厭悪
しばらく短い話が続きそうです(僕の頑張り次第)
次に俺の目が覚めたのは約三時間後の八時過ぎであり、俺は圧迫感と熱を感じて瞳を開く。
何かに拘束されているかのように、体が言うことを聞かない。金縛りだろうか。
違う。
篠宮が俺に抱きついているのだ。抱きつくとはいっても、腕が俺を抱くように回っているだけだが。
そのことに気がついた俺は一気に覚醒し、顔が熱くなるのを感じた。篠宮を突き離そうとして体を捻るが、彼の顔が視界に入り、俺の力は弱まってしまう。
俺が寝る前に見た健やかな寝顔。それと変わらぬ顔が目の前にある。
今もぐっすりと眠っている彼を起こすのは可哀想だ。どうしてかはわからないけど、洗面所ではあまりよく寝られなかったようだし。
とはいえ、俺も動きたいのだ。合計で九時間も寝たのは何年ぶりだろうか。目が冴えすぎて逆に怖い。
そっと、起こさないように、体をするりと滑らせて抜け出す。篠宮はそのまま寝かせておいて、俺はリビングへ向かう。
「起きたのか。何か顔が赤いぞ、どうした?」
「……いや、何もないよ。おはよ」
相変わらず鋭い父も先程起きたようで、自分で目玉焼きとトーストを作って食べていた。
「あまり寝られなかったか?」
その質問の答えは否である。横に篠宮がいる安心感で、いつもよりもよく眠れたような気がする。
首を横に振り、朝のうちに家事を済ませる。洗濯物は篠宮の分もあるので、少しだけ多かった。一人分など微々たるものだが。
天気があまり良くなく、天気予報を見たら降水確率が六割だったので、ベランダには干さずに室内に干した。
洗濯機によってびしょびしょになった篠宮の服を、他の服と同様に干していく。驚くほど柄の無いティーシャツだ。いつもこの服の下にあの筋肉が仕込まれているのか。
いつもなら持っていないはずの服を手に固まる俺を見て、父は苦笑する。その笑いにどんな意味が込められているのかはわからない。
家事を終わらせ、お昼ご飯を作るまで、俺には特にすることがない。ゲームをするにも、ゲーム仲間の有村は大賀と同じで、休日は昼過ぎまで寝ているタイプだ。
ぼーっとしながら部屋に戻ると、篠宮はさっきとは違う姿勢で寝ていた。寝返りを打っただけだろう。
筋トレの方法でも調べるか。
「……何を、やってるんだ」
「ふ、ふっきん……」
一時間ほどして、篠宮も目覚めた。
そのとき俺は、休憩を挟みながら色々な筋トレをしていた。一回腕立てをしてみたら全く続かず、腹筋をしようとしたら、まず上体が上がらなかった。男だった頃は当然、余裕でこなせていたので自分でも驚いている。
それでも尚頑張っていると、俺の肩に手が乗せられ、動きを静止される。
「馬鹿なマネはよせ」
「な、馬鹿って、お前が望んだんじゃ……」
「やはりか……」
篠宮は大きなため息を吐き、俺が痛くない程度ではあるが、俺をつかむ手の力を強める。
俺の目をじっと見つめ、何かを言おうとしてそれを押し殺す。
「……篠宮?」
篠宮がとても苦しそうな顔をするので心配になる。とりあえず、熱を調べるためにおでこを合わせる。やはり、熱はない。
「あぁくそ……すまない、帰る。服は明日か明後日にでも返す」
「えっ、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「すまない……もう我慢できそうにない」
そう言って、篠宮は自分の荷物をまとめて、颯爽と帰っていった。あっという間に、俺の部屋は寂しくなってしまう。
何を我慢していたのか、俺にはわからない。やはり俺と一緒にいることが苦痛だったのだろうか。いくら考えても、その答えにしか辿り着かない。
悲しいが、篠宮とはあまり関わらないほうが彼のためなのかもしれない。
そう思うと、俺の頬を熱いものが伝う。
「……しょっぱ」
俺は立ち上がって部屋の扉を閉め、鍵をかける。そのまま椅子に座り、ゲームを起動する。
その日は食事もせず、ひたすら画面と向き合った。
─────────
翌日になり、俺は篠宮の服を持って、萌希と共に登校する。彼女はいつもと変わらぬ笑顔を俺に向けてきた。
それを見て、昨日の篠宮の苦い顔を思い出す。自然と、俺の表情も暗くなる。
「どうしたの?」
「ぁ、いや、何でもないよ」
「……あの後、何かあったの?」
萌希に痛いところを突かれ、俺の体はビクッと跳ねる。明らかに動揺してしまったが、どうにかして平静を装う。
「何もないよ」
「……それならいいけど」
萌希は口ではそう言ったが、表情は険しい。変なことを想像していなければいいが。
学校へ着くと、篠宮はいつも通り、読書をしていた。
彼は俺が登校したことに気づくと、一旦読書をやめた。
「おはよう。昨日はすまなかった。これ、返す」
そう言って、彼は綺麗に畳まれた大賀の服を渡してきた。俺の家とは違う柔軟剤の香りがする。
「あ、もう洗ったんだ。俺もこれ」
俺はそれを受け取ると、皺にならないようにリュックに入れる。篠宮にも服を返し、受け取ったのを確認した。帰る頃にはぐちゃぐちゃになっていそうで少し怖い。
篠宮との会話はそれだけで、俺は席に着く。俺も読書しようして本を取り出したところで、誰かに声をかけられた。
「鳴海、ちょっといい?」




