勘違い
あれからどれほどの間寝ていたのだろうか。
目を覚ました俺の脳はすぐに覚醒した。なぜなら、ベッドの縁に篠宮が座っていたからだ。
寝る前に覚悟はしたが、事態に直面した途端に重圧に負けてしまうので、俺はヘタレなのかもしれない。
俺が飛び起きても、篠宮は反応すらせずに黙って座り続けている。いつもなら、何かしら声はかけてくると思うのだが。
深く俯いては顔を上げて、大きなため息を吐く、ということを繰り返している。何かに悩んでいるようにも見える。
俺は許可なく彼のベッドで寝ていたわけで、なかなか話しかけづらい。そのことで怒っているのであれば、尚更だ。
篠宮も何も言ってこないので、俺は喋れないし動けない、最悪の状態になっている。
勇気を振り絞って、それっぽい言葉で何を考えているのか聞き出そうと、俺は言葉を探した。
「えっと、どうしたの……?」
言葉は見つからなかった。語彙力のかけらもない。
「……質問して良いか?」
「いいけど……」
「同性愛者、って、どう思う?」
篠宮からそんな単語が出てくるとは思わなかったので、少し吹いてしまった。彼が真剣すぎて、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「ごめん、意外すぎて。俺は別に何とも思わないかなぁ。人の嗜好なんて人それぞれだろ?」
「……鳴海は、どうなんだ?」
「えっ……違う、と思うけど……」
不意打ちだったので戸惑ってしまった。俺はたぶん、ノーマルのはずだ。
そう思ったが、今の俺にとって、ノーマルなら男が好き、ということになるのかもしれない。そう考えると、同性愛者の可能性も……。
いや、ないな。男も女もライク止まりで、ラブまでいく気がしない。俺は中途半端な生き物だ。
俺の返答を聞いて、篠宮は酷く落ち込んでしまう。理由を考えてみたが、俺のあの答えでなぜ落ち込むのか見当も付かなかった。
「何をそんな……」
「いや、こっちの話なんだ。気にしないでくれ」
気にするなと言われたら気になってしまうのが人間の性。俺も例外ではなく、するなと言われたらしたくなるタイプだった。
だからと言って、彼が口を割るとも思えない。気になるけど、今は引くしかなさそうだ。
再びの沈黙。この空気には慣れているものの、一対一のこの空間ではさすがにきまずい。
話題を探して、パッと浮かんだことを口に出す。
「そういえば、篠宮って高所恐怖症なの?」
「どうしてそう思った?」
「いや、こないだの観覧車で気絶しちゃったし……」
あの時の光景を思い出すと、本当に篠宮なのか疑うほどの落ち着きのなさだった気がする。一番景色が良いはずの頂点で篠宮は気を失ってしまうし、かなり焦ったものだ。
「観覧車、か……。俺は別に高所恐怖症でも何でも無いんだがな、あの時は覚悟が足りていなかった」
「覚悟……?」
訊いてはみたが、篠宮は何も答えてはくれない。彼は無言で、パソコンのモニターに挿してあるケーブルをテレビに挿し替えた。
ケーブルを辿ってみると、それはゲーム機に繋がっていた。なるほど、映像出力の端子か。
篠宮はコントローラーを手に取り、俺と向き合ってから言葉を発する。
「俺と付き合ってくれないか」
「え……えっ? あ、あぁ、なるほど……。いいよ、付き合う」
言葉選びが独特すぎて、一瞬告白か何かだと勘違いして動揺してしまった。彼の言動からして、ゲームに付き合ってほしい、という意味だろう。
先ほど、同性愛者についての質問もあったので余計に反応してしまった。
俺も自前のコントローラーを取り出して、篠宮のゲーム機に繋いだ。やっぱり持ってきて正解だった。
「付き合うって……いや、間違っては無いけど、語弊が」
「お前が嫌と言うのなら、俺は……諦めるさ」
険しい顔でそんなことを言うので、思わず笑ってしまう。たかがゲームに誘うだけで大袈裟である。
「ふふっ、大丈夫だって。付き合うよ」
「……嫌じゃないのか?」
「え、どこに嫌がる要素があるんだ?」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする篠宮に、俺はキョトンとしてしまった。
俺が篠宮と遊ぶことを拒否するとでも思ったのだろうか。もしかすると、彼の自己評価はかなり低いのかもしれない。
そんなことを考えていると、コントローラーを持つ篠宮の手が震えていることに気がつく。表情はかなり険しく、もはや鬼の形相である。篠宮の顔は元から威圧感があるゆえ、その迫力は相当のものだ。
今日の篠宮は少し変だ。表情がいつにも増して豊かである。
学校ではいつも無表情な彼も、プライベートではこんなにも表情豊かな男だと、誰が想像できるのか。
恥ずかしい話、今の顔は怖すぎて萎縮してしまいそうである。
「本当に、嫌では、ないのか?」
「何回言わせるんだ。何も嫌じゃないって」
しつこく訊いてくる鬼の顔をした篠宮に、俺はやや呆れながら返答する。篠宮の顔が怖いので、俺の声は震えてしまっていた。自分の声が、ただ強がっているだけに聞こえてきた。
篠宮も篠宮で、何がそこまで不安なのか。
コントローラーも接続し、準備が完了したので、篠宮の隣に座る。俺が画面が表示されるのを待っていると。
「……鳴海ッ!」
「なに……んむぅっ!?」
──俺の口は熱いもので塞がれていた。
鬼の形相ってどんな顔なんですかね。




