不可思議
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そういえば、と萌希が顎に手を当てた。
「蓮ちゃん、昨日お風呂大丈夫だった? 結局教えられず終いだったし」
言われてみればそうだ。
よくわからなかったのでとりあえず丁寧に洗った、と伝える。
「そっかぁ、シャンプーとか私のあげるから使いなよ。蓮ちゃん髪綺麗なんだからしっかりケアしないと」
髪、か。
もともと男子にしてはかなり長い部類だったので髪を洗うことには慣れていた。
それでも、質感や手触りなどがまるで違っていたので手間どっていた。これが男女差か。
正直、髪よりも体の洗い方を教わりたいところだ。触られるだけで気を失うなどという失態はもう犯さない。
「まぁそれもそうだね。見るからに肌繊細だし、今日来る?」
「行かせてもらうよ」
家が近いのって便利だ。
一度家に帰り、荷物を置いて私服に着替えてから萌希の家へ向かう。
あくまでも目的は風呂なのだが、どうしてもまったりとしてしまう。挙げ句の果てには写真を撮られる始末である。
自分の体を見られ、こちらも相手の体が見えてしまうのは、いつになっても慣れる気がしない。
服を脱ぎ捨て、相変わらずの狭さの浴室へ入る。萌希も後に続いた。
「それじゃ、洗うよ」
「はい、お願いします」
彼女は慣れた手つきで俺の髪に指を滑らせる。
他人に洗われるのはやはりくすぐったい。
流すよ、と言われ、目を瞑ったまま頷く。
頭から泡が洗い流される。髪が首などにくっつく感覚が少しだけ気持ち悪い。
続けてコンディショナーもしてもらい、また洗い流す。
洗ってもらってわかったのは、髪の洗い方は問題なかったようだ。このいい匂いのするシャンプーは後でくれるらしい。
問題は体である。
丁寧に洗ったつもりだったが、この体は傷ついてしまった。非常に弱い。
「こんな細いのに……理不尽な世の中だなぁ……」
「どうした?」
「いや、何でもないよ。体も洗っちゃおう」
彼女の手が優しく触れる。前回はここで沸騰して倒れてしまったが、今度は何とか堪えてみせる。
とはいったものの、くすぐったいものはくすぐったいのだ。
なんと言えばいいのか、ふわふわと触られているような感じがして、逆にこそばゆい。
胸のあたりも執拗に洗われ、思わず吐息が漏れる。
でも、ちゃんと洗っていたのは正解だったようだ。彼女も大きいし、参考になる。
それにしても女子は大変だな。風呂に入る度にいちいちここまでの作業量を求められる。
女性が長風呂と言われる理由がわかった気がする。
「さて、一通り終わったけど、どう? できそう?」
「大丈夫、覚えた。さんきゅ」
赤くなってしまった顔を見られないようにそっぽを向きながら答える。
湯船にも浸からないか、と訊かれたが、さすがに二人でそれはきついだろう、と俺は先にあがらせてもらった。うちに帰ってからでも入れるしな。
人間、慣れるのは早いもので、三日目にして既に下着を素早く付けることができるようになっていた。
男としての俺もすぐに消えてしまいそうで恐ろしい。
時刻は夕方の五時。夕飯まではまだ時間があるが、そろそろ作り始めたほうがいい。
今日は父が新入社員歓迎会とやらに出席しなければならないようで、今夜は一人である。
寂しいし、折角だから、萌希にも作ってやろうか。
「俺はもう帰ってご飯の支度するけど、よかったら萌希もどう?」
風呂からあがって、萌希のベッドの上でダラダラしながら訊く。
「どう、とは?」
「夕飯一緒に食べない?」
俺の一言に、彼女は飛びかかってきた。物理的に。
俺は今、女子に押し倒されている。個人的には俺が押し倒すほうになりたかった。
「あ、あの、萌希さん?」
心なしか、彼女の息遣いが荒くなっているように感じる。目も泳いでいるし、変なことでも言ってしまったか。
肩にかかる力がどんどん増していく。段々と痛くなってきた。
それにしても、萌希は美人だ。こんな変態じみた行為をしているというのに嫌な感じがしない。
「蓮ちゃん……そんな顔、外でしちゃだめだよ」
「えっ?」
彼女はそれだけいうと、俺から手を離した。
そんな顔とはどんな顔だろう。俺はいつも通りの顔だったはずだが。
「それはそうと、その誘い、乗った!」
切り替えが早い。とても先程まで人を押し倒していたとは思えない。
萌希は母にご飯食べてくる、と伝えに行った。
そういや、二度も萌希宅に訪れているのに、萌希母には一度も会っていない。挨拶がてら、拝みに行こうか。
「よーし、許可もらってきた! 行こ!」
「ちょっと待って。お前のお母さんに挨拶したい、いい?」
俺の言葉にどうしてか、萌希が一瞬引き攣る。
「お母さんに? 別にいいと思うけど、なんで?」
なんで、と言われても。
それは娘さんに世話になっているし、家にまであがらせてもらっていて、何も言わないのはモラル的に問題があると思うからだ。
「蓮ちゃんはここで待ってて、呼んでくる。……念の為、準備しておいて」
俺には、後半の言葉の意味がよくわからなかった。何を準備する必要があるのか。
話す内容でも決めておけばいいのか。元男であることは伏せておこう。
萌希が戻ってきた。その傍らには、俺よりも小さな可愛らしい女の子。
え。
「紹介するよ、この人が私のお母さんだよ」
「母の神奈江です。初めまして、鳴海さん」
「……え、っと、鳴海、です……。神奈子さんには大変お世話になっております……?」
女になっていたことはすぐに理解できた俺でも、この少女と萌希の関係性は理解が追いつかない。
どう見ても見た目が小学生なのだ。顔は小さくて幼く、身長も低い。パッと見だと140センチ弱くらい。
ますますわけがわからなくなってきた。
明らかに動揺している俺に見ながら、萌希が自らの目を手で覆う。
「あちゃー、やっぱそういう反応するよねぇ。おかしいもんね、うちのお母さん」
「おかしいとは何よ。私は貴女の母親で、貴女は私の娘。何もおかしいことはないじゃない」
「容姿の話だよ。四十歳手前には見えないもん」
「あ、こら! 他人の前で年齢の話はするな!」
「蓮ちゃんは他人じゃないもーん」
目の前の親子の会話を聞きながら、必死に情報を整理する。
この見た目小学生の名前は萌希神奈江。年齢は四十手前らしい。そして、萌希の母である。これからは萌希母と呼ぶようにしよう。
生きていたら不思議なこともあるものだ。自分の性別が変わっているのも不思議でならないが、萌希母についてもかなりのインパクトだった。
どちらも非科学的すぎる。
「蓮ちゃん、ほら、大丈夫?」
「あっ、ごめん。放心してた」
「大丈夫大丈夫、慣れてるから」
萌希が逃げるように俺の腕を引っ張るので、咄嗟に萌希母にお辞儀だけして、家を飛び出した。
俺の目に最後に映った萌希母は、お淑やかに手を振っていた。容姿と言動のギャップが凄まじかった。
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「ここが蓮ちゃんのお家かぁ、うちと何も変わらないね」
「そりゃ同じマンションだし……」
父に連絡して、リビングまであげてもいいという許可は得たが、萌希が俺の部屋が良いと言うので、場所は何もないマイルーム。
「うーん、なかなか味気ないね。地味というか質素というか」
「俺は別に派手に飾りたいわけじゃないからいいの! そんなことより、俺は夕食作るから、キッチン行くぞ」
キッチンに着くなり、俺はエプロンを着けて手を洗う。今日は何を作ろう。
手を消毒しながらメニューを考えていると、横からカメラの音。
「……また撮ったのかよ」
「手が勝手に」
そんなに俺の写真ばかり撮って一体何をするんだ。




