら言葉を交わしていると、意外にも考えていることはほとんど同じだったのだ。つまり、俺もそれらを鍛えれば、篠宮のようになることができるわけだ。もっとも、鍛えても限界があるように思えるが。
疲れた俺は、部屋から出て飲み物でも取ってこようとしたのだが、篠宮の家だということをすっかり忘れてしまっていた。人の家の冷蔵庫を勝手に漁るのはモラルに反する。
篠宮にそれを伝えると、何が飲みたいのかを訊かれた。
「んー、麦茶とかでいいよ」
「わかった」
俺の返しを聞いた篠宮は素早く階段を降りていった。
背中を見送った後、俺のお腹は小さく音を鳴らした。俺は今日、お昼ご飯を食べていなかったのだ。特にお腹が空いているわけではないが、体は食事を欲しているのだろう。
そういえば、篠宮は昼食を摂ったのだろうか。俺と待ち合わせをしてから、それらしい素振りは見ていない。俺が寝ている間に食べた可能性はある。
今からでも帰ることを視野に入れながら篠宮を待っていると、彼は大きなトレイを持ってきた。
彼はそれをテーブルに置くと、俺に箸を差し出した。
「大丈夫だ、洗ってある」
俺に箸を渡した篠宮は、何事もないかのように食事を始めた。俺の分なのであろう、小さな皿に乗った料理を眺める。
「お前、昼から何も食べてないだろう? 試合中も何回か腹が鳴っていたしな」
「えっ、嘘……」
俺はゲームに熱中して気づいていなかったというのに、彼には聞こえていたというのか。というか、俺のお腹は鳴っていたのか。
そう考えるとちょっと恥ずかしくて、俺は俯いて自分のお腹を軽く叩いた。すると、呼応するかのようにきゅぅ、と小さく鳴った。
「……いや、何も鳴ってなかった気がする」
「もう遅いよ!」
俺の表情から何かを把握した篠宮は、落ち着いて訂正する。だが、既に手遅れである。
「すまん。とりあえず、食ってくれないか」
緑茶を飲みながら、俺に食事を促す。食べていいのなら食べるが、人の家で食事をするのは初めてなので、少し緊張する。
胃の小さい俺用に少なくしてくれたであろう、白ごはんを口に運ぶ。俺の家の米とは、味が少し違った。
うちで使っている米よりも若干硬いのは、恐らく水分の問題だろうが、決定的な違いが他にあった。
「甘い……」
米は唾液と反応して甘くなるのは知っているが、この米は一際甘いような気がする。少し硬い食感と合わさって、とても美味しい。
「これ、結構好きかも」
「そうか。なら、少し待っててくれ」
彼はそう言うと、食事の途中で部屋から出ていった。
篠宮は内心ドッキドキしてます。




