葛藤
誤字が多すぎて、誤字報告には本当に助かっています。ありがとうございます。
女子の五人班も高梨のことが心配なようで、多少ざわめき合っている。
高梨は女子グループのトップ的な人物らしいが、この学校にもカーストなどというものは存在するのだろうか。
現代社会において、たかがただの高校でそんなものが在るとも思えないので、彼女はカリスマ性が高いのだと勝手に認識しておく。
細谷先生が飛び出した高梨を追いかけて外に出たところで、元から騒がしかった教室は更に騒がしくなる。他のクラスが同じ棟ではないので騒ぎ放題だ。
案の定、女子たちが俺を睨みつける。俺は何もしていない。高梨が勝手にどこかへ行っただけだ。
ゆっくりと、女子の一人が俺たちの班に近づいてくる。これは面倒事の予感。
「俺たちに何か用か?」
女子の行動にいち早く気づいた篠宮が、俺を庇うように前に立ちふさがる。
それに続いて、萌希と有村も俺の歩いてきた。
守られているような感覚に陥り、男としては情けない限りである。
「瑠璃に何したの?」
「私たちは何もしてないよ。というか、本人が戻ってきたら直接聞きなよ」
女子の質問に答えたのは萌希だ。
その通りである。俺たちは何もしていないのだ。気づけば、なぜか高梨が床と仲良しになっていたのである。
「ウチは鳴海に訊いてんの」
「えっ、俺?」
篠宮が大きすぎて女子たちの顔は見えないが、彼女らの口から俺の名前が出たので思わず素っ頓狂な声が出た。
「先週から思ってたけど、その態度、一人称、容姿ともども気に食わなかったのよ……!」
「は、はぁ……」
そうですか、としか言えない。
こんなことをこの場で言える彼女の勇気に乾杯。
「特にそのナリは何よ!? なんで偽物のくせにウチより可愛いの!? くぅぅ、いじめたくなる……」
勢いに任せた彼女の発言に、俺たちは呆気にとられる。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
珍しく、篠宮もその感情を面に出していた。
言ったあとに気づいたのか、彼女の顔が急激に赤く染まっていく。
「〜〜〜っ!!」
彼女は声にならない叫び声を上げながら、班員の元へと逃げていった。班の女子たちに宥められているその姿を、俺たちは眺めることしかできなかった。
俺も咄嗟のことで、頭の整理が追いついていない。ゆっくりと思考を巡らせてみると、とりあえず、容姿が褒められていることはわかった。
……いや、いじめたいとか言ってたし、褒め言葉ではないのか?
──どうしよう、この学校で穏やかに過ごせる気がしなくなってきた。
─────────
「何が偽物よ、蓮ちゃんは完全に女の子なのに!」
「割と突き刺さるぞその言葉は」
女子が戻ったあと、萌希が見るからに不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。
俺は元男なのだから、本物の女子ではない。そんなことは充分わかりきっている。
それに対するフォローなのかは知らないが、俺自身、まだ女としての意識が薄い。その上、俺は心は男のままでいたいと思っている節がある。
もっとも、男の心とはいっても、特に女性が好きなわけではなく、だからといって男が好きなわけでもなかったが。
「なぁ篠宮」
「む、何だ」
俺は疑問に思ったことを篠宮にぶつけてみた。
「『男』って何なんだろうな」
「男、か?」
俺の質問の意味を考えているのか、顎に手を当てて深く目を瞑る。
突然こんな意味不明なこと訊かれても困るよな。
「ごめ……」
「俺が思うには、女性を好きになるもの、だな。恐らく、生物学的なことを訊いているのではないんだろう?」
「あ、うん……」
俺の謝罪を遮るように長文が述べられる。
女性を好きに、ねぇ。
俺は思春期をスルーしていると父によく言われていた。当然、体は変化している。気持ちの面で、だ。
その他、献身的すぎる、己の幸せに無頓着、など。
幸せに無頓着と言われても、俺にとっては他人に尽して、その人が嬉しいなら俺も嬉しいんだけどなぁ。
「じゃあ『女』は?」
「む、それは俺には難しい質問だな……」
「うーん、そうだよなぁ。ごめん」
「蓮ちゃん。それはね、篠宮くんの言ってた『男』と逆って考えればいいよ」
「んー、逆かぁ」
そういえば萌希は女子じゃないか。今すごい失礼なことを考えたような気がするが、気にしないでおこう。
男の逆、というと。
つまりは男性を好きになる、ということだ。
シンプルだな、異性が好きになるだけの単純なものだった。
たまに例外として同性愛者もいるようだが。
では、『好き』とは何なのだろう。
……いや、俺には関係のない話だ。今を楽しく生きられればそれでいい。
「まぁいいや、なんか変なこと訊いてごめんな」
「……俺で良ければいつでも力になるぞ」
「私も」
「エッ、何、そういう流れ? ウオオオオオ俺も力になるぞォ!」
皆の親切が暖かい。
しばらくして、細谷先生が高梨を連れて帰ってくる頃には、午前の授業時間は残すところあと三十分であった。
高梨のやつ、二時間くらい見つからなかったらしい。一体どこで何をしていたのやら。
教壇でお叱りを受けている高梨を気にしながら、俺たちは昼休みまで雑談していた。




