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幸福のつかみ方  作者: TK
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初更衣室

 五月に入り、今日学校へ行けば、ゴールデンウィークで休みになる。今年は祝日に挟まれた平日がないので、五連休で終わりである。充分だ。


 授業を受けながら、ゴールデンウィークに何をするか考える。もちろん、授業もちゃんと聞いている。

 ノートを取りながらページの隅っこにサラサラと絵を描いたりして遊んでいると、突然先生から指名されて焦った。

 幸い、簡単な問題だったのであっさり答えられた。


 昨日から、俺はクラスの女子から絡まれるようになった。今まであんなに蔑んだ目を向けていたのに、今では好奇の目で見られるようになってしまった。俺が何をしたというのか。

 まぁ、否定的に見られるよりは気が楽になった。


「鳴海のノート、元が男だったとは思えないくらい綺麗だよね」


「そうなのか?」


「ほら、特にこの右上の……ふふっ」


 神崎が俺の落書きを見て笑う。ノートの書き方を褒めていたのではないのか。


「バカにしてる?」


「冗談。ほんとに見やすいし、字も綺麗。要点もまとめられてて、見返したときとかすごいわかりやすそう」


 真面目な顔になった神崎は、淡々と良い点を挙げていった。俺は反応に困り、何も言わなかった。


 ノートの見返しか。試験勉強をするときは、基本的に問題集ばかりを解いていたため、自分のノートを見返す、ということはしたことがなかった。

 今思えば、見返しもしないのに、なぜ俺はノートを取っているのか。


「俺、自分ノート見返したことなかった」


「えー、鳴海って天才タイプ?」


「いや、そんなことはないけど……」


 どちらかというと、地頭の良さは普通だと思っている。この高校に入れたのだって、去年の問題が偶然、俺の得意分野と重なっただけだ。

 本当の天才は、有村のような男のことをいう。授業を聞くだけで、復習もせずに高得点が取れてしまうのだ。


「今度貸してくれないか」


「へ? うん」


 突然会話に入ってきた篠宮相手に二つ返事する。知らぬ間に、彼も俺のノートをまじまじと見つめていた。


 昨日に篠宮から借りた箸のせいで、変に恥ずかしい。箸を貸してきたのが萌希なら良かったのに。


 ──なぜ萌希なら良いんだ?


「篠宮ってさー」


「何だ?」


 神崎が机に頬杖を着きながら篠宮に話題を振る。篠宮もそれに反応し、穏やかな声で聞き返す。


「鳴海にベッタリだよね」


 神崎が言葉を発した瞬間、篠宮が盛大に噎せた。俺は慌てて篠宮の背中をさする。

 俺は神崎を睨みつけて言い放つ。


「篠宮には心に決めてる人がいるんだから、俺なんかとくっつけんな!」


 俺の叫びで篠宮が再び噎せる。大声でこんなことを言うのはさすがにまずかった。

 俺だって、知人などからこんなことを暴露されたらこうなる自信がある。

 謝りながら、更に背中をさすり続けた。


「うわー、篠宮可哀想……」


 俺も心から悪かったと思っている。俺が無神経すぎた。

 謝り続けながら背中をさすっていると、篠宮が俯いたまま喋った。


「……鳴海。ゴールデンウィークに、ゴホッ、うちに来てくれないか」


「え、うちって言うと、篠宮ん家?」


 唐突のお誘いで、ゴールデンウィーク中に特に何かしようとも思っていなかった俺にとっては好都合だが、せっかくのゴールデンウィークなのに俺なんかと一緒にいていいのだろうか。

 第一、俺は篠宮の家を知らない。俺の家と反対方向にあるので、それなりに遠いことはわかる。


「いいけど……お前はいいの? せっかくの五連休なのに」


「五連休だから、だ」


 意味がわからず、俺は首を傾げる。前から思っていたが、篠宮は妙に遠回し話し方をするので、たまに何を言っているのかわからないことがある。今もそうだ。


「篠宮頑張ってね、ウチも応援してる」


 神崎は篠宮に激励の言葉をかける。何を頑張るというのか。

 篠宮も無言で頷いており、何かがあることは確実だが……。


「何かの大会でもあるの?」


「本当に頑張ってね、篠宮……」


「あぁ……」


 俺の疑問は何事もなかったかのようにスルーされ、神崎は篠宮に同情の目を向けた。

 二人で秘密を共有しているのか、俺だけ知らないというのは悲しい。俺も篠宮のことを応援したいのに、具体的に何を応援するのかがわからない。


「えーっと、とりあえず……頑張れ篠宮?」


「「…………」」


 二人からの無言の重圧が辛い。そのプレッシャーに押しつぶされそうになり、俺は机に突っ伏した。


 ─────────


 午後になり、授業は体育である。

 俺は相変わらず見学だが、特に運動をしたいわけでもないので別に問題ない。

 変わった点といえば、同じクラスの女子が俺と話そうとしてくることくらいだ。


「ナルミンはなんで体育しないのー?」


「体操服ないし、何より面倒くさい」


 昨日以降、俺は神谷から『ナルミン』というあだ名を付けられた。俺の意思は関係なしに、勝手に呼ばれている。


「えー、楽しいのに、もったいない」


「俺は運動得意じゃないの。苦手ってわけでもないけど」


「でも、見てるだけって退屈じゃないの?」


「それはそうだけど……」


 俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに神谷の目が光り、俺は更衣室へ連行された。

 既に体育は始まっているので中には誰もいないが、俺はこの部屋には初めて入る。女子たちは俺に着替えを見られるなんて、絶対に嫌だろうから、入ることを避けていた。


「わたしの予備の体操服貸してあげるよ〜、ほら!」


「えぇ……だから面倒なんだって……」


「つべこべ言わずに着替える着替えるー!」


 俺は神谷に無理矢理制服を脱がされる。一時的に下着のみとなったときもあったが、不思議と羞恥心は湧かなかった。

 神谷の身長は150センチで、俺と大差がない。そのため、体操服のサイズはピッタリだった。


 ピッタリではあるのだが、体のラインなどが丸わかりで恥ずかしい。何かジャージのようなものを着たい。

 神谷にそれを言うと、なぜか白い目で見られたが、ジャージも貸してくれた。彼女曰く、自分には必要のないものらしい。冬場とか寒くないのかな。


 胸に『神谷』と刺繍されているジャージを着て、俺たちは体育館へ戻った。

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