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二人の男と支店

 

 永禄五年(1562年)八月、越後、糸魚川、内海屋船渠(せんきょ)、改装中の南蛮船貴賓室にて

 海野幸稜



 貴賓室の人数は、三人から二人に減った。それは、日の本内の話題から海の外の話題になったからだ。


 日の本の外では、海賊が跳梁跋扈し、南蛮人が虎視眈々と我が物とすべく亜細亜の国々を狙っている。

 海の外も、弱肉強食の世界。一瞬の隙や甘い考えが、死を招く厳しい世界なのである。


 そのような外の強者たちを相手にするのは、外海屋の領分である。内海屋は日の本の海運が仕事だが、外海屋の仕事は異なる。


 外の強者を喰らい自らが強者となり、全ての海を我が物として自由に活動することが、外海屋の仕事であるのだ。


 そのためであれば、外海屋は何でも行う。


「外海屋の拠点に考えた島々は、隠岐、五島、石垣の三つ」

「くくくく、三つとは、欲張りなあるじよ」


「まだまだ、これは手始めさ。熊さん、隠岐は盗れるかね」

「隠岐は、隠岐氏が治める約五千石の国だ。隠岐氏は、出雲の尼子氏とともに京極氏の分家にあたる家だが、隠岐守護の京極氏の力が弱まったことを切っ掛けに隠岐の支配者となった」


「へえ、どこも下剋上だ」


「くくくく、ただ、隠岐を支配したといってもたかが五千石。山陰山陽八カ国を治めた覇者で、八カ国守護と呼ばれた尼子晴久あまごはるひさに従うしかなかった」

「ほう」

「だが、二年前、その晴久が亡くなり尼子勢が毛利勢に圧され雲芸和議うんけいわぎを結ぶと、尼子に距離をおいて半独立の状態になっているのが今だ」


「隠岐を盗っても、誰にも文句はないってことだな。こりゃ好都合」


「くくくく、弱気になった者は喰われるが定め。亡くなった晴久の跡を継ぐ尼子義久あまごよしひさの弱気で八カ国あった所領も今や出雲一国とその周辺のみ。おそらく三十万石もあるまい。隠岐を盗られたからといって動くことはなかろう」


「石見は独立、隠岐も半独立、まったく、弱気になったら終わりだ。上に立つ者ほど、ここぞの意地を見せねば誰も付いて来ないのは道理なのにな」

「意地と無能の空元気を、履き違える者ほど困る者もいないがな」


「義久の側近には、武略に有能な者はいないのかね」

「または、口うるさいと排除したか」


「…」

「くくくく」


「石見国人を束ねる本城常光ほんじょうつねみつは毛利勢を撃退して気焔を吐いているらしいし。もう、尼子の下には戻れないだろう」


「それは分からん。常光とて、この戦の世を生き抜いてきた強者。いざとなれば、頭を下げるかも知れん。だが」

「だが?」

「頭を下げられた相手が、首を跳ねぬとは限らんがな、くくくく」


「怖いねえ。お互いに勇気と度量が試される訳だ」


「毛利に圧されている尼子家は、九州で毛利に敗けた大友家と同盟を結び毛利と張り合おうとしている。そこに石見だ。毛利とて、二方面、三方面に敵を抱えることになった。さらには、先日の星降り凶事の騒ぎで毛利は天罰を受けると毛利方の国人衆は戦には及び腰と聞く」


「…」


「くくくく、主の狙い通り、当分の間、尼子、毛利、大友は今のままであろうよ。であれば、隠岐を誰が盗ろうと気にする者などおらぬ」


「石見の銀と出雲の鉄は必要だ。銀は、外海屋がやっている異国との取引に、鉄は、越後の信濃川分水と農民のためにな。簡単に毛利に独占させる訳にはいかんさ。それに、毛利の一強では儲けが薄くなる」


「くくくく、では」

「隠岐は盗れ。隠岐には外海屋の支店、倉庫、船渠を造り、曲輪くるわで囲え、見処のある者に支店長を命じてもよい。そして、隠岐で金を回し隠岐にいる者たちを外海屋がなくては困るようにしてくれ。やり方は熊さんに任す」

「承知だ」


「五島は、どうだろう」

「五島は、宇久うく氏が治めている島々だが、この宇久は平戸を本拠地とする松浦党に組している。それに、倭冦の明人たちが平戸や五島に多く住んでいるようだ。隠岐と同じで盗ることは容易いと思うが、その後に長く治めるのは一筋縄ではいかぬであろう」


「平戸や五島に、明人の倭冦?」

「くくくく、おかしかろう。明や朝鮮では、海から襲ってくる者は全て倭冦と呼ぶのだ。それが、和人であろうと明人であろうが変わらぬ」


「そいつらが、なぜ平戸や五島に」

「倭冦といっても皆が海賊と言うわけではない。密貿易を行う商人が、海賊もやっているのが実だ。明国の海禁政策で海の商売をする者たちは、明の外に出ざる得ない。それで平戸、五島と言うわけだ」


「海運は儲けるからね。しかし、五島に倭冦か…」

「案ずるな。今、明人倭冦に力はない」

「今?」


「数年前、明人倭冦の有力者であった王直おうちょく徐海じょかいが明軍の謀略にかかり殺された。往年の倭冦のように明の沿岸や遡上して内陸を襲うような倭冦はいない。今の明人倭冦は、目立たぬよう密貿易をしているだけだ」


「なるほどね、五島には松浦水軍と明人倭冦が絡むのか。五島を盗ったら松浦水軍が出てくるかも知れないし、力の弱くなったとはいえ明人倭冦がどう動くかは読めぬということか」

「五島は、交易拠点とするには申し分ない位置の島々だ。だが、水軍を持つ者や、海で商売をする者は、皆がそう思う島々だということだ」

「価値ある物は高いな」

「くくくく、商売と同じよ」


「仕方ない、五島は保留で、石垣はどうだろうか」

「石垣とは、琉球の南西にある島々であるな。外海屋の航路拠点としてよいと思うが、内海屋には遠かろう。それに、野分のわきの通り道と聞く。内海屋との共同支店としては使えぬな」


「石垣は無用か。そうすると隠岐だけ。隠岐だけでは不便じゃないか。九州の西か南に支店が欲しいな」

「位置的に奄美でもよかろう」

「奄美ねえ」


「くくくく、琉球や島津が相手となるのが嫌か」


「五島と同じで盗った後が面倒になるのは、本末転倒になる。島を拠点に儲けたいだけなのに、奄美という小さな島を維持するために軍勢に銭をかけるでは儲けがなくなるからな。それは、外海屋の目的ではない」


「琉球や島津は動けぬよ。琉球は兵が少なく外海屋に対抗はできぬ。島津とて船を集め軍勢を島々に送れるほど余裕はない。薩摩大隅の北にいる敵対者から目を離す訳にはいかぬ」

「むむむ、悩ましいな」


「くくくく、極東支配人たる者。南蛮人が東亜細亜と呼ぶ場所を、南蛮人に支配されぬようにするのが役目。交易を通し広く南蛮技術を伝え、南蛮の国々と均衡させるがその手段。均衡、それは、力を分散させ巨大な権力を作らぬこと」


「南蛮が巨大になっても、亜細亜が巨大になっても駄目だ。等しく争って、共に挫け、それで平和にならないと」


「くくくく、日の本の中での争いなぞ小さきことか。あるじよ、その先に何を見る」

「熊さん、買い被りすぎだ。俺には、そんな高尚な目はないよ。これは単なる善行さ。海野屋のときの、海野勢の合戦のときの、隠岐を盗ることの、悪に寄っている徳を少しでも善にするようにさ。地獄に落ちたくないだろう」


「くくくく、まあよい。では、五島、石垣、奄美はいかがする」


「よし、五島、石垣は止めだ。代わりに奄美を盗ってくれ。盗った後は隠岐と同じだ」

「承知したぞ、くくくく」

「奄美に倭冦を集めるのも面白いかもな」

「くくくく、考えておこう」


「いや、そんなことは支店長に任せることになるよ。熊さんにはもっと先に進んでもらう」

「ほう」


「隠岐と奄美には二年、高山国、澳門マカオ、呂宋、マラッカを三年で外海屋の物にしてくれ」

「くくくく、南蛮人どもが引き上げつつある拠点を占拠しろ。東亜細亜の交易は外海屋が支配しろと」


「五年後には、外海屋の南蛮船を五十隻、手足となる倭冦の船を千にして欲しい。さらに熊さんには、各支店長と次代の極東支配人を育ててもらいたい」


「くくくく、その先があるのだな」

「もちろん、熊さんには次の支配人になってもらう」

「次の?」


「詳しい話は、五年待ってくれ。それまでに俺にも考えることがあるからな」


「くくくく」

「まずは、東亜細亜の交易を押さえることに専念してくれ。でも熊さん、気をつけてくれよ。南蛮には大砲という巨大な鉄砲を五十も百も積んだ大船がある。その化け物は、いつ日の本の近海に現れてもおかしくない」


「大砲か、面白い、くくくく」


「回教国の商人であれば大砲を知っているはずだ。買い付けるか、製造方法の買い取りをして欲しい」


「くくくく、回教国とは、マラッカより西、天竺の大洋を渡った先にあるという国々か。そのような処まで行けるとは想像もできぬが」


「もっと遠い国の南蛮人たちが、日の本まで来るんだ。何も不思議はなかろう。南蛮人にできて、日の本の人間にできぬ道理はないし。一歩踏み出す勇気と踏み出した後の遺す知識が大切なんじゃないかな。まあ、こう言う俺も書物や噂を知っているだけだが」


「くくくく、商人たる者、知っていることに価値があるのであろう。日の本で出る銅に少量の金銀が混ざっていたことのように」

「ああ、あれか。だが、あの陰で、儲けが増えただろ」


「あれは、聞いて驚いたぞ。くくくく、よもや、明人が日の本の銅から金銀を取り出して儲けていたとはな。明人が銅から金銀を取り出していると分かっていれば、最初から値をつり上げて売るだけ。取り出し方など分からなくても交易には問題ない。日の本の銅を欲しがる者は多いからな」

「そうさ、取り出せるかは問題ではない。知っているかが重要なことだ」


「くくくく、では、そろそろ話をまとめるぞ」

「お互いに忙しいからな」


「今から二年以内に隠岐、奄美に外海屋の支店を作る。五年内に高山国、澳門マカオ、呂宋、マラッカにも外海屋の支店を出す。その頃には、南蛮型の大船を五十隻、手足となる配下の船を千にし、日の本の近海からマラッカに至るまでを外海屋の支配する海にする。大砲の調達もくしは製造方法を入手する」


「十分だ。全て、熊さんに任す」

「くくくく、全て承知した。大それた話だが、夢物語ではないことは分かる。実現しよう、楽しみにしておれ」

「よろしく頼むよ」


「では、某はこれで帰るとするが、主はいかがする。閻魔と話をするためにここに残るか?」


「閻魔?」


「そうよ、日の本の商売を仕切っているは内海屋。相談役は番頭の佐吉。外海屋は、日の本の外を仕切る。相談役は支配人の某。では、主が次に何を企み、相談する相手は誰だ」


「さあな」

「くくくく、それは、この世のことであろう。となれば、相談する相手は閻魔大王」


「なるほど、それで閻魔様と言うわけか。であれば、閻魔様はどのような裁きを人に下すのだろうな」

「くくくく、それは決めるのは主と閻魔であろう。良く相談してくれ。では先に帰る」



次回、一人の男と月


もちろん、閻魔様は月さんのことですね。

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