すれ違い
総合評価500pt達成してました……本当にありがとうございます……。
翌日の早朝に目覚めた俺は、眼を手で軽く擦りながら起き上がる。なんかいつもより低い位置にいるような……。
あぁ、そうか。昨日はベッドではなく、床に敷いた布団で寝たんだった。
時計を確認すると、まだ午前五時だった。とはいえ、六時間ほど寝ているので目覚めはスッキリである。
篠宮のために敷いた布団を見てみると、そこには誰もいなかった。勝手にベッドを使ったのかと思い振り返ってみるが、そこにも人はいなかった。
一体どこに居るのだろうか。休日のこんな時間に起きるとは思えないし、まさか帰った?
電気をつけてみても、部屋の中には俺一人しかいない。玄関を見ると、篠宮の大きな靴は昨日と変わらずに置いてあった。つまり、帰ってはおらず、家のどこかにいる。
まず大賀の部屋を覗いてみたが、ベッドで爆睡している大賀の姿しか見当たらなかった。まぁ友人の兄の部屋に入ろうとは思わないだろう。
次にリビングに行く。リビングの奥には和室があり、そこでは父が布団を敷いて寝ている。祝日ということで、今日は父も大賀も休みである。
さすがに寝ている父を起こすわけにもいかず、電気はつけなかった。とはいえ、篠宮らしき人物はここにも見当たらない。
あと探していない場所といえば、トイレと物置き、洗面所である。
トイレと物置きをぱっぱと確認したが、篠宮はいなかった。残すは洗面所のみである。
洗面所は脱衣所も兼ねており、基本的には扉を閉めているはずなのだが、今日は珍しく開いていた。不審に思い、静かに洗面所に足を踏み入れる。
暗闇でよく見えず、電気のスイッチを探して壁に手を当てていると、足に何かが引っかかった。比較的温かく、人の体温ほどの熱を持ったそれを、俺は触れただけで何なのかを悟った。
落ち着いて電気をつけ、その物体を見る。
「なんでこんなところに……」
それは篠宮で間違いなかった。たが、篠宮は壁にもたれかかり、息遣いが少し荒かった。
ただ事ではない、と肌で感じ、こんな場所で寝させておくのも心配なので、どうにかして部屋に運び出す。
彼の腕を肩に担ぎ、引き摺るように運ぶ。俺がもっと大きくて、篠宮ですらヒョイっと持ち上げられるような力を持っていればよかったのだが、生憎俺は貧弱だ。
引き摺っているのにも関わらず、俺にはかなり重く感じる。足が床に擦れている分、かかる体重は分散されるはずなのに。
廊下まで運んで、もうすぐで部屋に着こうとしていたその時、篠宮が呻いた。
「ひっ……」
急だったので、驚いて短く叫んでしまった。一瞬力の抜けてしまった俺の肩から、腕がスルリと落ちていく。このままでは篠宮が勢いよく床と衝突してしまう。
俺は咄嗟に崩れ落ちる篠宮の下に潜り込んだが、俺の体は彼の全体重を支えることができずに下敷きになってしまう。俺の胸に篠宮が頭を埋める形となってしまった。
「おも……」
篠宮を襲った衝撃は、俺というクッションのおかげて少しは和らいだだろうが、それでもそこそこなものだと思う。
俺は下敷きになったまま動くことができず、篠宮のことをばんばん叩く。姿勢のせいで手首しか動かすことができず、手応えが全然ない。
俺の気持ちが届いたのか、篠宮は軽く唸り、ゆっくりと目を開けた。
「おはよ……篠宮……」
「……ッ!?」
彼は物凄い勢いで俺から離れていく。当然の反応だと思うが、そんなに恐ろしいものを見る目をされると悲しくなる。
俺にのしかかっていたものは無くなったので、一息ついて立ち上がる。篠宮は俺に近づこうとしない。
「訊きたいことあるから、部屋で待ってて」
「……わかった」
俺は二人分の朝食を作って、飲み物も一緒に部屋に持っていった。食べるためのテーブルがなかったので、物置きから適当に小さなテーブルを持ってきた。
布団を端っこに寄せ、空いた場所にテーブルを置く。いわゆるちゃぶ台のようなものだ。
上に朝食と飲み物、コップを置く。俺は牛乳を一口飲んで、話を切り出す。
「お前さ、何で洗面所にいたの?」
「それは……」
明らかに言うことを躊躇っている。苦い表情で、俺とは目を合わせてくれない。
「お前……昨日から様子が変だぞ」
堅実な篠宮がここまで焦ったり、奇行に走ったりするのはらしくない。心なしか、顔もほんのり赤く見える。
どうしたんだ、と訊きながら、俺は篠宮の額に手を当てる。が、それはすぐに振り払われてしまった。
「いたっ……」
篠宮の手にはそれなりに力が込められていて、手がぶつかったときは少し痛かった。
「す、すまない! 大丈夫か!?」
「お前が弾いたんだろ。本当に変だぞ、お前」
「……」
篠宮が黙り込む。俺に隠れて疚しいことでもしているのだろうか。特に何かをしたという痕跡はないが……。
俺は篠宮の顔を見つめるが、彼は決して俺の方を見なかった。
友達だと思っていた人からこうも邪険にされると心にくるものがある。
もしかして、俺のこと嫌いになったとか?
いや、篠宮は俺のことを守るために俺についてきたのだ。その線はないだろう。
よくわからないけど、どこか避けられているような感じがして面白くない。せっかく一緒にいるというのに、これでは一人でいるのと変わらない。
なんとしてでも、理由を突き止めねば。
「……鳴海。お前には危機感が足りていない」
「え?」
俺が考えていると、篠宮が口を開いた。
「お前は確かに男だ。それは話していればわかる。だがな……」
それ以上、篠宮は何も言わない。それほどまでに言いにくいことなのだろうか。
危機感か。この前、萌希にも同じことを言われた気がする。あの時はしっかり自衛していると思っていたが、昨日は呆気なく連れ去られてしまった。
確かに危機感は足りていないのかもしれない。今は男だった頃とは勝手が違うから、何かされたら抵抗すらできない。
そうか、わかったぞ。篠宮は俺に力をつけてほしいんだな。自分の身は自分で守れるようになれ、と。つまりはそういうことだろう。
解決した俺は、篠宮に満面の笑みを向け、勢いよく自分の胸を叩く。篠宮のように胸筋が硬いわけではないので、特に音は鳴らなかった。
「わかった篠宮。俺、頑張るよ!」
「……そういうところだ」
決意を新たにした俺の横で、篠宮はその顔を手で覆い、大きなため息を吐いた。
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