25 水着の彼女は好きですか?
今日の3時間目の体育は、今年最初の水泳の授業だった。
最近では男女別々にプールの授業を行う高校も増えてきているようだが、うちの学校ではまだわけられておらず、男女とも同じ時間にプールを使う。
でも多少の配慮はされていて、6レーンある25メートルプールのうち、1、2レーンを男子が、5、6レーンを女子が使うという具合に区別されていた。
「あー!
プールかったりぃなぁ」
プール脇にいる俺のそばまで天彦がやってきて、ペタリと座り込んだ。
「ほら。
優希も座れよ」
言われるままに、俺も地べたに腰を下ろす。
さっきまで降っていた雨のせいで、コンクリートの地面はまだじっとりと濡れていた。
お尻にヒヤッとした感触が伝わってくる。
プールを見回した。
体育の教師が来るまでの少しの待ち時間。
スクール水着に着替えた生徒たちは、雑談に興じている。
「あー、暑っちいなぁ。
しかしなんでこう水泳って、授業となるとかったるいのかねぇ。
海とかに泳ぎにいくのは好きなんだけどよぉ。
なぁ、優希」
「……まぁ、そうだな」
俺は泳ぐのが苦手だから、あまり水泳の授業がすきではない。
でも海なら泳がずとも、楽しみ方なんて山ほどある。
「とはいえまぁ、楽しみがないわけじゃねぇ。
……いしし。
おい、優希。
見てみろよ。
あっちの女子たちっ」
天彦が声を潜めながら、プールの向う岸に集まっている女子たちに視線を向けた。
ニヤニヤしている。
つられて俺も、ちらりと女子のほうを見た。
たくさんの女子たちが集合しているなか、真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、ひと花の眩しい水着姿だ。
彼女は長い黒髪を低い位置でお団子にして、水泳帽のなかにしまってある。
露わにされたうなじが、白くて眩しい。
「ぉぉ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
女子たちの着ているセパレートタイプのスクール水着は、旧タイプのものに比べて肌の露出が少ない。
だがそれでもやはり、身体のラインはわかる。
それはひと花も同様で、女子にしては高身長な彼女は、スレンダーながらも、女らしい丸みを帯びたシルエットだった。
普段はブレザーやウェイトレスの制服の下に、家でもゆったりとしたスウェットに隠された彼女の身体のライン。
思わずドキッとしてしまう。
ついジロジロ眺めていると、ひと花と目があった。
俺の視線に気づいた彼女はあっと驚く。
顔を赤らめ、腕で身体を隠すようにしてからしゃがみ込んだ。
俺も照れ隠しに顔を背けたら、背後からクラスの男子の会話が聞こえてきた。
「おい、見たかいまの冬月さん!
俺と目があったと思ったら、恥ずかしそうに俯いてしゃがんだぞ!」
「バカかお前は。
なんで冬月がお前なんかを意識するんだよ。
アイツが照れたのは、俺が見ていることに気付いたからだ」
「なわけねぇだろ!」
みんなひと花を見てワイワイと騒いでいる。
やはり彼女はクラス中の男子の注目の的なのだ。
「……はぁ。
冬月さんって、スタイルいいんだなぁ」
「だなぁ。
こう、すらっとしてるのに胸も大きいし、腰やお尻も、こうっ!
……な?」
黙って耳を傾けていると、会話が下品な方向に進みはじめた。
ひと花をネタにしたいやらしい感じの話題に、不快感を覚える。
「な、なんか俺……。
冬月みてたらちょっとムラムラしてきた」
「お、俺も。
いまのうちに、冬月さんの水着姿を目に焼き付けておこう……」
必死にひと花を見ているのは、非公認ファンクラブの男子どもだった。
またこいつらか……。
俺だって健全な高校生男子なんてこんなものだと頭のなかではわかっている。
だがそうと理解はしていても、彼らの会話や行動に心がささくれ立つのを止められない。
俺は後ろを振り向いて、男子たちジロリを睨みつけた。
「……な、なんだよ春乃」
「いや。
別に」
「ならこっち睨むなよ。
俺たちは冬月見るのに忙しいんだ」
「……あんまりそうやって、ガン見するのやめたら?
ひと……、じゃない。
こほん!
冬月も恥ずかしがってるみたいだし」
「はぁ?
なんで春乃にそんなこと指図されなきゃいけないんだ?
別に冬月さんはお前のものじゃないだろ。
だいたい、お前だって冬月さんのことをさっき見てたじゃねーか」
こいつに言われるまでもなく、自分のことを棚に上げているのは自覚している。
でもそうとわかっていても俺は、クラスの奴らにひと花をいやらしい目で見られたくないのだ。
「おい、春乃。
ただ冬月と席が隣なだけのくせに、勘違いするなよ?」
「勘違いもなにもないだろ。
ただ俺は、冬月にいやらしい目を向けるなって言ってるだけだ」
俺と数名の男子たちの間に、軽く険悪な空気が流れた。
天彦が慌てて仲裁に入る。
「っと、なんだなんだ、お前ら!
ほら、喧嘩すんなって。
そろそろ先生も来んぞ」
「……ちっ。
向こう行こうぜ」
「ああ。
でもあんま調子に乗んなよ、春乃」
男子たちは悪態をついて離れていった。
「……はぁ。
なにやってんだよ、優希。
らしくねぇなぁ」
「……悪い」
「まぁいいけどよ。
それよりなんだ?
冬月の水着姿を見られたくないって、独占欲ってやつかぁ?」
天彦がニヤつき始めた。
俺をからかって遊ぼうという魂胆が丸わかりだ。
「独占欲?
なに言ってんだか」
俺は天彦に感謝しつつも相手をせずに、そっぽを向いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昼休みになった。
教室が騒がしくなり、みんな連れ立って購買や学食に行きはじめる。
そんな彼らを流し見ながら、俺も弁当箱を取り出して蓋を開けた。
今日のお弁当はサンドイッチだ。
余らせて捨てるわけにもいかない喫茶店の食材を、弁当として流用したものである。
「ひーと花ちゃん!
学食食べにいこっ」
隣の席までやってきた山田亜美が、ひと花を昼食に誘う。
今日のひと花は、今朝俺が作った弁当を持参している。
きっと山田や豊崎と学食にいって、そこで彼女たちと一緒に弁当を食べるのだろう。
「あ、ごめん亜美。
今日は私、お弁当なの」
ひと花がカバンから弁当箱を取り出す。
豊崎裕子もやってきた。
「へぇ。
ひと花がお弁当なんて珍しいわね」
「ほんとだー。
でも食堂でお弁当食べてもいいわけだし、みんなで学食いこうよー。
あたしはなに食べよっかなぁ」
「それなんだけど……。
ごめんね、亜美」
ひと花がおもむろにこちらを振り返った。
なんとなく聞き耳を立てていた俺と目が合ったかと思うと、彼女は真っ赤になりながら、すぅはぁ、すぅはぁと、2度3度大きく深呼吸をする。
「……よ、よし。
言うわよ。
は、はは、はは春乃くん!
い、一緒にお弁当、たたた食べない⁈」
なんかとんでもないことを言い出した。
「…………は?」
思わず間抜けな声を返してしまう。
気付けば教室中が、しーんと静まりかえっていた。
男子も女子も全員、誰も彼もが話すことをやめ、理解不能なものを眺めるようにポカンとしながらこちらに注目している。
「い、一緒に食べてもいいわよね!
じゃ、じゃあ机をくっつけましょうか。
よい……しょ」
ひと花が早口で捲し立ててから、机をぴったりと引っ付けてきた。
彼女はそのまま弁当箱の蓋を開ける。
「わ、わぁ⁉︎
今日のお弁当はサンドイッチだぁ。
美味しそうだなぁ」
完全に棒読みだ。
というか弁当の中身がサンドイッチだなんて、とっくに知ってるだろう。
今朝、俺が準備しているところを一緒に見ていたじゃないか!
「や、やっぱり……!
やっぱりひと花ちゃんと春乃くんって、そういう関係だったんだ!」
いち早く我を取り戻した山田亜美が叫んだ。
それを皮切りに、止まっていた教室の時間が爆発的に動き出した。




