義理堅い男
夕飯を作ろうと、エプロンを手にした瞬間、家のインターホンが鳴った。
映像が表示されていないので、誰かが玄関先に直接来ているようだ。
「誰だろ、こんな時間に」
一人でトレーニングをしている篠宮は置いておき、ドアスコープを覗く。
相手は……いない?
そこには誰もいなかった。ただの外の風景が映っている。
ピンポンダッシュのようなものだと思い、スコープから目を離すと、ドンッ、と玄関が叩かれる音がした。
俺の心臓は跳ね上がったが、恐る恐る外を見ると、見知らぬ男が立っていた。
誰かはわからないが、どこかで見たことがあるような、そんな気がする。
怖いので居留守を使うことにした。
篠宮にこのことを伝えてからもう一度外を見ると、もう誰もいなかった。
「……何だったんだ」
父が帰ってきたら相談しよう。
─────────
「美味い……」
父が帰ってくる前に、篠宮に夕飯を食べさせた。
俺は父と一緒に食べるので、並べたのは彼一人分なのだが、量がおかしい。
一人のために、三人前は作った気がする。まぁ、美味しそうに食べてくれるので作った甲斐はある。
一応、父ももうすぐ帰ってくるはずなので、俺たちの分も用意はしてある。
味が悪くならないうちに帰ってきてくれればいいが。
「ご馳走様」
「お粗末さま」
「いくらだ?」
「は?」
食事を終えるなり、篠宮が財布を手に取った。彼の目は真剣そのものである。
「いくら払えばいい?」
「いや、あの……そういうのはいいって」
「俺の気が済まない」
前もこんな会話をしたような気がする。
弁当の件は、僅かながらもお金を貰っている。貰うというよりは、押し付けられているような感覚だが。
「篠宮にはーー」
「ただいま」
俺が何かを言いかけた時、玄関が開き、父が帰ってきた。
おかえり、と掛けると、父は驚いたように俺達を見つめた。
説明を求めるように目を泳がせる父を見ていられなくなり、俺から説明した。
「俺がこいつに飯作ってやっただけだよ。世話になってるし」
「初めまして、蓮さんのクラスメイトの篠宮といいます。彼女にはお世話になってます」
篠宮の対応は至って普通のものだった。普段は苗字で呼ばれている人から突然名前で呼ばれると、何だかむず痒い。
三人称が彼女と言われることにもを歯がゆさを覚える。
説明後も落ち着かない様子の父なので、一体どうしたことかと思って訊いてみれば、若い男女がひとつ屋根の下だの何だの、ボソボソ呟いた。
俺は男で、篠宮も男だというのに、何をそこまで心配しているのか。
「俺はそんな無節操なことはしませんよ」
篠宮もこう言ってるし、父は心配し過ぎなのだ。
俺が母に似てるからって、中身は俺なんだから、安心してほしい。
意地でもお金を払おうとする篠宮を無理矢理帰し、俺と父は夕食を食べた。
一応、夕べに見知らぬ男が来たことを伝えた。父には心当たりがあったらしく、詳細が分かれば俺にも教えてくれるとのことだ。
食事を終え、洗い物も済ませたところで俺は部屋に戻ろうとした。
そこで父に呼び止められる。
「蓮」
「ん? 何?」
「……いや、何でもない」
何かを言おうとして口を噤んだ父を不審に思いながら、布団に飛び込んだ。
─────────
翌日、いつも通りに登校してみれば、男子からはなめ回すように見られ、女子からはますますキツい視線を浴びることになった。
思い当たる節がありまくるのが辛いところ。
今日はトイレに行くだけなのに、篠宮も着いてきた。
「わざわざこんな場所まで来ているのか……大変だな」
教室から離れた場所にあるトイレに驚く篠宮。
昨日のことが気にかかっているようだが、俺なら大丈夫なのにな。
あ、でも汚れるのは嫌かもしれない。制服が二着あって良かったな、と思う。
用を足して外に出ようとしたら、外で篠宮が昨日のモップ女子に絡まれていることに気がついた。今日も俺をいじめに来たのだろうか。
女子は篠宮にべったりしている。
……どうしようこれ、出るタイミングを見失った。
篠宮は少し鬱陶しそうにはしているものの、振りほどく勇気はないようだ。
あぁ、なるほど。
モップ女子はきっと篠宮のことが好きなのだろう。俺が昨日いじめられた理由は、俺と篠宮の距離が近いからか。
篠宮は顔が良い上に実直な性格だ。モテるのも当然だろう。
この状況はどうしたらいいんだ。
今俺が飛び出したら、篠宮は確実に俺に着いてきてしまう。そうなっては、また俺が怒りを買うだけだ。
考えても埒が明かないので、俺はトイレに籠もることにした。篠宮には携帯にメッセージを入れておいた。
『時間かかりそうだから、俺のリュック持って屋上行っといてよ』
これで外から声が聞こえなくなるのを待つだけだが……。
一向に声が止まない。
基本的には女子の声しか聞こえないのだが、稀に篠宮の声も聞こえるので、二人ともが未だに動いていないことがわかる。
何なんだよ、俺にどうさせたいんだよ。
どれだけ待っても意味がなさそうなので、何事もなかったかのように真横を通り抜ける作戦を決行する。
「お、鳴海。随分待ったぞ」
空気の読めない大男は俺に声を掛けた。
俺はその場から、脱兎のごとく逃げ出した。
(本人はギャグのつもりで書いてます)




