観覧車
「どこ行くの?」
「お前、今日は何時まで残れる?」
「え、うーん。遅くとも九時頃にはここ出るかなぁ」
「充分だ」
俺の手は篠宮に一方的に引かれるばかりだ。前にショッピングモールで付き合わせてしまったお礼のつもりなので、身を任せる。
特に決まった場所に連れられた、という感覚はない。むしろ、そこら中のアトラクションを乗り尽くしたような気がする。途中でパレードを見たりもした。軽快な音楽とともに流れ行くキャラクター達を眺めるのも粋だった。
何度か同じアトラクションにも乗ったりしているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。時計の短針は八を指している。
「次は何乗るの?」
「次は……そうだな、ここにしよう」
篠宮がマップを広げ、一点を指差した。
相変わらず篠宮の手の位置は高く、俺は背伸びをしても見ることができない。それに気づいた篠宮は、俺の見える位置まで腰を落とした。
「えーと、観覧車?」
「そうだ。暗くなってきたし、イルミネーションも綺麗に見えるだろう」
確かに、観覧車は昼よりも夜に乗ったほうが幻想的だ。
結局、篠宮が俺をどこに連れて行きたかったのかはわからない。この際楽しめればいいので、深く考えないようにしよう。
夜になって、観覧車に乗ろうとする客が増えたように見える。歩き回って通りすがる度に空いてるなぁ、とは思っていたが、この時間からが本領発揮のようだ。
その客の多くが若い男女であったが、俺は別にリア充爆発しろなどとは思わないので特に気にならなかった。ただ、二人で腕を組み合って順番を待っている男女を見ると、どこかむず痒い気持ちになった。
俺たちのように友達同士で乗ろうとしている人は、パッと見た感じはいないに等しかった。観覧車はカップル専用ではないのに、不思議だ。
まぁ俺も、誘われなければ自分からは乗ろうとしなかっただろう。
列が進み、次は俺たちの番だ。ゆっくりではあるものの、常に動き続ける観覧車には、スタッフの指示に従って乗り込む。
扉が閉まり、狭い密室には俺と篠宮の二人のみとなる。
足元を見てみれば、透明で外が見えている。頂点に達した時に見たら高所恐怖症ではない俺でも足が竦みそうだ。
観覧車に乗ることが初めてな俺は、観覧車の楽しみ方をいまいち理解していない。とりあえず景色を見ていればいいのだろうか。
まだ乗った直後なので、高度も全くない。せいぜい並んでいる客の列が見える程度だ。
徐々に高度が上がっていくが、そのペースはかなり遅い。これが一周するまで何も喋らないというのは辛いので、俺は外を眺めながら、適当な話題を出してみた。
「そういえば、お前、あのゲーム買ってたよな。ほら、あの格ゲー」
「あぁ」
「俺さ、お前のことすごい評価してるんだよ。俺も強くなりたいし、今度やろう」
「あぁ」
「……話変わるんだけど、俺に兄貴がいるの、知ってた?」
「あぁ」
「え、誰にも言ってないはずなんだけどな……なんで知ってるの?」
「あぁ」
「……」
会話の流れがおかしいことに気づき、言葉を止める。篠宮はさっきから「あぁ」としか言ってこない。俺の話を聞いてくれていないような気がして、彼の方を見る。
「……どうした?」
「……あぁ」
篠宮は不自然に固まっていた。腕を真っ直ぐに伸ばし、手を膝に置いている。背筋も腕同様に真っ直ぐ、いや、沿っている。
目はゴンドラの天井に向いており、全く動かない。天井に何かあるのかと思って見てみたが、ただ吊り下げられている棒が見えるだけだ。
彼の目の前で手を振ってみても反応なし。腕や脚などを叩いてみても動じる気配はない。
なぜか知らないけど、誘われた先で友達がフリーズした。
彼をどうにか正気に戻すため、色々試したが効果は無かった。せっかく二人で乗っているのに、これでは景色を素直に楽しむことができない。
ふと下を見てみれば、俺たちを乗せたゴンドラは頂点に達そうとしていた。
最高の景色なはずなのに、俺だけ眺めるなんてできない。
俺は立ち上がり、篠宮の顔を両手で挟む。力ずくで横に向けようとしたが彼の首はガッチリと固まっていて、なかなか動かない。
本当にどうしたんだ篠宮!
手の力だけでは無理だと判断し、両腕で顔を抱きかかえるようにして力を込める。辛うじて首は横に向き、篠宮に外の景色を見せることに成功した、のも束の間。
「……篠宮? 篠宮ぁ!?」
2メートル近い体躯の男は気を失い、俺に覆い被さるように倒れた。
「お、おも……」
俺の貧弱な肢体で支えられるはずもなく、俺は後ろにあった座席にお尻を着く。篠宮の頭が俺の膝の上に乗り、いつの間にか膝枕の形になっていた。
俺の膝に乗っているものは頭だけの重量ではなく、上半身の体重も乗っている。
つまり、めっちゃ重い。
頑張って退かそうにも、篠宮は意識がないし、俺の腕じゃ篠宮は持ち上がらないしで、下に着くまでこのままだろう。
俺の人生初の観覧車は、夜景を楽しむ隙もなく終わりを告げた。
降り口に到着して、扉が開く。俺の膝には頂点からずっと負担がかかっていたため、足が痺れている。
スタッフに助けられて何とか脱出できた俺は、まず気絶している篠宮をどうにかしなくてはならない。
俺の力では運ぶことすらままならない。申し訳ないことに、降り口のスタッフに、別のスタッフを呼んでもらった。
到着した他のスタッフは篠宮を担ぎ、施設のベッドに寝かせた。スタッフが言うには、篠宮はもしかしたら高所恐怖症かもしれない、とのことだった。
だからといって、あんな不自然な固まり方をするものなのだろうか。
目を閉じ、寝息を立てる篠宮を眺めながら、俺は大きな溜息を吐いた。
書いてて自分でも意味がわからなくなったので、いつかは修正します。




