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詐欺の手法と犯人の末路

 

 永禄五年(1562年)六月、越中、砺波の山間部にて

 海野幸稜



 さて、俺は上杉軍の中でどれだけ偉いのか?


 信濃の名家、海野家を継ぐ者。

 世間では、銭で家を買ったと思われている節がある。どうやら俺は商人上がりの武家なのだ。


 根知の城代。

 世間では、銭で城代を買ったと思われている節がある。どうやら俺は人の顔に銭を投げつけ地位を上げようとしている成金なのだ。


 越中防衛のために軍勢を率いた武将。

 世間では、銭で人を集めて威張っている馬鹿殿と思われている節がある。どうやら俺はどうしようもない奴なのだ。

 その上、武器や具足を投げ出し、戦いもせず逃げ出す始末。もはや、兵たちに俺を敬う気持ちはない。


 俺は、上杉軍の中では全然偉くないようだ。


「だからよ、殿様。その首を俺たちにくれないか?」


 だからよ、はないだろう。俺は殿様だぞ、もっと敬えよ。


「わかった」


 明らかに班長と周りの者たちは、俺の返事でほっとした表情に変わる。これで助かるとでも思っているのだろう。


「だが、俺の首は一つしかない。せっかく、一つしかない首を使うんだ。だったら一番高くなった時に使いたい」

「高くなった時?」


「そうだ。一番高い時にくれてやろう」

「殿様、よくわかんねえ。一番高い時っていつだ」


「そうさな。敵軍が現れたところに俺一人が出向き、俺の首でお前たちを助けてくれと言って、見事その通りことを成し遂げる」


「はあ」


「どうだ。それができたら俺の名が上がると思わないか。自分の首をかけて家臣たちを助けた武将だと。海野幸稜、見事な最後だ、あっぱれと皆が言うに違いない」

「まあ」


「他に俺の名が高くなりそうな手があるか?」


「い、いや。どうだろ?」

 班長が周りの者に問う。しかし、誰もが首を横に振る。


「五箇山で敵が現れたら俺が一人で敵に向かっていくのと、五箇山で敵が現れたら俺と角雄と段蔵と三人で敵に向かっていくのと、どっちがいい」


「俺らもですか」という視線が背中に突き刺さるが無視だ。どっちにしても五箇山に敵なんかいやしない。


「鳶の大将たちもですかい」

「ああ」


 何だよ、俺の首をくれって言ったときより申し訳なさそうじゃないか。


「どうする?」と問うと、班長が再び兵たちの顔を見る。だが、兵たちも顔を見合せるだけだ。それを見た班長は、仕方なさそうに言う。


「じゃあ、殿様だけで」


 じゃあって、何だよ。角雄と段蔵に遠慮しやがったな。


「わかった。では、俺が先頭を歩く。角雄は俺の後からお前たちと歩く。段蔵は一番後ろだ。後ろから追撃してくる敵が現れたら知らせろ」

「「はっ」」


 角雄、段蔵、嬉しそうじゃないか。別にいいけどさ。



 俺の首を欲しがった兵たちと話をつけ、越中の五箇山に向かって進む。もちろん、細い獣道のような道を進む先頭は俺である。

 その後を少し離れて角雄と兵たちが、俺を監視しながら追いかけて歩いてくる。


 右手は鬱蒼と木々が茂る山の斜面、左手には山間を北に流れる庄川、そして、見上げれば晴れ渡った青空が見える。

 昨日までどんよりとした梅雨だったとは思えない陽気だ。


 危機は去った。

 首を欲しがった兵たちは、俺が先頭を歩くことで納得した。


 ウケケ、それで騙されちゃだめだろ。


 二択から一つ選択したことを、自分たちが決断したことだと思っているのだろうが、それは詐欺の手法だ。

 そもそも、提案された二択の内容が詐欺なのだ。どちらを選んだとしても痛くも痒くもない。


 だからお前ら、二択の話があったら、それは詐欺だと思え。必ず、二択以外の道がある。その道こそが正解だ。


 それに五箇山に敵はいない。例え、敵がいたとしても首をやるつもりはない。

 約束を反故にするつもりかと言われたら、「そうだ」と答えよう。


 たった一つしかない首だ。簡単には、やれん。




「月さん」

『受信した』


「今、進んでいる道の先40キロメートル以内に、40人を超える武装集団は、いるかな」


『何を持って武装していると定義するのかにもよるが、現時点で予定通過区間に40人を超える集団は観測できない。また、予定通過区間に向かって移動していると予測される集団も観測できない』


「ありがとう、月さん」


 ほら、やっぱり、一向衆の敵戦闘集団は確認できない。兵たちは、誰かのデマに踊らされていた。


 もし、敵がいたとしても40人ならば、こちらの方が人数は多い。兵たちも敵と戦うことに否とは言わないだろう。しかし、同じ数以上だったら首をくれになるに違いない。


 まあ、敵はいないのだから心配することではない。


 さてさて、この騒動の犯人は、今、どこにいる?


「月さん、俺たちの集団に接触したと思われる者は、いるだろうか」


『接触の定義にもよるが、幸稜が率いる集団に近づいた可能性のある部外者は二人いる』


 いた、いた。


『夜間、雲が流れていたため断続的な赤外線による観測を繋ぎ合わせた結果から導き出された可能性だ』


「その部外者が接触したと思われる班は、夜間、俺ともっとも離れていた班の兵たちかな」

『その可能性が高い』


 やはり、部外者がいた。おそらく、忍びだ。

 兵たちは、そいつに唆されたのだろう。


 忍びと言っても、大半は市井しせいに紛れて情報収集したり、反対に噂を流したりする者たちである。忍びの仕事とは、ほぼそれだと言っても過言ではない。


 まれに暗殺を実行する者がいる。

 通り道に潜んだり、陣屋に忍び込んだりして目標に近づき一瞬の隙をついて仕留める。毒による暗殺である。


 だが、成功する可能性は低い。

 目標とて暗殺対策は考えている。


 熟練した忍びが成果を上げることなく失われる。これほど費用対効果が低いことはない。

 そのような直接手段に出るぐらいであれば、目標の家人の弱みにつけ込んで、家人を通して毒を盛る方法のほうが確実である。だから、暗殺に手を出す忍びはいない。


 ゆえに、忍びに武道を極めた者などはいなく、その身体能力は市井の者たちと何ら変わりはない。ただ、逃げる時のために健脚なだけである。


 そう、忍びの者は市井の者と違いはない。月さんでは判断が難しいほどに。

 月さんでは、猟などで山に入ろうとする者と俺たちを混乱させようと忍びよる者の違いなど分からない。


 それを考えるのは、俺の役目だ。


 そもそも、おかしいと思っていた。

 班長の話では、昨夜の会話で「一番偉い奴の首を差し出したら助かるんじゃないか」と言った奴がいる。


 それが、おかしいと思った。


 もし、海野勢の兵が言ったのであれば「一番偉い奴」などと言わず、「殿様」とか「海野様」との言い方になるはずである。


 この言い方は、この集団の指揮者を知らない者の言い方である。俺たちを知らない部外者が、この混乱を引き起こしたのだとわかる。


 おそらく、敵軍の物見が俺たちを発見し後をつけたのだろう。五十人の小勢でどこに向かおうとしているのか探るために。ひょっとしたら、数人で見つけ本隊に連絡しに離れた者もいたかも知れない。


 俺たちは一向衆の村への火つけなど行わず、ひたすら砺波の山中を目指すので、後をつけていた忍びも俺たちの目的は越中の山を越えて飛騨に逃げ込むことだと悟ったことだろう。


 それが、わかれば忍びの仕事は終わりだ。後は、本隊に戻るだけだ。

 しかし、そいつは、置き土産とばかり混乱のもとをばら蒔いて去ったのだ。


 日中であればできないことでも、夜間であればできることがある。顔の見えぬ夜間であるし、しかも、見知らぬ者だと見つかったとしても容易に逃げられるからだ。


 その置き土産の礼は、せねばなるまい。


「月さん、部外者の二人の現在状況を教えてくれ」


『一人は、後方から一定の距離を開けて幸稜の集団を尾行していると推測される。もう一人は、幸稜の集団からは離脱し富山城方面に移動している』


「まだ俺たちをつけているのは、あいつか」

『光学的配色、および熱源分布には8割の一致部分があり、同一人物と考えられる』


「二人の接触は?」


『接触はないと推測されるが、前者は後者に気がついた可能性を指摘する』


「あいつが、敵の忍びに気がついたかもってこと?」

『そうだ。前者は砺波を通過した辺りから、幸稜の集団とも後者とも一定の距離を維持し移動している』


 なるほど、さすが昌幸の忍びだ。敵の忍びの上を行くようだ。


 俺たちを尾行していた二人の忍びのうち、一人は昌幸の忍びと予想している。

 顔を見たわけでも、気配を感じたわけでも、昌幸に聞いたわけでもないが、俺と月さんの会話で「あいつ」呼ばわりしている者は昌幸の忍びのことである。


 その昌幸の忍びについて、初めて月さんが警告してくれたのは、信濃の温泉にいたときだ。

 温泉でのんびりと流星群を眺めようとしていたときに現れた相手である。

 俺は忍びの姿は見ていない。月さんに言われるがまま石を投げつけ追い払った相手だ。


 その後も、信濃から青海の屋敷に帰るまでの間、一定の距離を開けつつ俺をつけ回していた。つかず離れず無害であったので無視していたら、忍びは真田昌幸と何度か接触した。それで、昌幸の忍びなのだと思った訳である。


 あのとき、おそらく昌幸は自前の忍びを使って俺を計っていたのだ。侮れない奴である。


 俺たちの後をつけてくる昌幸の忍びには、いずれ手を打つ。

 今は、兵たちを唆した忍びへの礼が先だ。


「月さん、富山城方面へ逃げている奴を狙撃で仕留めてくれ」

『了解した。…完了だ』


 さすが月さんだ、仕事が早い。


「ありがとう、月さん。これで、敵に礼ができた」

『問題ない』


「これで、後は、飛騨を抜けて美濃に入るだけだ。天気がよければ7日といったところかな」

『天候は、急に崩れることはないと予想される』


「上々だよ」


 俺は、腰にぶら下げている袋から、味噌玉と干し飯を取りだした。そして、味噌玉を舐めては干し飯を一掴み口の中に放り込む。ポリポリと噛んで飲み込むを繰り返す。


 越中、飛騨、美濃、信濃、越後と反時計回りでほぼ一周、歩いて二十日ほどの距離だ。

 その間の食事が、ほぼ味噌玉と干し飯になるかと思うとげんなりする。


「ああ、旨いもんが食いたい。肉、肉が食いたいぞぉ」

『幸稜の近くに猪がいる可能性がある』


 なぬ、肉だって。いや、猪だって。


「それ、仕留められる?」

『可能性は五分五分だ。標的が薮の中のために外す可能性がある』


「大丈夫、俺が駆けつける。やってくれ」

『了解した。…標的に対して狙撃した。結果は確認できない。標的まで誘導する』


「よし、わかった。肉まで案内してくれ」


 月さんの誘導に従って山に向かって駆け出した。


 「殿様が逃げたぞ、追いかけろ」と叫ぶ声が聞こえたが、無視だ。

 何しろ猪の肉が、手に入るかの瀬戸際だからだ。


次回、(閑話)叶わぬ思いと歩き巫女、そして頼み事(前)



幸稜、口先で回避して、犯人を片付けました。

次回は、前作の登場人物の話となります。


投稿は、火曜日予定です。

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