決意
俺は女になったが、『男の鳴海蓮』は『俺』が女になろうとしない限りは消えないと思っていた。
それがなんだ。『俺』の精神はバッチリ体に引き摺られているではないか。このままでは『俺』が完全に消えてしまうのではないか。
ただただ、怖い。
自分が自分では無くなっていくようで、俺は一体誰なんだ?
「やーっと自覚した?」
「俺は……俺は……」
頭を抱えて震えてしまう。へなへなとその場に座り込み、呼吸が少し荒くなる。
俺はいつ頃からこうなっていたのだろうか。少なからず、最初のうちは心も完全に男だったはず。思い当たる節は全くない。
「……ちょっといじめすぎたかも。とりあえず、終礼まで時間ないから早く着替えないと」
神崎に無抵抗のまま体操服を脱がされ、気づけば俺は制服を着ていた。正確には、放心していた俺が我に返ったときに、制服を着ていた。神コンビもいつの間にか制服姿になっている。
「……レナ。鳴海って」
「うん、すごいよね。わたしは羨ましいよ……」
そんな会話が聞こえたが、俺には意味が理解できなかった。二人の仲だから、こんな言葉足らずでも伝わるのだろう。
釈然としないまま、俺たちは教室へ戻る。既に皆は着席しており、細谷先生も教壇に立っていた。彼女は俺の暗い表情を見て、何か良からぬことがあったのだと悟る。
終礼が終わり、俺は細谷先生に呼び出される。去り際に篠宮の顔が一瞬見えて、彼も落ち込んでいるように見えた。何があったのか気になるが、今は先生と話をする。
職員準備室で、前と同じように面談形式で椅子に座る。俺は今の最大の疑問を先生にぶつける。
「先生……俺って誰なんでしょうか」
「誰って……何があったの?」
いつもはふわふわとしている細谷先生の顔がキュッと引き締まる。
俺は更衣室であったことを全て話した。俺から更衣室という単語が出てきたこと自体に相当驚いていたようだが、最後まで真剣に聞いてくれた。
「そう、なのね。でも、鳴海さんは鳴海さんでしょ?」
「……俺が消えていくような感じがして」
「その、貴女のいう『俺』って何?」
その質問に、俺は言葉を詰まらせる。頭では『男の俺』だとわかっているのだが、それをどう伝えれば良いのか。
「えっと、俺が男だった、という証明というか、その……」
俺がしどろもどろになりながら答えると、先生は顎に指先を当ててしばらく考え込んだ。
「……男だった証明が残っているとどうなるの?」
「そ、れは……」
どうなるのだろう、考えたこともなかった。
今考えてみても、何かがどうなるわけでもない。
「仮に、男の証明が完全に消えたとしても、鳴海さんは他の誰でも無い、貴女自身なの」
そうか、俺は俺、か。大事なことを忘れていた。
「変わることを恐れることはないの。人は育ちながら変わっていく生き物なんだから」
とても大切なことを思い出した。男の俺も、女の俺も、両方とも『俺』なんだ。たとえ片方の俺が消えても、もう片方の俺が消えることはない。
先生が良い人でよかった。心のしこりが消えて、清々しい気分だ。
「……ごめんなさい、偉そうに言ってしまって。あら、泣いてるの?」
そう言われて、目尻に指先を当ててみると、確かに熱い液体が溢れ出ていた。
よく泣くなぁ、俺。この体になってから、明らかに涙腺が緩くなっている。男の頃の俺は、涙は枯れたと思っていたのに。
俺は先生の胸で一頻り泣き続けた。
─────────
「ありがとうございました。バカみたいなことで悩んでた自分に笑えてきました」
「いいの、気にしないで。私は貴女の担任なんだから!」
職員準備室を後にして、荷物を取りに教室へ戻ると、篠宮が本を読んでいた。彼は部活には入らないようだし、いつもならさっさと帰っているのに珍しい。
男だの女だのと話し合ってきたばかりなので、彼はもう異性なのだと意識してしまう。精神的にはまだ男が少しは残っているので、そこから先へ発展することはないと思う。
荷物だけ持ってその場を立ち去ろう。
「待て、どうしたんだその顔は」
「顔?」
そのまま帰ろうとしたら呼び止められた。顔には何もついていないはずだが、篠宮が言うのだから何かおかしいのだろう。
顔をぺたぺたと触るが特に何もおかしな点は見つからない。強いて言えば、先程泣いたせいで若干顔が熱いくらいだ。
「何か付いてる?」
「……いや、何も」
「なんだよ、変なやつ」
俺は再び歩き出し、昇降口へ向かった。
あの一件以降も、俺の下駄箱には度々紙が入れられている。もう二度とあのような思いはしたくないので、全てゴミ箱行きである。
「……天気いいな」
雲一つなく晴れ渡る快晴の下、俺は新たな道を歩き出す。
こういう話を書くのが苦手すぎていつか修正したい……。




