騎士
「オイテメェ、人様の連れに何してくれてんだゴラァッ!」
「うぶっ……!?」
闇を照らした少年は、迷いなく男を殴り飛ばした。俺は目を白黒させて少年と男を交互に見る。
「お前……一年の生徒だな。名前は知らねぇけど、証拠ならさっき撮った。言い逃れはできねぇぞ」
「何だよお前、誰だよお前! いいとこだったのに邪魔しやがって!」
少年の拳で、口が切れたのだろう。マスクを赤く染めながら、男は鞄を漁る。
中から取り出したのは、ナイフだった。刃渡りは約10センチ。
園に入るためには、荷物検査をする必要がある。なぜナイフを持ったまま入って来ることができたのか。
これには少年も驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着き、俺の前で壁になった。そして携帯を構え、シャッター音が鳴り響く。
「それ、立派な犯罪だぞ。俺のフォルダーに汚えモンが二枚も写っちまったなァ……」
「うるさいうるさいうるさい! 黙れ!」
男は発狂し、ナイフを振り回しながら突っ込んできた。自分が武器を持っているから、こんな無鉄砲な行動が取れたのだろう。
俺は未だに体が動かず、眺めていることしかできない。
「ちっ……」
ナイフは少年の脇腹を掠め、服に血が滲む。男はそれで調子に乗ったのか、またしても走り出す。
少年は突進してきた男の腕を素早く掴み、ナイフを取り上げた。そのまま男の勢いを利用して足払いをかける。
男は勢いを殺しきれず、地面と衝突した。
少年は倒れている男の帽子を髪ごと掴み上げる。
「二回目はねぇよ。俺は『こいつ』に鍛えられてんだ」
衝撃で、サングラスは砕け散っていた。男は鼻からも血を流し、マスクはもはや真っ赤だ。
巡回していたスタッフが偶然にも現場に遭遇し、少年は経緯を伝える。少年の撮った写真を見たスタッフは、他のスタッフを呼び、男を連行した。
少年は応急処置を受け、脇腹を止血してもらっていた。
「歩けるか?」
「……ごめん、無理」
「まーそうだよなぁ。俺も女になったらそうなってたと思うわ。ちょっと我慢してくれよ」
少年は俺を背負い、歩き出す。他のお客さんもいるので、正直かなり恥ずかしい。泣き腫らした顔を見られることも尚更だ。
周囲の目線を気にしない為に、俺は少しの間、こいつに身を預けて眠ることにした。
「……ありがとな、お前が来なかったらと思うと想像もしたくねぇ……。悪いけど、ちょっと寝させて……」
「おう、間に合ってよかったぜホント」
その時既に、俺は健やかな寝息を立て始めていた。
「ウッソだろオイ……寝るの早すぎる」
少年──有村和翔の呟きは、俺の耳には届かず消えた。
─────────
その後、俺は名前を呼ばれた気がして目が覚めた。
ゆっくりと目を開けると、見慣れた女の子の顔が間近にあった。
「蓮ちゃぁぁぁん!」
寝起きの俺に対し、号泣しながら顔を擦りつけてくる。どうにか引き剥がすと、俺は周りを見渡した。
有村と高梨は目に入ったものの、篠宮の姿が見当たらない。
「篠宮は?」
「第一声それかよ。あいつならすげー凹んでたから、慰めてきてやれよ」
ほら、と指差した先には、空を眺めながら不自然なほど棒立ちしている大男。
驚かせてやろうと、俺は背後から忍び足で近寄る。後ろからクスクスと笑い声が聞こえるが気にしない。
篠宮は俺に気づく素振りを見せず、ただひたすらに空を眺めている。篠宮の真後ろを位置取った俺は、思い切り脇腹を掴んだ。
「……鳴海」
「えっ、リアクション無し……」
俺ならくすぐったくて大笑いしていた自信がある。まさか篠宮がくすぐり効かない族だったとは、想定外だ。
俺の顔を見た彼の表情は、更に酷く沈んでいく。
「鳴海……俺は……」
「でっけー男が何ウジウジしてんだよ。悩みあるなら聞くぞ?」
篠宮の脇腹から手を離し、彼の隣に並んで立つ。肩に腕を載せようとしたが、届かなかったのでやめた。
彼の拳は固く握られ、ギリギリと音を立てて震えていた。
「……今回は無事だったから良かったが、俺は近くにいながら、大切な人を守れなかった」
「大切な人?」
俺の疑問に、篠宮は目を見開いて何かを言おうとしたが、すぐに口を閉じた。
「そっかぁ。その人も完全に安心しきってたんだろうなぁ。次からは、本当に大切なら、絶対に目を離すなよ」
「……ッ、あぁ……」
彼の拳に更に力が加わる。拳は過負荷に耐えられず、自らの爪で肌を裂き、血が滴り始めた。そのことに気づき、俺は慌てて篠宮の手を取る。
有村が止血した際に余分に貰った道具を借り、篠宮の手に処置を施す。
「あぁ、右手もか。力み過ぎだぞ」
「……すまない」
反対側の手も出血していたので、そちらも同様に処置を施した。
それにしても大きい手だ。俺が男の頃はそれなりに大きかったのだが、それよりも断然大きい。足や手のサイズは身長に比例するのだろうか。
未だに落ち込んだ様子の篠宮に活を入れようと、一発頭でも叩いてやりたいところだが、俺の低身長のせいで届かない。
仕方なく、背中をバンバン叩いた。相変わらず、俺の手へのダメージが大きい。
「そんな落ち込まれると俺まで萎えるからいつも通りしてくれって」
こんな下手くそな慰めでも、気持ちが伝わればいいのだ。
篠宮は両頬をパァンとはたく。そのまま深呼吸をして、俺に真っ直ぐ向き直り、膝を着いた。
篠宮の顔が俺の顔の高さと並ぶ。
「今度はちゃんと守る」
「え……、え……?」
突然頭を垂れた篠宮に動揺を隠すことができず、周囲の視線を気にしてしまう。予想通り、何人かから微笑ましい表情で見られていた。
というか、今度は、ってことは……篠宮の大切な人って、もしかして俺なのか……?
そんなことを考えて、ブンブンと頭を振って意識を戻す。
「他の人からの視線が痛いからやめてくれ……」
「……そうだな」
篠宮はスッと立ち上がると、俺に手を差し出す。意味がわからず、手と顔を交互に見ていると、俺のお腹から小さく音が鳴った。
そういえばお昼ご飯食べてなかった……。
篠宮は少しだけ口角を上げ、俺の手を掴み、ニヤニヤしている有村たちの元へと歩いていった。




