重症
かなり短くなってしまいました。眠気には勝てなかった……。
風呂から上がっても、心臓の高鳴りは治まることを知らず、顔の火照りも引いてくれない。こんな顔を篠宮に見せたくない。熱か何かと勘違いして心配されそうだ。
早く普段通りに戻らなければならないのに、雑念を振り払おうとすればするほど、脳が勝手に想像してしまう。自分で言うのもなんだが、相当重症な気がする。
いつまで経っても治らない気がするので、何か言われたら正直に話すことにした。別に隠すようなことでもない。
部屋に戻ると、篠宮は腕立て伏せをしていた。片腕で。
人間って本当に片腕で腕立て伏せとかできるのか。空想上にしか存在しないと思っていた。
その太く逞しい腕に見惚れていると、篠宮がこちらに気づく。
「お、上がったのか。随分長いんだな」
「あ、うん。色々考え事してて……」
時計を見ると、俺が入り始めてから小一時間が経過していた。普段は三十分くらいなので、約二倍の時間、湯に浸かっていたことになる。
本当はずっと篠宮の筋肉について考えていたなど、口が裂けても言えない。
「顔が赤いな、逆上せたか?」
「あー……うん、そうかも……」
「そうか……無理はするなよ」
先程の正直に話すという決意は、いざ、本人を目の前にして儚く崩れ去った。
俺は筋トレしている篠宮の横に敷いてある布団に顔から倒れ込む。風呂上がりに筋トレをすると言っていたが、まさか今の今までずっとしていたのだろうか。もしそうなら、一時間以上続けていることになる。
体を横に向け、腕立てを続ける篠宮を下から眺める。思っていたよりも服に余裕があるようで、体が上下する度にその素晴らしい腹筋が見え隠れしている。
あぁ、触りたい。
その強い欲求は、俺の腕を勝手に操っていた。
「……鳴海?」
想像通り、とんでもなく硬い。昔に腹筋の上で車を通らせるとかいう馬鹿みたいなことをやってのける男性をテレビで見たことがあるが、彼もできるのではないだろうか。
その硬い肌を優しく擦る。それだけでも、手に伝わってくる、割れた腹筋の感触。予想外の肌のサラサラ加減も相まって、触っていて気持ちいい。
「おい」
篠宮が立ち上がったのをいいことに、俺も合わせて立ち上がる。自分の顔の高さにある胸筋を、服の下からぺたぺたと触る。叩いたらゴン、といい音が鳴る。そして俺の手にダメージ。
胸から腹にかけて指でなぞると、筋肉による段差でところどころ指が引っかかる。
服の下から腕を抜き、今度は服の上から胸を手を当てる。そのまま、俺は全体重を目の前の筋肉の壁に預けた。
心音が聞こえる。筋トレをしていたからか、普通の人よりも鼓動が速い気がする。
「ほぁ……?」
次の瞬間、俺は篠宮から押し倒されていた。
両肩を大きな手でがっしりと掴まれ、布団に押し付けられる。だがそれは決して乱暴なものではなく、優しいものだった。
篠宮の目がまっすぐ俺に向けられ、俺は我に返る。ついさっきまで自分がやっていたことを思い出し、さらに上気する。
「……次はないぞ」
「──っ!」
篠宮は目を細め、俺を睨みながらそう言った。彼は俺から手を離し、今度はスクワットを始めた。
その時の俺は、布団に倒れたまま動くことができなかった。
─────────
気まずい空気になってしまい、俺は顔から血が引かず、体が熱い。篠宮は俺の方をチラチラと見ては来るものの、目を合わせてくれなくなった。
こういう時は逃げるに限る。寝てしまえばいい。せっかく布団が敷いてあるのだから、これを使わない手はない。
篠宮に背を向け、布団に潜り込んだ。自分の体温もあって、熱すぎて蒸発しそうだ。
俺は瞳を閉じ、無心で寝ようと試みる。
……寝れねぇ!
今日は色々あった。はしゃぎ疲れているし、精神的にも疲れているのだが、篠宮がいる、というだけで全く寝付けない。
というか、この息苦しさは何なのだろうか。この心臓が締めつけられる感覚は、あまり好ましいものではない。
「ぁ……」
それでも頑張って寝ようとしていると、突然、俺の頭に何が触れた。
それは、俺の頭を優しく撫でた。くすぐったくて、気持ちいい。
俺の緊張の糸はプツリと切れ、そのまま意識を手放した。
「……危なかった」
部屋で一人、少年は大きく深呼吸した。




