解散
俺は意外にもすぐに目覚めたようで、まだ昼だった。
有村は急に腹痛に襲われ、お手洗いから帰る途中に襲われている俺を見つけたらしい。彼の便意に助けられたと言っても過言ではないので感謝しておく。
篠宮は並んでいる途中で不穏な空気を感じ、列を抜け出して俺を探していたようだ。そう聞くとますます申し訳なくなってくる。
「まだ私たちも何も食べてないからね~」
「食べてなかったのか。今から食べるのか?」
「そのつもりだよ」
萌希は俺が目覚めたら皆で一緒に食べるつもりだったらしい。それは他のメンバーも同じ考えだったようだ。
五人でレストランの席に着き、メニューから商品を注文する。料理が完成するまでの間、有村は高梨に呼び出され、二人はどこかへ行った。それを目で追っていた萌希は俺たちにしか聞こえない程度の声で呟く。
「高梨さんって結構積極的だよね」
「確実に行動力はあるな。俺にはとても真似できん」
篠宮は腕を組み、うんうんと頷く。彼女、人と二人きりになるときは毎度毎度、別所に呼び出している気がする。
二人の会話は特に長引かず、料理が届く前には戻ってきた。心なしか、二人とも顔が赤く、目が泳いでいるように見える。
何の話をしていたのか、気になるところではあるが訊かないでおこう。
レストランから出て、集合時間の十五時までは残り二時間弱となった。アトラクションには乗れて四、五回ほどだろうか。
じっくり考えていては時間の無駄なので、目の前にあるアトラクションに乗っていこうという作戦の元、園内のど真ん中にあるジェットコースターに乗ることになった。この作戦を考案した高梨は顔を青くして震えだす。
「こんなこと言うんじゃなかった……」
「た、高梨……俺たち……気ィ合うかもな……」
有村と高梨の男女が抱き合いながら震えている。今日一日で二人の距離はかなり近づいたようだ。さっきの呼び出しってもしかして──。
そんな二人を他所に、萌希は意気揚々と列に並ぶ。俺と篠宮もそれに着いていき、例の二人は焦りながらそれに着いてきた。
「さて、どう座ろうか」
「俺は鳴海から離れない」
篠宮は俺の肩に腕を回しながら即、キッパリと言い放った。これにはさすがの萌希も驚き、すぐにニヤニヤとし始める。
俺は篠宮にとっての大切な人、なんだっけ。まぁ俺も篠宮は大切な友達だから、同じようなものだろう。
「あっちの二人はもう出来てそうだし、仕方ない。今回は私が一人だね」
抱き合うことはやめたものの、手を固く握り合う二人はもうどこからどう見てもカップルにしか見えない。理想のカップルの身長差は15センチだと聞いたことがあるので、まさにピッタリではないか。
いざ、乗り物に乗り込む。俺の希望により、萌希から最前列を譲ってもらった。
二人×三列の乗り物に俺たち五人が乗る。有村と高梨は最後尾だ。
やっぱり隣が篠宮だと、安全バーが安全じゃない。俺は萌希曰く痩せているらしいので、すぐに体が浮いてしまう。一個前に乗ったジェットコースターとは違い、安全バーは一本の棒だ。
俺、飛ぶかもしれないな。それはそれでスリルがあって楽しめるかもしれない。
スタッフが呑気に「行ってらっしゃ~い」と手を振ると、機体が動き出す。
このジェットコースターは少し特殊で、落下が遅く、上昇がとても速かった。新鮮な感覚で洞窟内を進んでいくと、前方に光が見え始めた。
機体は光に向かって高速で上昇していき、そして落下した。この落下は緩やかなものではなく、ジェットコースターの醍醐味である急下降である。
後部座席から響き渡る男女の悲鳴を聞きながら、俺は笑顔で両手を上げた。
結論、俺の体はとにかく浮いた。確実にお尻は席から浮いた。楽しかったので良し。
乗り終えたカップルは、またしても抱き合っていた。俺を助けてくれたときの有村は凶器にすら立ち向かうほど格好良かったのに、たかがジェットコースターで震え上がるとは……。
その後も適当にアトラクションに乗っているうちに、気がつけばもう十五時前である。
俺たちは急いで集合場所に集まる。他の班は皆集まっており、俺たちの班が最後だった。ギリギリだったので、当たり前といえばそうである。
「萌希班で全員揃ったかな。えっと、これからは自由解散になります。まだこの周辺で遊んでいてもいいし、家に帰っても大丈夫! ただ、みんな早めに帰るんですよ? まだ高校生だしね」
細谷先生がこの後について説明する。
「それじゃ、今日も一日お疲れ様でした!」
その一言で、俺たちは一斉に散る。
「みんなはどうするの? 再入場は無料だけど」
「んー、俺は帰るわ! 心臓にわりーからな、ここ」
「和翔が帰るならあたしも帰ろうかな」
高梨が有村を下の名前で、しかも呼び捨てで呼んだことに衝撃を受けたが、有村も満更ではなさそうだ。今日一日で完全に出来上がっている。
「蓮ちゃんは?」
「え、俺? 俺はどっちでもいいかなぁ」
「鳴海、すまないが付き合ってほしいところがある」
篠宮の突然の言葉に、俺と萌希は目を見合わせた。
萌希はふっ、と微笑むと、「私も帰るね」と風のように去っていった。
「なんか萌希帰っちゃったけど……」
篠宮は真剣な表情で俺を見つめる。なぜかこっ恥ずかしく、その顔を直視できない。
「……まぁ、前の借りあるし、付き合うよ」
「本当か!」
篠宮の顔が途端に明るくなる。その表情の変化に俺は驚くが、同時に、何か可愛い、と思った。
※まだ四月




