遭遇
いざこの格好で外に出てみると、それはそれでかなり恥ずかしかった。
結局、萌希から全ての服を譲り受けてしまった俺は、着替え用に何着かだけ服を荷物に加え、その他を家に置いてきた。
焦りすぎたようで、待ち合わせの三十分前に駅に着いてしまう。ここは篠宮の最寄駅で、施設も揃っていて人通りも多い。
通り行く人々が俺を見ているような気がしてならない。自意識過剰だと思いたいが、間違いなく見られている。それも、いつも以上に。
やっぱり俺にこんな格好はまだ早かったのかもしれない。一応、男の精神も残っているので、女装している感じがしてむず痒い。
肩掛けのバッグから携帯を取り出して、篠宮に連絡してみる。早く着いてしまったのは俺の落ち度だ。俺が数十分待って、篠宮が時間通りに来ても何も文句は言えない。
でも、正直早く来てほしい。この『見られている』感覚は昔から好きではない。女になって視線を感じ取れるようになってからは尚更である。
『早いな。どこにいる?』
『駅前の像のところ』
篠宮からの返事は淡白で、俺も一言で返す。言い方からして、彼も既にこの場にいるように思える。
返信してから少しして、携帯が震える。篠宮からの電話である。
「本当に像のところにいるのか?」
「いるって。見つからないなら俺からも探すよ」
「助かる」
篠宮は俺を見つけられないようで、わざわざ電話をかけてきた。ゴールデンウィーク初日の人混みだし、俺は背が低いしで見つけられないのも無理はない。それに、駅前で待ち合わせるならわかりやすい像の前、というのもあり、この周辺は他にも増して人が多い。
俺は辺りを見渡し、背の高い男を探す。割とすぐに篠宮は見つかった。
少し離れた位置で、目線を左右に振っている彼に、俺は駆け足で近づいていく。意外と動きにくく、思わずこけて、何かに勢いよく衝突した。
「だ、大丈夫です……か……?」
「あっ、す、すみませ……あ」
俺は男性に受け止められていて、その人を顔を見て、俺も男性も固まった。
「蓮……なのか?」
「あーっ、忘れろ!」
その男性は大賀であり、俺の実の兄。そういえば、オフ会するから外出するとか言っていたような気がする。興味がないのでスルーしていたが、まさかこんな場所で会うことになるとは。
長い間会っていなかったとはいえ、男の俺を知っている家族にこんな姿を見られるのは後ろめたさがあった。悪いことは何もしていないが、変に受け取られても嫌だ。
俺は逃げるように篠宮に飛び込む。彼は突然視界外から突っ込んできた俺を、持ち前の反射神経でしっかりと受け止めた。
「は、早く行こう!」
「えっと、鳴海……だよな……」
「蓮! 待てって!」
「そう! 俺は鳴海蓮! 早く行こう!」
後方から迫る大賀に恐怖を感じ、篠宮を引っ張って走る。まぁ引っ張るほどの力はないんですけども。
駅からだいぶ離れた公園まで走り、息も絶え絶えになりながらベンチに腰掛ける。汗はかいていないが、継続的に体力が失われて、脚が疲れた。
篠宮は息ひとつ乱さずに俺に着いてきていた。俺の体力がないのではなく、篠宮の体力が無尽蔵なのだ。
「……何というか、その格好は」
篠宮は立ったまま、俺から顔を逸らす。萌希は可愛いって言ってたし、変なところはないと思うのだが。
「俺がこんな格好するの、おかしいかな……」
「そんなことはない! とても魅力的で、その……似合ってる」
自虐気味に呟いた独り言はしっかりと篠宮の耳に届き、先ほどまでの態度が嘘のように大声で叫んだ。
言葉が詰まっている辺り、何か思うところがあるのだろう。口ではこう言っているが、本当は違うかもしれない。
……ネガティブ思考はやめよう。今日は篠宮の家にお邪魔するんだ。
俺の息も整ったので、改めて篠宮に案内してもらうことにした。大賀から逃げたい一心でこの公園まで走ってきたが、家は別方向だった可能性もあるので、歩く覚悟はできていた。
篠宮が言うには、駅からは徒歩十分程度の場所にあるらしい。案の定方向が逆だったので、駅前を通らないように迂回して篠宮の家へ向かう。
篠宮は一歩が大きく、俺の歩幅では置いて行かれかねない。彼の性格上、俺を置いていくと言うことはないだろうが、一応、篠宮の手を握っておく。
俺の手が触れた瞬間、篠宮の肩が跳ねたように見えたが気のせいだろう。
篠宮なら十分でも、俺のせいで十五分ほどかかりそうだ。
「篠宮ってさー、自転車通学だよね」
「そうだが……それがどうかしたか」
「ここから学校って結構遠いよなぁって。やっぱお前すげーや」
携帯片手に、現在位置から学校までの距離を調べてみると、およそ15キロほどあった。現在進行形でどんどん学校から離れているので、本来はもっと遠いことになる。俺の家から学校までは1キロもない。
あれ、篠宮ってこの前、俺の家から徒歩で帰ったんだよな。
俺の家から最寄駅まではそこまで遠くはないが、それでも5キロほど離れていると思う。
「……その、篠宮。ごめんな、なんか」
「……?」
突然謝る俺に、篠宮は理解が追いついていないようだった。
大晦日ですね。
こたつでゆったりしながら年越そうと思います。




