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幸福のつかみ方  作者: TK
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帰宅

 この後、篠宮は目が覚めたので良かったものの、俺たちの間には気まずい空気が漂う。

 いや、これは俺は悪くない。全ては篠宮の責任だ。


 帰りの電車の中は帰宅ラッシュを免れたため、酷く空いていた。こんな中で立っている人は相当の物好きだろう。実際、席は空いているのに立っている人はいた。

 会話も無しに電車に揺られ、その微細な振動が妙に気持ちが良くて、うつらうつらとしてしまう。俺の降りる駅までは三十分程で着くはずだ。それまで寝ることに決める。




 俺は篠宮に起こされて、降車駅に着いたことを知る。俺は急いで電車から降りるが、どこか謎の違和感があった。

 俺と一緒に篠宮も降りて、自宅付近を通るバスに乗る。午後九時過ぎで、席はいくつか空いていた。

 俺は一人席に座り、篠宮は俺の隣で吊り革につかまった。


「……あれ?」


 俺が違和感の正体に気づいたのはそのタイミングだった。

 篠宮の家の住所は詳しくは知らないが、いつも自転車で俺と萌希の逆方向に帰ることから、少なからずこのバスには乗らないはずだ。それに、彼の最寄り駅はここではない。


「お前なんでいるの?」


 本来ならば、俺は一人でこのバスに乗っているはずだ。降車時だって、俺は一人であるはずだった。


「お前が言ったんだろう。大切な人から目を離すな、と」


「あっ……」


 確かに言ったけども。このままでは篠宮は俺の家まで着いてくるのではないだろうか。


「お前帰れなくない?」


「だが、お前から目を離してまた襲われでもしたら、俺は……」


 彼の地雷を踏んでしまったようで、一気に落ち込みムードになる。せっかく処置したはずの手からまたしても血が流れ出す。握り拳を作るだけで血が出てくるってどんな握力してるんだ、とつくづく思う。


「……もう包帯とかないぞ」


「構わない」


 バスは動き出し、しばらくしてウチのマンションの前のバス停に停まる。俺は電子マネーで支払ってバスから降りる。そういえば、チャージするのを忘れていた。次に交通機関を利用するときにはチャージしないと、確実に足りなくなるので注意せねば。

 当然のように、篠宮も降りた。


 エントランスを通り、俺の家の前に着く。後は目の前の扉を開ければもう自宅だ。


「……あの、ここまで着いてくる必要あった?」


「当然だ」


 変なところで頑固だ。茶化して「泊まりでもするのか?」とか訊いてみたら、篠宮は目の色を変えて頷いた。

 その反応は予想していなかった。今の俺はきっと間抜けな顔をしていることだろう。


 篠宮は本気のようで、俺も一度言ってしまった以上は引けない。翌日の4月29日は祝日であることが救いだった。

 俺は覚悟を決めて玄関を開ける。


「ただいま」


「おかえ……り?」


 丁度、風呂上がりであろう父が出迎えてくれた。俺の後ろの頭一個分以上背が高い男を見て、父は硬直する。


「あー、ごめん。なんか色々あってこいつ今日泊まることになった」


「お邪魔します」


「確か、篠宮君といったかな。君なら大歓迎だよ。狭いけど、ゆっくりしていってくれ」


「有難うございます」


 父が寛大な人で良かった。この期に及んで突っ返したりしていたらどうしようかと思った。

 とりあえず、篠宮に手を洗わせる。続いて俺も洗う。

 俺の部屋は荷物が少ないので、床には充分布団を敷くスペースがある。俺はリビングの押し入れに入っている、来客用の布団を部屋に運んだ。

 同時に二人分を持っていくことは俺の力では無理だったので、二回に分けて運んだ。


「……どうして二人分持ってきたんだ?」


「どうしてって、片方だけベッドで寝るのはずるいだろ」


 怪訝な表情で訊いてくる篠宮に、常識だろ、とすまし顔で返す。俺の返答に、篠宮は難しい顔をする。俺は何もおかしいことは言っていない。


 布団を敷き終え、俺を時計を確認する。十時であり、普段なら風呂に入る時間である。父が既に入っていたので、お湯は張っているはずだ。


「篠宮さ、着替えとかある?」


「いや、持っていない」


「だよなぁ。でも風呂入らないとアレだよなぁ。俺の(男のときの)服はあるけど、絶対サイズ合わないしなぁ」


 この家で一番身長が高いのは大賀だが、それでも190センチもない。せいぜい180センチちょっとである。いや、もしかしたら着られるか……?


「俺は別に入らなくてもいいが……」


「だめ。郷に入っては郷に従え、だ。ここは俺の家」


 とんでもないことを言い出すので、釘を刺しておく。

 一応大賀から借りてみよう、ということで、大賀の部屋にノックもせずに入る。彼は相変わらずパソコンに向かい、ゲームをしていた。

 俺に気づく素振りを見せないので、勝手にクローゼットを漁った。洗濯しているのは俺だし、このくらいなら許されるはず。

 パッと見た感じで最も大きいシャツとズボンを持ち出す。パンツは……さすがにやめておこう。


「篠宮ー、これ着れそう?」


「これは……。大丈夫そうだ」


 部屋に戻りながら、服を篠宮に渡す。彼は服を広げて体に合わせる。俺から見ても、意外と余裕がありそうだ。


「よかった。パンツは申し訳ないけど、同じの穿ける?」


「パッ……、問題ない」


 何かに過剰に反応したように見えたが、よくわからないのでスルーした。

 よし、準備は整った。風呂に入ろう。

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