下駄箱の紙
総合が400ptを超えていました。
ありがとうございます!
「俺ちょっと用事あるから、先行ってて」
俺は萌希にリュックを渡し、足速に昇降口へ向かった。
そう、一人でなら、あの気になっていた紙を確認することができる。
しかし朝に萌希が破り捨てたばかりなので、新しい紙が入っているかは不明だ。
あまり期待せずに下駄箱を開けると、紙は一枚だけ存在していた。
それを手に取って開いてみると、そこには『放課後に図書室で待ってます』とだけ書いてあった。
文字的には男子が書いたものだろう。絶妙な汚さがある。
誰が書いたのかはわからないが、何か知らないけど待ってくれているようなので、放課後に図書室へ向かうことにしよう。
紙をポケットに終い、階段を駆け上がる。
俺は身長から見れば足は長いのだが、それでも男の頃よりは短くなっている。最初は距離感が合わなかったが、狂っていた感覚も今では慣れた。
屋上のドアを開けるとまた一人、メンバーが増えていた。
「えぇ……」
「な、何よその変なものを見るような目は!?」
高梨である。
立入禁止の場所に人が続々と増えていく。大丈夫かこの学校。
「ところでそのお弁当……鳴海さんの鞄から出てきたように見えたのだけど」
こほん、と咳払いしてから、萌希と篠宮の持っている弁当を指差す高梨。そりゃあ、俺が作って持ってきてるんだからな。
俺は聞こえなかったフリをして、定位置に着く。そのまま小さな弁当を取り出して食べ始める。
「ちょっと!」
今日も良い天気だ。屋上のフェンス越しに、桜の花びらがヒラヒラと舞う。とても綺麗な光景ではあるが、それはもう時期、桜の木が枯れるということを意味している。
しかし、来年にはまた花を咲かせるのだ。なんと強く逞しい植物なのだろう。俺も見習うべきかもしれない。
「今絶対思ってもないことを想像してるわね!?」
図星だったので冷や汗が頬を伝う。顔に出てしまったのだろうか。俺はポーカーフェイス気味だと自負していたのだが。
「言っとくけど蓮ちゃんってば、すごいわかりやすいからね」
「な、なんだと……?」
またしても、口に出していないのにバレてしまった。
いや、彼女らが読心術を心得ているんだ、きっとそうだ。俺は何もおかしくない。
結局、高梨には弁当のことを説明した。萌希が経緯を話し、篠宮は味などについて熱く語り始めた。たかが弁当一つで昼休みいっぱいまで話せるのはさすがとしか言いようがない。こちらが若干気恥ずかしさまで感じた。
放課後になり、俺は指定されていた図書室に行くことにした。
細谷先生からもらった校内案内図を片手に、俺は中央棟を歩き回る。ちなみに、俺の教室があるのは南棟だ。
萌希以外に紙について伝えると、なぜか高梨と篠宮があからさまに動揺した。高梨はもう動揺キャラ、という印象が固まってしまっているので何も思わないが、篠宮が焦るシーンはなかなか貴重である。
ようやく図書室前に着いたのだが、俺は尾行されていた。もちろん相手は高梨と篠宮だ。
気づかないふりをして、ちらと後ろを振り返ってみると、とんでもなく怖い顔をした二人が見えた。
高梨は特に何もないのだが、篠宮はその体躯と顔が放つ存在感のせいで、周りからも注目されているのがわかった。スニーキングにはとことん向いていなさそうだ。
「……たぶん、バレてるわよ、あれ」
「そんな馬鹿な……俺たちの尾行は完璧だったはずだ」
そんな会話が聞こえてくる。なんか申し訳なくなって、彼らに声をかけたりはせず、俺は図書室へ入った。
初めて図書室へ来た俺は、心から感動した。
理由は、扉を開けてから入り込んできた景色である。
国立図書館のような広さ。数多の本棚にぎっしり詰まった本の数々。読書好きの俺からすれば、これはもっと早くから知っておきたかった事実だ。
放課後ではあるが、人は結構いた。ざっと見た感じ、百人弱くらいだろうか。広いので、スペースは有り余っているが。
さて、図書室で待ってますとは書いてあったが、ここまで広いとは想定外だ。人を呼び出すならば、待ち合わせ場所とか、色々決めておいてほしかった。
もしかしたら、相手側がまだ到着していない可能性があるので、俺は本を読み漁ることにした。
つい先日、好きな作家の新しい本が出たのだ。まだ新しいのでないだろう、と思いながらダメ元で探してみると、新刊コーナーに置いてあった。本屋かよ。
迷わず手に取り、席に着いて読み始める。
読み始めてから一時間ほど経っただろうか。完全に読むことに集中してしまい、ここに来た目的を忘れていた。
俺は本に栞をはさみ、パタンと閉じる。借りに行こう、と思って席を立とうとした。
瞬間、俺のうなじに生温かい風がかかる。
「ひゅあっ!?」
思わず出た変な声と共に勢い良く振り返ると、見知らぬ小太りで眼鏡をかけた男子生徒が恍惚な表情で俺のことを見つめていた。
危機を感じ、俺はすぐさま逃げの姿勢を取ろうとしたが、左の手首をがっちりと掴まれてしまった。その手にはかなりの力が込められていて、結構痛い。それに、少し湿っている。恐らくは手汗である。
「……貴方があの紙の?」
なるべく冷静に、男の顔を見ながら言った。頭の中では来るんじゃなかった、ということだけが渦巻き続ける。
男は何を発さない。眼鏡が光を反射して、目から表情を読み取ることができない。
「用がないのなら、離してもらえるとありがたいんですけど……」
「……フ」
露骨に嫌な表情をしてみせると、男の口が僅かに動く。
不審に思ったのも束の間。なんと、男は無理矢理、俺のことを抱き寄せた。
その汗の量からか、かなり臭い。というか気持ち悪い。
俺が頑張って押しのけようとするも、男はびくともしない。
顔が近づき、汗で光り輝く顔を見て血の気が引いていく。
「や、やめ……」
次の瞬間、男は横から突っ込んできた何かと衝突した。




