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三人の男と地獄行き

 

 永禄五年(1562年)八月、越後、糸魚川、内海屋船渠、改装中の南蛮船貴賓室にて

 海野幸稜



 明るいとはいえない狭い部屋に、三人の男が集まっていた。

 外からは窓掛けに邪魔され、中の様子を伺うことはできない。


 ここは、内海屋が保有する船渠せんきょの一つ。船体が完成し、擬装を受けている南蛮船の貴賓室である。


 男たちの護衛以外は船から下ろされ、護衛者たちもまた、貴賓室より距離を取っていた。

 もちろん、三人の男の密談が外に漏れないようにとの手配である。



「佐吉、雑賀党を越後に連れて来てくれないか」

「雑賀党? 石見のか」

「そうだ、何か問題でも」


「いや、問題ないと思う。雑賀党棟梁の鈴木重秀すずきしげひでから石見での契約は年内にしたいと申し出があったばかりだからな」

「年内? 何か不満があるのか」


「ああ、どうやら間即まそく衆が気にくわないらしい。同じ鉄砲集団で役割が被るのが、雑賀党としては困るんだとさ」


「毛利という大敵を追い払っても雑賀党だけの手柄にはならんからな。傭兵としての名が売れないのならば、石見で仕事をしていても仕方ないって考えか」

「そういうことだ」

「困ったな」


「困ることはないだろ。雑賀党は石見から越後に移動できると思うぞ」


「いや、また被るんだよ。これは断られるかも知れんな」

「被る? おいおい、今度は何するつもりだよ」


「くくくく、越中攻めであろう」

「越中攻め!」


「さすが、熊さん、鋭いな、当たりだ。越中攻めのため雑賀党を石見から越後に移動させ、外海屋で使う予定の鉄砲を貸してくれと熊さんにも頼むつもりだったんだが…」


「ほう、あるじは、鉄砲隊で越中を攻めるか」

「まあな」

「なるほど、だから雑賀党と被るか。雑賀党と海野勢の鉄砲衆で越中に攻め入ろうと考えたってことだな」


「困ったな」

「鉄砲を貸すということであれば、それは一時的なものなのであろう。ならば、一時的に雑賀党としたらよいではないか」


「そうか。熊さんの言う通りだ。雑賀党に鉄砲の教えを乞うとの名目で雑賀党に海野勢を組み込む、遠征部隊の主力は雑賀党とする。主将は俺で、副将は鈴木重秀とする。佐吉、この線で重秀と交渉してくれ」


「わかった」

「くくくく、しかし、越中攻めとは本末転倒なことをやる」


「まったくだよ。熊さん」

「ん、幸稜、どういうことだ」


「神保はともかく、今、一向宗勢の目は能登を向いている。越中攻めをすると、その目を越後に向け直すことになる」


「くくくく、軍勢不足の上杉には、越中に手をかけている余裕はない。今の状況が良いのだ。だが、そう望まぬ者も多い。北条、織田、松倉を取り戻したい椎名、攻められては困る能登畠山、加賀一向宗勢を叩きたい越前朝倉。皆が上杉の越中攻めを望んでおる」


「椎名も、畠山も、朝倉もどっちかといったら上杉の味方なのにな。あいつら本当は北条の手先じゃないかと疑いたくなる」


「くくくく、それは主の自業自得」


「そうだぞ、幸稜。お前がそう仕向けたんじゃないか。上杉の銭を使って能登が喰えるぞ、能登が喰えたら次は越前だ、ほうら目の前は京があるって。全部お前の差し金だろ」

「いや、あれは青海に攻め込まれないためにやったこと。こうなるとは思ってないわ。俺は嵌められたんだよ。こうなることを見越した宇佐美様と村上様に。味方を嵌めるとは、とんでもない爺様たちだ」


「くくくく」

「熊さん、笑い事じゃないよ。敗けて帰ってきたら、また、行って来いだよ」


「宇佐美様だな」


「上杉勢には越中に侵攻できる将兵もいなければ、軍勢を動かす銭もない。どの武将も正面に敵を抱えているし、いっぱいいっぱいだ。今、動けるのは城代を首になった俺ぐらいだとさ」


「幸稜は城代でも越中に行っただろ」

「…」

「とにかく、敗けてこいってことだな」


「佐吉なあ、簡単に言うなよ。歌と織が、お気をつけてって、今にも泣きそうな笑い顔をするんだよ。無理に笑うんだよ、二人ともさ」


「悪党だな、幸稜」

「俺も泣きたいよ。越中になんかに行きたくないわ」


「くくくく、見返りは?」

「松倉金山」


「おお、金山か。松倉なら近いし、いいね」

「何がいいものか。鉱山なんざ手間が多いだけでそれほど儲からん。それに事故が起きたら大損だ。そんな事やるぐらいなら海賊の方が儲かるわ」


「すでにやっているがな、くくくく」

「幸稜も、熊さんも、地獄行き決定」


「地獄行きは、熊さんだけだ。俺は海賊行為はやってない」


「くくくく」


「でも、松倉の金山が海野の物になったら、椎名に恨まれるな、幸稜」

「金山もらったら、椎名に渡す」

「もったいない」


「上杉勢に越中を攻めろ攻めろと一番五月蝿いのが椎名だからな。まあ、俺が原因だが、金山ぐらいで、やいのやいの言われても敵わん」


「噂を聞いているぜ。越中椎名の殿様が春日山にいる宇佐美様に松倉を早く取り戻してくれと直訴しているってな。後詰めに来た海野勢は役にも立たず、一戦もせずに武器具足を投げ出しての撤退する始末。上杉様は椎名家を守ってくれると約束したのに、約束が違うって」


「くくくく、宇佐美様は、先々代の敗死を直に聞いていた者。その時に裏切った椎名家をいまだに快くは思っておらん。五月蝿く訴えてくる椎名を宇佐美様も苦々しく思っておるであろう。いずれ、潰すか、所領替えか。くくくく」


「なるほど、金山は先の一手か。さすが、宇佐美様。椎名の恨みを幸稜に被せるつもりだな。いやあ、あやかりたいね、よく、次から次へと知恵が湧くな」


「くー、あの爺様、どうしてくれよう」

「止めとけ、止めとけ。倍になって返ってくるだけだ」


「倍であれば、良いがな。くくくく」


「くー、まあ、いい。越中攻めは決定事項だ。好きにさせてもらうさ。それに青海の隣は越中だ。いつ攻めて来るかわからない敵が隣にいるのも嫌だからな」


「ちょっと待て、椎名がいなくなった松倉は誰が治める。まさか…」

「おい、おい、止めてくれ…」

「むろん、主であろうな、くくくく」


「…」

「…」


「えーと、とりあえず青海をこれ以上開発するのは止めておくわ。いいな、幸稜」


「…」

「おいっ、幸稜。聞いているか」

「…」


「仕方ねえな。熊さん、幸稜が長考に入っちまった。しばらく待ちましょう。茶はどうです?」

「もらおう」

「そうだ、大腹餅だいふくもちもありますぜ」


「くくくく、こし餡か、粒餡か」

「どちらも持って来ました。どちらがいいですかね」


「佐吉、どちらがいいかだと。どちらも甘いのであろうな」

「え、ええ」


「こし餡か、粒餡か。くくくく、試される問いであるな。こし餡の雪解けのような食感と餅の渾然一体を味わうもよし。口の中で餡から小豆の粒を探しだし歯で潰すという粒餡の食感を楽しむもよし。くくくく、佐吉はどちらかを決めろと言うのだな」


「…大熊さん、よろしければ、こし餡も粒餡も両方召し上がりますか?」


「くくくく、さすが、内海屋番頭の佐吉だ。機敏であるな。俺も見習わねばならぬことだ。よかろう、両方もらうぞ」


「…」

「待てよ、こし餡からか、粒餡からか、どちらから食すべきか。これも難問だ。最初に粒餡のつぶつぶ食感を楽しんだ後に、こし餡の滑らかな餡と餅の一体感を味わいたい処ではあるが、こし餡は粒餡よりも熟練の技が光るもの。後に、こし餡を食べて後悔するよりは、先にこし餡を食べて、後で粒餡を。いや、こし餡が今一つであれば粒餡とて今一つ。佐吉、これは難しいぞ、くくくく」


「…」

「熟慮せねば…」

「…」

「…」






「くくくく、美味であった」


「おーい、幸稜、戻ってこーい。再開するぞ」


「…くー、どう考えても、今さら止めることは、俺には無理だ。もう、すでに手配している頃だし、鳶兄弟のやる気を萎ませるのも嫌だし、それに、これは今後の普請練習でもあるし」


「どうでもいいが、普請するんだったら外海屋の金でやってくれよ。内海屋は、この間の買い取りで金出したからな」


「佐吉、内海屋にとっては、はした金であろう」

「一文でも、十万貫でも銭は銭ですぜ。熊さん」


「絶対、何かしてやる。あの爺様に」


「諦めろ。そんな事より、港が欲しいな。内海屋と外海屋の荷渡しが、ことのほか姫川沖では面倒らしい。糸魚川の津は目立ち過ぎて駄目だし」


「…今、船は何隻ある」


「内海屋の南蛮船は、小型が一隻、大船が二隻。後は、借りたり雇ったりと和船が大小二百ってところだな」


「外海屋は、大船が四隻だ。そして、建造中が二隻。一隻に百の鉄砲を乗せて二隻づつ組になっている。組で琉球、明、呂宋、シャムを回っているが船が足らん。佐吉」


「はいはい、わかっていますよ、大熊さん。借りた大船一隻を返せって言うんでしょ。返します、返します、返せばいいんでしょ。内海屋は借り船や雇い船で回します」

「佐吉、わかっているよな」


「はいはい、雇い船は、外海屋の船には近づけない。…俺も信用がねえな」


「しかし、港と船が足りないねえ…んー、ケケ」


「熊さん、幸稜の顔が悪者になったから、俺はここいらで店に帰らせてもらう。ここからは、俺の聞いちゃいけない領分になるだろう。後は、二人で決めてくれ、決まったら教えてもらえばいい。雑賀衆と大船の件は手配しておく。青海開発は、当面見合わせる。では、先に」


「くくくく」


「あっ、そうだ。熊さん、たまには、内海屋に顔を出してくれ。大腹餅を用意しておくからさ」

「承知。砂糖が不足していたら、すぐに知らせろ。優先して手配する」


「ははは、その時は頼みます。幸稜、聞こえてないかも知れんが、先に帰るわ。悪巧みし過ぎて熊さんといっしょに地獄行きになるんじゃないぞ。では、熊さん、先に」


「くくくく」





「ケケ、よし、島を盗ろう。って、あら。熊さん、佐吉は?」

「先に帰った」


「相変わらず、感のいい奴だな」

「地獄行きには、付き合わないと言うことだな。くくくく」


「地獄は、俺も嫌だな。まあいいさ、どうせ外海屋の範疇の話だ」

「先ほど、島を盗ると言っていたが、いかがする」


「佐吉が言っていたが、外海屋が仕入れて来た品を内海屋の船に荷移しするには、青海や糸魚川では支障がある。津が小さすぎるし、悪目立ちする。それに、海野家がずっと青海にいられるかも怪しくなってきた」


「くくくく、外海屋が独自の領地を持つ。海野家や内海屋の拠点がどこになろうと、自在に取引ができるように」


「あくまでも島を治めるのは海賊、倭冦だ」

「裏で支配するのは、外海屋だが、海賊の招きで取引に応じているだけに見せるのであろう」


「支配はするが、統治はせず。金を出すが、口は出さない。だが、賦役には応じてもらうさ」

「それは、海賊という賦役であろう。くくくく」


「その通り」

「で、どこの島を盗る?」


次回、二人の男と支店



幸稜、佐吉、熊さんの相談風景でした。

幸稜たちは、忌憚なく意見交換できるよう敬語なしとしています。


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