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どこかのソウセイ

作者: わやこな

ゆるい感じの書きなぐり短編です。時間潰しにでもどうぞ。


 目を覚ますと、私は殺風景な景色の中にいた。


 仰向けになって、天を見上げている。そこに広がっているのは、広い空ではなかった。

 小宇宙。コズミック。数多の星が輝く世界である。夜空と形容するには広大で異様な空間がうつり、私は瞬きをした。


 ――夢かな。


 なにせ、地球上から見るにはありえない色の星が見える。あれはガスでできているのだろうか。少なくとも、月のように静かな風合いではなく、明らかに「俺は近づいたらやばいぜ」と言わんばかりの鮮やかな緑であった。形は縦長の楕円だ。

 そして瞬きを繰り返すこと、数回。見える景色は依然として変わらない。では夢ではないのかもしれない。ふむ、とひとまず納得することにして、体を起こし周囲をうかがう。体は問題なく動くようだ。

 右を見て確認。ぺんぺん草すらない荒野のごとき枯れた大地の地平線だ。

 左を見て確認。以下同様。

 枯れた大地とは言ってみたが、ひび割れている土地というわけでもない。単純に岩肌のような地面が続いているのだ。そこに小石や砂はなく、まるでシールテクスチャを張り付けてあるかのようだった。寝転がっていたときの感覚からするに、しっかりとした硬さがあることはわかっている。


(これは……地球じゃないな、たぶん)


 冷静に頭でつぶやくことができたことに、我ながら不思議に感じる。恐怖や怯えはわかず、単純な感想がめぐる。驚きすぎて、感情が追い付いていないのかもしれない。

 そして驚きと言えば、私はどうやら素足のままだった。さらにいえば、下着もない。衣服も大きな布に穴をあけてそこに頭を通しただけのシンプルすぎるものだ。これは服というのもはばかられる。せめてもの慰めは、質のいい布なのか、さらさらと肌触りがよいことか。

 このことに関しても、ひどく慌てた気持ちがわくよりも前に、なんだか残念だというげんなりとした気分が先に立った。

 おかしい。女子に備わっているはずの最低限の乙女心が死滅でもしたのだろうか。

 肩先まである髪の毛を人差し指でくるくると巻き付ける。見事なキューティクルだ。ヘアケアに力を入れていた覚えはあるようなないような。どうにも私の私に対する認識が欠落している気がする。

 そもそも、私はこの無限に続いていそうな大地と同じ色をした茶色の髪だったろうか。

 金髪だった気もするし、銀であった気も、黒だった気もする。

 ついでにいうなら、私の名前もあやふやだ。国籍はおそらく日本だった気もするが、他の国の気もする。

 マリー、ワーニャ、エレナ、チュン、アジョア、春、田中。どれもしっくりこない。

 そしてそのことについてもショックはなかった。不思議なことに。

 わからないことがわかっただけでも前進だ。無知の知と高名な哲学者も言っていた。おそらく私は振り返らないポジティブな性格だったのだろう。


 さて、とまた上を見上げる。

 変わらない小宇宙が広がり、心も「いあ! いあ!」と広がるかも……と思ったところで、何かと目が合った。


 それは、人の形をしていた。


 だが、肌はおそろしいほど白く、血色なんてあったものではない。髪の色は一瞬宇宙と同化しているのかと思うような、星空みたく不可思議な色をしていた。ざんばらと不揃いな髪をなびかせて、向こうは目を見開いて私を見ていた。瞳は暖かそうな日向を思わせる明るい黄金だ。

 派手な容姿をした男だった。

 目鼻立ちは整っているのだろう。肌の真白さが、石膏像とも似ているせいか、人外めいた美貌だと思わせた。色から何から、二次元から飛び出してきたような男だ。

 服装だって私と対になるような暗い色の布切れをまとっている。この世界の流行が布をまとうことの可能性もなきにしもあらずだが、向こうが驚いている顔をしているのも気にかかる。

 では話は通じるのだろうか。

 異文化コミュニケーションは、身振り手振りでもある程度なんとかなるという。ならばと、私は目線をあわせて挨拶をすることにした。


「おはよう」


 業界では、いついかなるときも、「おはよう」があいさつである。そう私のぼやけた記憶がささやいたので、その通りに口に出す。


「おはよう……? あー、なぜこんな場所に一人で?」


 おっと意外に感じるほど心地のいい低音だ。気遣いも口調から読み取れる。

 あいさつを返してくれたのだ。そう悪いやつではないのだろう。 言語に大きな違いはなさそうで安心した。


「そちらこそ。なぜ、空中にいるの?」

「くうちゅう? 君はおかしなことを言うな。ふつうのことだろう?」

「いや、ふつうじゃない。重力無視は地球の常識的にないでしょう」

「ちきゅう? 宇柱基の常識的に当たり前だ」

「うちゅき……?」


 彼と私の間に、奇妙な沈黙が降りた。

 そもそも彼の言葉がおかしい。いや、言語的には問題なくわかるし、変ではない。ないが、彼の容貌と言葉からするに文明どころか、もっと大きななにかが違う。

 そう、たとえば、星が違う、みたいな。

 彼も同じことを思っているのか、美術品のごとき麗しいかんばせを強張らせて私をじろじろと見下ろしている。


「……ひとつ、ここは落ち着いて自己紹介をしませんか」


 埒が明かない。

 そう判断力した私は、彼へ提案をした。なるべく穏やかに見えるように笑いかける。


「……そう、だな。そう、ああ、そうしよう」


 私の努力が届いたのか、ほっとしたように彼の強張った表情が緩んだ。精巧な顔面の表情がわずかに変わる。髪と同じく星空を散りばめた美しい睫毛が震えている。太陽光を集めた金の瞳は細められ木漏れ日が差すようだ。笑いかけてくれたのだろう。あんまり満面の笑みには見えないが、彼の精いっぱいを感じる。特に目元が少し力入っているあたり。

 あらまあ、ちょっと可愛く思えてきたかもしれない。

 存外、私は面食いで、無愛想面が好みだったのか。


「では、手を」

「握手? ええ、どうぞ」


 我がことながら、他人事のように彼への好意を考える。紳士的なところも好感度が上がる。うむ、実に単純。差し出された手に、手を伸ばしながら、ちょっぴり心が弾んでしまった。




***




 さて、実に驚嘆すべきことだが、私も空を飛べた。

 私の心に小宇宙が燃えていたとか、内なる力を解放してスーパーな星人になったとかそういうわけでもない。いや、案外後者の可能性もなきにしもあらず。

 ともかく、私もなぜかは甚だ不明だが彼と同じ目線の位置で宙に浮き、なおかつ座ることもできた。

 さすがに少しの動揺はしたものの、恐慌状態に陥ることはなかった。もしかしなくても、今の私に怖いだとか驚きだとかの負の感情は抑えられているのかもしれない。そうでなければ、きっと彼とのコミュニケーションに至るまで支障をきたしていたに違いない。


「セイ。空は不慣れなのだろう? どこか変だと感じることはないか?」

「ああ、ソウ。大丈夫よ。そのうち慣れちゃうし、同じ目線だとずっと見上げなくて楽だもの」

「それならいいが……」


 そして彼と情報共有を試みてみたところ、星が違うということは互いに知れたが、それぞれの個人情報を得られることはなかった。つまり互いに記憶喪失のような状態である、ということだ。

 それはそれで残念でもあったが、そこで落ち込む私ではない。新たに名前をつけようかと提案して、提案者である私が彼を含めて名づけることにした。

 ソウとセイ。

 おそらく、男女が対でいるだけの惑星。まるで創世神話のようだと思ったからだ。彼も反対することなく、短くて呼びやすくて良い、と感想を述べて受け入れた。ちなみに彼の文明圏では、それぞれの意味が空と大地を指す言葉の発音と似ているらしい。彼が空で私が大地。なんだかますます物語のようで面白い。

 小さく笑うとソウも目元を綻ばせた。

 名前を呼びあうことで、互いに仲が良くなった気がしたのは、きっと私だけではないだろう。


「セイ、君が楽しそうだと、周りに星雲がきらめいて見えるな」


 多分褒め言葉だろう。ソウの褒め言葉は星だとか光だとか詩的な表現が多い。しかし言われて悪い気はしないので、もっと浴びたいところだ。


「ソウ、ありがとう。ソウも笑顔がとても素敵だと思う」

「……そ、そうだろうか」

「ふふ、ソウがそうだって、ふふふ」


 思わず笑い声が出ると、ソウはパッと白い石膏のような頬に朱が差して恥ずかしそうに顔をそむけた。可愛い男である。

 さあここまで来て予想できた通りだが、私とソウはこの短時間で仲良くのレベルが大分上がったらしい。自然と距離は近づいて、手を重ねて、気付いたらちょうどいい位置にある肩にしなだれかかりそうになるレベルだ。

 まあ、仲が悪くなるより良くなったほうがいい。互いに相性もいいようだし、なにしろ他に人はいないのだ。精神の安寧的にも必要だと、理由をつけたところで、互いに即効で惚れあった結果の後付けのようなものである。


 とにもかくにも、仲良し付き合いたての恋人のごとしとなった私とソウであるが、こうして二人でベタベタしていても生憎ここには何もない。これではきっといつか飽きが来てしまうかもしれない。いや、ソウに飽きる日がくるのかは、現時点で浮かれ脳と化した私のお花畑な思考が答えをはじき出してくれないので、それはともかくとして。


「どうかした?」

「どうというわけじゃないんだけど……ここって何もないから、どうしようかなって」

「ああ、何もないのは、たぶんここは生まれたての星だからだろうね」

「えっ、わかるの?」

「もちろん」

「すごい!」


 褒めると、はにかんで説明をしてくれた。私も宇宙関係に詳しければもっとなるほど! と思えたかもしれない。専門用語の羅列は脳内に星々がきらめくがごとくだ。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返した私に、またまた優しく笑いかけた彼は簡単にまとめてくれた。できる男である。拍手をすると照れ照れと頬が静かに緩む。大きく表情は動かないが、控えめなソウの感情を表す顔に私もニコニコである。

 つまるところ、私が地面だと思い込んでいたものはガスの塊だったらしく、これから星の形に変化していく卵のようなもの、らしい。

 最初私が感じた、しっかりとした硬さ、というのは元から浮いていた私の力で固定された場、のようなもの、らしい。曖昧なのは私に自覚がないからだが、まあソウが言うのだから間違いはないのだろう。彼のところでは常識のような知識のようだし。


「でも生まれたばかりなら、ますます困るかも……たとえば水がないと」


 困る。

 そう言いかけた途中で、急に下の景色が変わった。

 ガスの塊だった地面が急にでこぼこと動き出し、ず、ず、ず、と何かを押し上げてきたと思えば、どこからともなく染み出てきた水が地面一帯に広がった。あっという間に、水の惑星の出来上がりである。


「……ソウ、ソウ。私、おかしくなったわけじゃないわよね?」

「大丈夫だよ、セイ。君はいたっておかしくない。輝く星々が届ける光のように正常だ」

「ありがとう。でも、どうしてこんな……」


 はたとひらめいた。ひらめいてしまった。


「水ばかりではなく、山や谷も欲しいわ」


 ソウがきょとんとした顔を見せたが、かまわず言い切る。

 すると、私の言葉のとおりに水面下から大地がせりあがり、轟音を響かせながら渓谷をつくった。高い山から低い山までつらなる山脈は岩肌ばかりだが、見事なものだった。


「山から川も流れて海へついたら、循環ができていいわね」


 ところどころの山のてっぺんに湖が出来たり、川や滝が出来た。ついでに真水だったのか、水面は透き通った水から美しい青へと変化した。


(おお……天地創造のようじゃない)


 気をよくした私は、ならばと空のことをつぶやいた。


「晴れや雨があるといいわ」


 しかし今度はなにも変わらなかった。

 はて。

 こてん、と首をかしげると同じように不思議そうな顔をしたソウが「セイはすごいな」とつぶやいた。


「まるで母なる神のようだ」

「私も驚いたわ。でも、天気は変わらないみたい」

「天気? 星々の灯りでは不足なのか?」

「それもそれでとっても良いけれど、やっぱり人間、明るい光がほしいの。太陽みたいな」

「たいよう……それはどんな?」

「あれ、ソウのところはなかった? こう、巨大なものすごい熱の球体でね、でも近くだと水が干上がっちゃうから結構遠くにある天体なの。ここから見えて、指先くらいの大きさかしら。それが届くと暖かくて明るい光でいっぱいになるのよ」

「ああ、私のところは明るい星々ばかりが普通だったから……近いのは篝火星だろうか。セイが欲しいのなら、与えてあげたいけれど」

「かがりびほし、綺麗な名前――」


 といったところで、また、突如あたたかな熱波が届いた。

 熱源を探ると、いつのまにか宇宙の星々がうすれていつかみた真昼のような光景が出来上がっていた。


「……これが太陽よ」

「……これが」


 思わず互いにかばいあうように抱き合いながら、太陽らしき物体を見上げてしまった。

 そしてまたまた、私は、はたと思いついた。


 私が大地ならば、ソウは空をいじれるのでは――?


「ソウ、お願いがあるのだけれど」




 私のお願いは、拍子抜けするほどあっさりと、一言返事で受け入れられた。ソウが悪い人に騙されないよう私が守護をしてやらねば、と母性が芽生えかけたが、現時点で誰もいないので杞憂だろう。むしろ私が悪女の位置にならないよう気をつけねばなるまい。


 あっさりと通った願いで、大気――星の自転がこの時始まった模様――に、雲、この星を中心に公転する衛星など空に関することをあれこれ作ってもらった。

 さながら、空の男神である。ますますどころか、完全に二人で神話を作っているに違いない。

 ちなみにソウのお気に入りは虹だったようで、かつての地球ではありえない量の虹の橋がかかりまくり、メルヘンの世界を通り越してサイケデリックな様相に一部分がなってしまった。しかしここ一番のいい笑顔でここに住んでみたいとか言ってくれたので、私も思わずニッコニコになって「オッケー! 私もソウと一緒に暮らす!」と反射で返してしまった。

 後の祭りだが、ソウの笑顔には代えれない。多少の目のチカチカは許容しよう。


 しばらくすると、こうして環境をせっせと作る私たちのことを誰か記してほしい気もしてきた。

 ちょっとうっかり調子に乗ってしまったせいで、何やら生命ができ始めたのだ。

 まず、ソウが小さな隕石を落とした。私が隕石を受け止めるために、一部の山にマグマを噴火させた。そのせいか、なにやら地上がにぎやかになったのである。

 はるかな上空からでも確認できたのは、もう、私たちが神らしきなにかなのでは、と思ってきたところだったので、お互いに困惑はちょっぴりしたが納得した。

 しかしながら、ソウの小隕石まで作って落としてみせた力は、私よりもとてもすごい力である。頼りになる、と言ったら、また照れ照れして頬を撫でてくれたので抱き着いておいた。役得だ。



 私たちはずっと空の上で、正確にはソウのお気に入りとなったサイケデリック虹盛り雲の上で地上を眺めていたが、ことのを起こりを眺めるのは案外に楽しい。

 寿命は案の定無いのかはたまた無限に等しいのか、ずっと同じ姿形のままでいられた。ソウも私もお互いと長くいられることがうれしかったので、良いことである。


「ソウ、あなたが流した星々に願い事をする鳥を見たわ。あなたの凄さをあの子たちもわかっているのね」

「セイ、君が地ならししたあそこに、トカゲが住み着いたよ。君の優しさが彼らに伝わるといいね」

「ソウ、そこの――」

「セイ、この――」


 夫婦円満の秘訣は、少なくとも私たちの場合、互いのコミュニケーションを取ることとみたり。

 仲睦まじく語り合い、二人してあちらこちらを眺める。時には笑ったり、ちょっぴり悲しくなったり、応援したり。文明が起こったときはくるくると抱き合って回った。


 さて、そろそろ頃合いではないだろうか。






「聞いてくれ、セイ! 私たちのお話が出来たんだって! どんな話だろう」


 ある日嬉しそうに語りかけてきたソウに、私もにこやかに応えた。


「まあ、ソウ! とっても素敵だわ! 二人で見てみましょう」



 二人の創世神の話がばっちり伝わるよう、こっそり私が手を加えたのは、まだ秘密だ。




私 → 推定地球人の現在どこかの星の大地母神。二次元レベルの美貌の彼に気づけばどはまりして、幸せの花畑を現在進行形で歩んでいる。


彼 → 推定宇柱基人の現在どこかの星の天空父神。楽しそうな彼女を見てるうちにフォーリンラブしてしまった。彼女が幸せなら自分も幸せ。


宇柱基 → どこかの地球に似たような似てないような星。一日中星明かりなので彼同様、生物は色白が多い。

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