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続きと新たな始まり

 

 俺の名は、海野幸稜うみのゆきかどだ。

 皆が、俺を「うんの」と呼びたがるが、俺は「うんの」ではない、「うみの」だ。


 と言っても、そんなにこだわりはない。もう「うんの」と呼ばれることに慣れたので「うんの」と呼ばれても「はい、はい」と応えられるぐらいの度量が身についた。

 それに、俺の名は駄洒落でつけた名前だしね。



 目の前に、青い海があった。

 穏やかな秋の海だった。

 清々しい空気が、肌を優しくなでる。

 海の上には、青い空が拡がっている。

 点々と白い雲が浮かび、形を変えながら流れる。

 俺は、そんな青い海と青い空を木の天辺から見た。

 しばらく、忘れていた風景だった。


 少し歩いて、枯れた畑に出逢った。

 緑の息吹が枯れ果て、畑一面を茶色に染めた蕎麦畑だ。

 夏の強い日差しを受け、成長し、その栄養を実に集めた姿だった。

 その畑は、風になびきカラカラと音が鳴っていた。

 もう、収穫の時期だった。



 海、蕎麦

 うみ、そば

 うみのそば

 海野蕎麦

 蕎麦だけでは、足りないと思い「蔵」を足した。

 海野蕎麦蔵うみのそばぞう、それが最初の俺の名前だ。


 俺が、この戦国時代で見たものを組み合わせた名前なのだ。

 そう、俺は、未来に生きていた人間だった。

 しかし、未来の俺は足を滑らせ死んでしまい、この戦国の世に意識だけ飛ばされた。そして、この時代の人の体を借りて生きることになった。



 この世界に来て、いろいろな出会いがあった。



 俺の友達。

 つきさんは、たくさんの謎と強大な力を持っている。その力は、簡単に世界を滅ぼすことができる。

 俺の願いを聞き入れてくれる月さんとの出逢いがあったからこそ、俺は今まで生き残ってこられた。

 俺の大切な相棒。月さんに、感謝を。



 俺を助けてくれた人たち。

 厳しくも頼りになる名主の根津九郎佐衛門ねずくろうざえもん。人のよい茂平もへいとしっかり者で笑窪が可愛いきくさんの夫婦。そして、農家を辞めてまで商人となり海野屋を切り盛りしてくれた佐吉さきち

 俺が興した海野屋を手伝ってくれた面々。

 みんな、ありがとう。



 俺の上役たち。

 優しくも強い御屋形様である上杉輝虎うえすぎてるとら。改名した長尾景虎ながおかげとら様である。のちの上杉謙信うえすぎけんしん様だ。

 直属の上司である村上義清むらかみよしきよ様。この人の指揮する軍も強い。そして、俺に礼なんかいらないのに、俺を根知の城代にしてくれた。

 食えない好々爺の宇佐美定満うさみさだみつ様と蕎麦好きの直江実綱なおえさねつな様。

 俺を信じてくれて、ありがとうございました。



 俺の部下たち。

 戸隠の兄弟、角雄かどお段蔵だんぞう。俺の勘違いから家臣になってもらった。

 武田遺臣の二人、勝頼と昌幸。

 少し陰のある諏訪勝頼すわかつより

 いつも俺を計っている真田昌幸さなだまさゆき

 二人とも優秀な若者だ。

 その武勇と知恵を俺に貸してくれ。これから、よろしく頼む。



 そして、俺の家族。

 うたきょうふくは、姉たち。そして、福の息子で、俺の甥となる秋助あきすけ

 俺との血の繋がりはない。だが、俺の大切な家族だ。

 月さんという強大な力を嵐のように行使せず、心を平穏にして日々を暮していけるのは、彼女たちと秋助が傍にいてくれたからだと俺は思っている。

 そして、新たな家族となったおりちゃん、と可愛いい姪のさきたえ

 みんな、みんな、大切な俺の家族。


 ありがとう、みんな。俺は、幸せだよ。





 と、こんなふうに大団円を迎えたはずだった。


 俺は、青海屋敷の縁側で歌に膝枕してもらい、うとうとしていた。

 俺の髪を優しく撫でる歌の手が気持ちよくて、もう少しで落ちるところだったのに、地獄への招待状がやってきたのだ。

 それは、宇佐美の爺様からの手紙だった。


 達筆過ぎて読めない文字を何とか解読する。そして、落胆した。

 俺の平安が音を立てて崩れていったからだ。

 その手紙内容を簡単に表すと、「予想通り越中に動きあり、富山城が落城。椎名康胤しいなやすたねより救援依頼。誰も手助けは出来ぬので、お主一人でなんとかしろ。なお、村上義清殿も快諾」


「おいっ」と俺は手紙に言う。



 上杉軍は、人手不足である。

 川中島合戦で海津城に籠った武田軍は、星降りによって壊滅。

 上杉軍は、その空白地帯となった武田領に侵攻し占領した。さらに、対北条戦のため関東にまで進出したためである。


 通常の合戦であれば、負けた相手を吸収し自軍勢力が大きくなるものだが、今回の川中島合戦で、それはなかった。

 領地が大幅に増えたのに、兵数が増えないという状態なのだ。


 上杉家の所領は広大だ。とにかく広い。

 越後、信濃、甲斐、上野、東美濃、東越中、武蔵南東部が上杉家の勢力範囲となる。

 この広い所領を守るには、上杉家には足りないものが多い。


 大軍を指揮できる武将が足りない。

 練度の高い兵士が足りない。

 兵士の武器防具が足りない。


 上杉家が欲しかったものは、落ちてきた星とともに蒸発してしまったからだ。


 二百万石に迫る領地を抱えながら、その領地範囲を増えない兵数で守っている。それが、上杉家の現実である。

 一角が崩れたら、全て崩れかねない綱渡りなのだ。


 通常は占領地の戦力を再編成するのに一年から、二年程度かかるが、ないないづくしである武田遺臣を上杉軍に再編成するには、倍以上の年月がかかると上杉家上層部は見ている。

 くだんの星降り計画でも、守勢五年を見込んで計画されているのだ。


 その上杉の守勢状況は、次の通りである。


 武蔵では互角。

 占領した武蔵の江戸城を起点に、御屋形様みずから兵を指揮して北条軍を翻弄している。しかし、兵数不足によって北条方の城を落とすまでには至っていない。

 前年の小田原城攻めと同じになるのではと、関東諸将が日和見を決め込んでいるためである。

 少ない兵数で、武勇と知略の優れた北条氏康ほうじょううじやすを相手にして勝ちを取り続けられるのは、軍神である御屋形様以外には務まらない役目だ。

 その御屋形様が、時より、ふらっと姿を消す。どこかに行っているようなのだが、それは極秘事項だ。



 甲斐に動きはない。

 甲斐には、長尾政景ながおまさかげ様が入り治める。

 これまでの主導権争いによる上田うえだ長尾氏と古志こし長尾氏の確執を断ち切るためでもある。

 もう、身内で争っている場合ではないと決意した長尾政景様は、上田長尾氏を率いて甲斐に居を移し始めている。

 御屋形様より今後五年間の軍役を免除されており、政景様は甲斐の内政と軍の再編成に時間を費やすことになる。

 現実的に合戦をしているような暇も兵もない。


 幸いにして、隣国の今川家は、桶狭間合戦後に裏切った三河の徳川家に目を向けており、北条家に助力して甲斐を攻めるつもりはないようだ。

 今川家としても西と北の二面に敵を作りたくはない。

 また、そのような今川家を非難して敵に回すわけにもいかない北条家も黙ったままだ。

 三家の事情が重なり、お互いに敵とするのは利がない。そのため、甲相駿三国同盟こうそうすんさんごくどうめいを続けている状況となっている。



 信濃も甲斐と同じように静かだ。

 北信濃は、高梨政頼たかなしまさより様が治める。

 高梨政頼様は、御屋形様や村上義清様と血縁関係がある人物で、武田家に奪われていた旧領を取り戻した形になる。


 御屋形様は、信濃に三年間の軍役免除を出した。

 特に、北信濃は星が降った直接の地だ。

 突然の星降りという大事件で混乱し怯える人心の掌握や、星降りによる降灰の影響が読めなかったからである。農作物が不作となれば、さらなる免除期間の延長もありえる。


 残りの信濃全域および西美濃は、村上義清様に預けられた。

 所領としては、旧領の東信濃を与えられたのだが、東美濃での戦功により、上杉領の西側を守る方面軍大将も任された。


 村上様は、東美濃をめぐる織田信長との戦いに勝利した上、尾張の数郡を奪い取った。さらに、美濃の斉藤家とは準同盟を結び、東美濃を上杉領に確定させた。


 すでに、上杉軍は東美濃から退いている。

 東美濃の兵力は、上杉家に降った遠山一族の兵のみ。

 今後、織田信長や織田家と同盟を結んだ北近江の浅井家が、どうでるかはわからないが今のところ落ち着いている。



 村上様が、信濃を離れ越後に逃げて、すでに十年。

 塩の販売を通して北信濃への影響力は残してきたが、旧臣は少ない。

 亡くなった者、世代交代した者も多いのだ。

 その旧臣たちを集め、さらには信濃衆を構成しなければならない。ことは、甲斐と同じ状況である。




 さて、次は上野の状況を見てみよう。


 上野には、沼田の上杉勢と長野家を筆頭とする上杉方の国人衆がいる。

 しかし、北条方についた成田家と佐野家の堅城のため南下することが困難となっていた。

 佐野家当主の佐野昌綱さのまさつなは、下野国の唐沢山城城主。戦い上手な上に、唐沢山城は一度も落城したことのない関東一の山城である。


 成田家当主の成田長泰なりたながやすは、武蔵国の忍城城主。鶴岡八幡宮での御屋形様の扱いに不満を持っていたために、北条方に靡いたという。そして、その居城である忍城は、広大な沼地にあるため簡単には落ちない堅城であった。


 そして、北条方の鉢形城はちがたじょう

 この三つの堅城が、上野からの武蔵侵攻を取り囲むように抑えている。

 上野の上杉方は、堅城を相手に攻めあぐねているのが現状なのだ。

 また、戦上手の長野業正ながのなりまさが昨年末に亡くなったのも精彩を欠いている要因の一つだと見られる。



 最後に越後の状況についてだ。

 越後は、下越と上越で敵が異なる。


 越後に兵はいないと睨んだ北条方が、敵の敵は味方とばかり、敵候補を唆して越後に兵を向けさせたのだ。


 下越の阿賀北地方に攻め入ったのは、隠居して止々斎と号する蘆名盛氏あしなもりうじ

 内政、外交、軍事に明るく会津地方を中心に蘆名家の最大版図を築いた人物である。

 蘆名盛氏は、戦国時代の名将の例に漏れず、利があれば同盟し、隙あれば躊躇なく攻めることができる。


 その盛氏が越後侵攻したのだが、宇佐美定満の奇策の前に、一戦もまみえず軍勢を会津に返した。

 それが、上杉方の策と気づいた時には、もう遅かった。遠征先から阿賀北衆が続々と帰郷したのだ。


 阿賀北衆は、上杉軍の三分の一を占める勢力。いかに軍事に明るい蘆名盛氏でも、一蹴できる相手ではない。それに、蘆名にも敵は多い。それは、盛氏が、版図を拡大したがゆえに。

 しかし、上杉勢とて阿賀北衆を他方面に派兵することはできなくなった。


 そんな時に、起きたのが上越より西である越中での出来事。


 御屋形様に滅亡寸前まで攻められた神保長職じんぼうながもとが、加賀の一向衆の力を借りて越中に侵攻。

 上杉方である富山城を落城させ、さらに椎名家に圧力をかけてきた。


 越後には、全てが不足しているのだ。

 合戦のいろはも知らぬ俺を、海野幸稜を、越中に派遣しなければならないほどに。



 くう、こんなことになるんだったら、旨い物をたくさん食べておくんだった。

 野戦食は、品も限られるし、不味いんだよ。


次回、不機嫌と梅雨


前作の総括となりました。

そして、幸稜は越中へ。


2では、前作の伏線回収を行いつつ進めます。

まずは、前作の最終話「(閑話)便りと越後侵攻、そして名前」にて、杏が言った「幸稜はまた、遠くに行った」所は、越中でした。

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