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12 まだまだ慣れない同棲生活

 微睡みのなか、徐々に意識が覚醒していく。


 なんとなく枕元のベルが鳴るよりも早く目が覚めた俺は、体を起こして伸びをする。


「ん、んんー!

 ふぁ……。

 もう朝かぁ」


 ベッドを降り、窓まで歩いてシャっとカーテンを開けると、まばゆい光が入り込んできた。


 途端に室内が明るくなる。


 今日もいい天気だ。


「さて、と。

 顔でも洗って、朝めしの準備でもしますか」


 自室を出てから階段を降りる。


 洗面室に入ると、先にそこにいた同居人とばったり鉢合わせた。


「よ、よう。

 おはよう、冬月……じゃなかったな。

 ひ、ひと花」


「きゃ⁉︎

 春乃くん⁉︎」


 ひと花が俺に驚いて、ビクッと身を竦める。


「いや、昨日話しただろ。

 下の名前で――」


「ちょ、ちょっと⁉︎

 だ、だめっ。

 私まだ着替えてないし、髪だってぼさぼさだし!」


 見れば彼女は、パジャマみたいな部屋着姿で、長い髪も頭の後ろで纏めていた。


 スウェットみたいなラフな上下。


 いつもの白いブレザーや、隙の少ない私服姿とは全く違った、着飾らない冬月ひと花。


 思わず俺は見つめ合った姿勢のまま、固まってしまった。


「み、見ちゃだめ!」


「あ、ああ……!

 ご、ごめん!」


 慌てて洗面所を出る。


 そのときチラリと白いうなじが目に映って、ドキドキと鼓動が高鳴る。


「ご、ごめんな!

 とりあえず先に朝めしの準備してるから、ひ、ひと花はゆっくりと洗面所を使っててくれ」


 一方的に言い残してから、俺は逃げるようにキッチンへと足を向けた。


 ◇


 朝食の席。


 俺はすっかり身なりを整えたひと花と、焼きたてのトーストを齧りながら、テーブルで向かい合っていた。


 付け合わせの一品は、昼の弁当用のおかずであるミニハンバーグを、多めに作った余りである。


「さ、さっきは悪かったな」


「べ、べべ、別に春乃くんが悪いわけじゃないわよ。

 一緒に暮らしてるんだもん。

 こ、こういうことも、あるわよね。

 というか、洗面室で鉢合わせただけだし」


「そう言ってくれると、助かるよ。

 しかしなんだなぁ。

 ぼちぼち、ふたり暮らしのルールとか決めていかないとなぁ。

 あ、それと、……あれだ」


 俺は一度言葉を区切り、インスタントのコーヒーを啜って、まだ高ぶりの残っていた気持ちを鎮める。


「……あれって?」


「いや、またひと花の俺の呼び方が『春乃』に戻ってるなってさ」


「……うっ。

 だ、だってまだ、慣れてないんだもん。

 でも、ちゃんとするから。

 ゆ、ゆゆゆ、優希……くぶひゅ!」


 キョドりすぎて噛んだ。


「…………ぷっ」


 微笑ましさについ笑ってしまいそうになるものの、なんとか堪える。


 ひと花はいつもみたいに顔を赤くして、ギュッと目を閉じている。


 そんな彼女に、学校での落ち着いた振る舞いとのギャップを感じてしまって、なんだかとても可愛らしく思えた。


「……あ、そうだ。

 ゆゆ、優希くん!

 さ、さっきのルールの話。

 こ、これからは、私が朝ごはんの準備をしようと思うの!」


「ん?

 いや、大丈夫だぞ。

 朝は弁当も一緒に作ってるしな。

 あ、そうだ。

 なんなら、俺がひと花の分も弁当を作って、……って、そりゃまずいか」


 ふたりで一緒の弁当だなんて、怪しさ満点だ。


 クラスのやつらに見られたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。


「じゃ、じゃあ優希くんがお弁当作ってる間に、私が朝ご飯の準備をするから!」


「い、いや。

 ゆっくり寝ててもいいんだぞ?」


「するったら、するの!」


 結局、俺は彼女に押し負けて、明日から朝の食卓の準備をお願いすることになった。


 ◇


 家を出る直前、玄関でひと花と軽く話す。


「じゃあ、行ってくる。

 戸締りよろしくな」


「う、うん。

 い、行ってらっしゃい、優希くん」


 俺が10分早く家から登校して、そのあとに彼女も家を出る。


 話し合いの結果、そうやって登校の時間をずらすことにした。


 毎朝こうやってひと花に見送りをしてもらえるなんて、やっぱり新婚みたいだ、なんて思ったけど、口には出さない。


「あ、そうそう。

 今日は帰りにスーパーに寄って、買い物をしてこようと思うんだ。

 だから、少し遅くなると思う」


「う、うん。

 わかった。

 ……じゃなくて!

 じゃ、じゃあ私も、一緒にいく!」


「ひと花も?

 別に俺ひとりでも大丈夫だぞ?」


「い、行くったら行くの!

 わ、私だって、荷物持ちくらい出来るんだから!」


 顔を赤くして主張してくるひと花。


 俺は玄関ドアに手を掛けながら、彼女のほうを振り向いて微笑みかける。


「ははは。

 わかったよ。

 じゃあ、一緒に買い物に行こうか。

 でも、荷物持ちは俺の役目だからな」


 ひと花はこくこくと、黙って何度も頷いている。


 その動作が、クールな見た目に反して小動物みたいで可愛い。


「じゃあ、待ち合わせは……」


 こうして放課後は、自宅最寄り駅で落ち合って、スーパーで一緒に買い物をしてから帰ることになった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 本日の授業は、すべておしまい。


「……以上が、連絡事項だ。

 じゃあ、解散。

 当番は、ちゃんと教室の掃除して帰れよー」


 ホームルームを終えて、担任の教師が職員室へと戻っていく。


 すぐに放課後の教室は、生徒たちの騒ぐ声で溢れかえった。


「ひと花ちゃん、ひと花ちゃん!

 帰りにどっか寄って帰ろうよー」


「ごめぇん、亜美。

 私今日、掃除当番なんだぁ」


「大丈夫だよぉ。

 待ってるからぁ」


「んと、その後もちょっと予定があって……。

 だから今日は無理なの。

 ごめんねっ」


「ええー!

 そんなー」


 隣の席で、ひと花がクラスメートに捕まっている。


 俺は学用バッグを掴み、席を立ってから、何気ない仕草でチラリと彼女に目配せをした。


 これは『先に行ってるぞ』の合図だ。


 それに気付いた彼女も、わずかにこくりとあごを引いて頷き返してくる。


 意思疎通は、ばっちり完了だ。


 そのままテクテクと歩いて廊下に出ようとしたら、ドアの前で天彦に捕まった。


「おい、優希!

 見てたぞぉ?

 なんだ、いまの目配せは?」


 彼はにやにやしながら近付いてきて、俺の肩に腕を回し、顔を寄せてきた。


「……もしかして、冬月ひと花と放課後デートですかぁ?

 なんだ。

 心配させやがって。

 うまくいってるみたいじゃねぇか!

 いひひ……」


「そ、そんなんじゃないって。

 取り敢えず、離れろ天彦!」


「はいはーい。

 じゃあな。

 バシッと決めてこいよぉ?」


 さっと身を翻した天彦は、楽しそうに笑って、ひらひらと手を振りながら去っていった。


 ひと花はもうすでに何人かの女子に囲まれている。


 チラッとみると、俺と天彦のやり取りを眺めていたらしく、彼女は顔を真っ赤にして(うつむ)いていた。


「なに、なに、ひと花ちゃん!

 顔が真っ赤だよぉ?」


「あら、ほんとね。

 ひと花、あなた耳まで真っ赤よ?」


「だ、だだだ、大丈夫!

 なんでもないのっ」


 俺は楽しげに女子たちと談笑するひと花を、少しの間眺めてから、教室をあとにした。

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[一言] 推しに会った時の限界オタクくんみたいな口調
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