勧誘
女子たちはバドミントンをしていて、二人一組で打ち合っているのが目に入る。
体育館に戻るなり、神谷が大声で手を振り始めたので、俺たちに視線が集中してしまう。なんか恥ずかしいからやめてほしい。
女子たちは一斉に手を止めたかと思えば、皆して俺に詰め寄り始めた。
「今まで邪険にしてごめんなさい!」
「え……なに急に」
「私たち、貴女のこと誤解してた……」
一人一人が俺に向けての謝罪を述べる。ここまでくると、逆に怖いまである。
俺が露骨に嫌そうな顔をすると、女子たちは慌てて俺の機嫌を取ろうとしてくる。そういうのが嫌だと、なぜ気が付かない。
俺は高梨を見つけて呼び出し、体育館の隅で質問する。
「お前さぁ、何言ったらみんながあんなになるんだ?」
「あたしは何も言ってないけど」
「え? でも神崎が高梨が言ったって……」
「紫音が? あたしは『鳴海さんはちゃんと女子だった』くらいしか言ってないわ」
そう言われると複雑な気持ちになる。男として生きてきた十五年間は一体何だったのか。女なのは外観だけだと思いたいのだが。
「俺ってそんなに女してたか?」
「何言ってるの。乙女そのものだったじゃない」
俺が乙女?
何かを勘違いしているのではないだろうか。俺が乙女なら、本物の女の子はそれを超越した何かなのでは。
「あの時の表情とか……うっ……」
高梨はブツブツと呟きながら、おもむろに俯いた。その様子があまりにも不自然だったので、俺は心配して声をかける。
反応がなかったので、俺はその場にしゃがみ込んで高梨の顔を覗いた。
「あああっ!!」
「うわぁっ!?」
高梨が突然叫び声を上げたので、俺は驚いて尻餅をついた。なんだなんだ、どうした。
見れば、高梨が恍惚な表情で危ないオーラを醸し出しているではないか。俺の脳は瞬時に、今の高梨は危険だと判断した。
その場から逃げようと立ち上がって走ろうとしたが、足がもつれてしまい、その場に転ぶ。
影を感じてバッと振り返ると、俺の上には高梨が跨っていた。
「あーあ、始まっちゃったよ。瑠璃の悪い癖」
いつの間にか近づいてきていた神崎が肩を竦める。高梨のこの状態について、神崎は何か知っているようだ。
俺の上に陣取った高梨は、俺を強引にひっくり返す。彼女の細い腕のどこにこんな力があるのか。
俺のお腹に座り込んだ高梨は、俺の着ている神谷のジャージのチャックをゆっくりと開けていく。
俺は体を隠すためにこのジャージを着ているのだ。脱がされては堪らないと、俺も必死に抵抗したが、力で負けている。
「フフフ……観念なさい、鳴海蓮!」
今の高梨ほど、悪役令嬢のような顔が似合う少女もいないだろう。気の強いつり目や、上品に口角の上がった口。それほどまでに、完璧な悪役顔である。
「や、やめ……」
力みすぎて涙が出てきた。これは決して泣いているわけではない。
俺の必死さが伝わったのか、フッと高梨の力が弱まった。そのまま立ち上がった彼女は、女子たちの元へ帰っていく。
よくわからないけど、助かったのか?
今後高梨と関わるときは気をつけなければいけなそうだ。
─────────
授業が終わり、他の女子たちは更衣室へと向かっていく。俺はその中に入ろうとはせず、一人で人気のない場所で着替えようと思っていた。
そこで、一つの問題があることに気づく。
俺の制服は更衣室の中にあるのだ。つまり、俺は更衣室に入らざるを得ない。
更衣室の前に戻ってきたが、女子たちはまだ中にいるようだ。そんな中、入るわけにもいかない。女子が全員着替え終わって、更衣室から出てきたら入るしかなさそうだ。
更衣室の前で立っていると、知らない人から声をかけられた。
「どうしたの? 着替えないの?」
その声は中性的なものであったが、どちらかというと男性寄りな気がした。
声の主に顔を向けると、身長160センチ強の男子生徒が立っていた。髪はそこそこ長く、顔も端正で中性的だった。靴の色を見ると、二年生であることがわかる。
なぜ二年生が一年L組しかいないはずの棟にいるのか。
「少し事情があって」
「そうなんだ。理由は聞かないでおくよ。神谷さん、でいいのかな?」
彼は俺の着ているジャージの胸の名前を見て、そう言った。残念ながら、俺は神谷ではない。
「これは人のを借りているんです。自分は神谷じゃないです」
「なるほど。じゃあ君の名前は?」
「一年L組の鳴海です」
俺が名前を告げると、少年は目を丸くする。変なことでも言ったかな、と思い返してみるが、俺は自分の名前しか言っていない。
「君が鳴海さんか! ボクも運が良いな」
少年はとびきり明るい笑顔を見せる。こんな風に笑われると、女性の顔にしか見えない。
世界にはこんな人もいるんだなぁと思いながら、俺は質問した。
「何か用ですか?」
「あぁ、そうだった。突然だけど、君は今日から料理部だ!」
「……は?」
ストックが欲しい、ストック……。




