裸体
「篠宮先入りなよ、俺は後でいいからさ」
「いや、こういうものは女性が先に入るものだろう」
女性、か。
篠宮の中では俺は女としか見られていないのだろう。変に過保護だし。
彼とは女になってからしか関わっていないため、有村ならともかく、男扱いしろ、という方が無理な話だ。
「それなら先に父さんが入っちゃってるから一番じゃないよ。ほら入れ入れ」
「いや、でも……」
「ええい、まどろっこしい! そこまで言うなら一緒に入るか!?」
「そ、それは倫理的にまずいだろう。仕方ないか……」
渋々、といった具合で風呂場に向かう篠宮の背中を見送る。俺としては別に一緒に入っても良かったのだが、篠宮からすればアウトだったようだ。当たり前か。
無意識に篠宮の裸体を想像してしまい、慌てて雑念を消す。服の上から触ってもわかるほどの筋肉を誇る篠宮なので、生で見たらどうなることやら。
なんかすごい気になってきた……。
知らぬ間に、俺は脱衣所に立っていた。そのまま、風呂のドアに手を掛ける。
そこで我に返り、自分のしていたことを悔いる。そして部屋に戻る。
いや、考えるんだ、俺。
俺は精神は男だし、いまさら男の裸体を見たところで興奮はしない。だが篠宮からすれば、異性に裸を晒しているも同然なのだ。俺だって未だに萌希に裸を見られるのは恥ずかしい。
……俺の場合は男から見られても恥ずかしいのでは?
大きく息を吐き、敷かれたベッドに倒れ込む。外から帰ってきて、まだ服を変えていないので汚いが、ベッドのシーツなどは明日洗おう。今日は敷布団で寝るのだ。
篠宮が風呂から上がるまでの間、暇なので携帯を眺める。
珍しく、有村がSNS上で何も呟いていない。過去の呟きを漁ってみても、どんな日でも一回は呟いていたのに。
そういえば、大賀はゲーム配信をしていて、それなりに視聴者もいた。もしかしたらSNS上にアカウントがあるかもと思い、探してみる。
「名前は確か……『ナルガ』だったっけ」
鳴海大賀、鳴賀、ナルガ、という安直な名前だ。この法則で行くと俺の場合は、『ナル』になる。
とりあえず、ナルガだけでアカウント検索をしてみると、かなりの数のナルガさんが表示された。この名前は割とポピュラーらしい。
数多のナルガさんの中から大賀を探すのは困難な上に、まず大賀のアカウントが本当にナルガなのかもハッキリしていないので無謀であった。
試しに『ナルガ 実況』と検索してみたところ、それらしき呟きが表示された。
『今日もナルガさんの実況見て一日が終わった……』
『ナルガのホラゲー実況マジで怖くない』
『ナルガさん、次は何実況してくれるのかな』
恐らく、彼らが指しているナルガは大賀で間違いない。同じ名前の実況者が何人もいたら困る。
検索に引っかかったものの中には、ナルガ本人に送っているのだろうメッセージもあった。つまり、その送信先が大賀のアカウント、ということになる。
予想通り、大賀のアカウントは存在していたが、名前には『ナルガ』なんて文字列は存在しなかった。
「なんだよ『準備中』って……」
アカウントネームの欄には『準備中』の三文字のみだった。フォロワーは驚くべきことに、五十万人。逆に、フォローはたったの十人であった。
その数少ないフォロー一覧を覗いてみると、動画サイトの公式や、ゲーム制作者などがフォローされていた。その中にひとつだけ、普通のゲームアカウントがあった。
一瞬理解できなかった俺は、もう一度ナルガのホーム画面を見る。そこには『フォローされています』の文字。
俺は怖くなって、携帯の電源を切った。
─────────
「上がったぞ……って、どうしたんだ?」
「この世の不可思議について考えてた……」
「お前は何を言っているんだ……?」
篠宮が風呂から上がったので、ベッドで布団に包まって芋虫状態になっていた俺は、もぞもぞと布団から抜け出す。そこで初めて風呂上がりの篠宮の姿を見たのだが──。
「え、な、なんで裸!?」
「……しまった、癖で」
彼は上半身裸で部屋の入り口に立っていた。思わぬ形で筋肉とご対面してしまった。
胸筋は盛り上がっていて、胸から腰にかけて、見事な逆三角形が形成されている。腹筋はバッキバキに割れており、下手な金属よりも硬そうだ。
何でも、彼は風呂上がりに筋トレやストレッチを欠かさないらしく、暑いから裸のほうが楽、だそうだ。
篠宮はすぐに服を着てしまったが、見たかったものは見られたので俺は満足した。
風呂に入って、鏡に映った自分の体を眺める。今となっては、もう自分のものだと実感できてしまうこの体には、篠宮のような筋肉などどこにもない。
ため息をつきながら髪と体を洗い、湯船に浸かる。
「……う」
上半身裸の篠宮が頭から離れない。俺の心臓はドクドクと脈打ち、浴槽の中なのもあって上気する。
俺は今、興奮しているのだろうか。
十五年間生きてきて、俺は初めて自分の性癖というものを知った。
どうやら俺は──筋肉フェチだったようだ。
筋肉って……良いですよね……。




