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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
6/46

六 世界 


 六 


 瀬木根は、グレイと一体化した。


 熱さは感じないが体は炎をまとった。


 死んだ死神の能力。つまり春木の能力だった。


 先に、向こうが動いた。どんな能力があるのか。


 そもそもこいつが本体ではない可能性もある。


 瀬木根は春木がやっていたことと同じことをやった。


 グレイの分身がいくつか現れて火の玉になって飛んでいった。春木は斧を持った男を出したが、真似をしてもなぜかグレイの形にしかならない。

 

 訓練が必要なのかもしれないが、これでも十分な力だと瀬木根は思った。


 神の姿をしたそれはそれなりの速さだった。

 かわされた。

 しかし、瀬木根はすでに回り込んでいる。


 赤羽の能力。


 それで上から斬った。感触はあるが、殺したとは思わなかった。


 これを操っているやつがいると、瀬木根は思った。

 斬ったそれは煙のように消えた。


 瀬木根は能力を解き、暗い川辺を見回した。気配を消しているらしい。早熊と同じ能力か、それに近いものだろう。しかし、完全に消しきれてはいない。


「出てこい」


 大きな声で、瀬木根は言った。


 すると、また前から気配が近づいてきた。


 女。


 痩せていて、髪が長い、目の大きな女だった。


 スーツを着ている。


 身長はそれなりに高いが、子供なのか大人なのか、顔をみただけではわからない。だが、この女は死神だ。


 瀬木根は面食らっていた。

 死神は男。無意識にそう思い込んでいた。


「あんたのその能力、春木さんから奪ったものでしょ?」


 思ったより、低い声でその女は言った。近寄ってくる。


「グレイ、こいつが本当に死神なのかどうか、わかるか?」


 瀬木根の鼓動は、早くなっている。手には汗を握っていた。


「直接、聞けばいいじゃんか」


 グレイはぶっきらぼうに、そう返してきた。

 女は、こちらの様子を伺っている。


「そうだ、これはあの炎の男から奪った。戦って、俺があの男を殺した」


 はっきりと、大きな声で瀬木根は返した。


「なんで?」


 女には表情はなく感情が読めない。

 瀬木根は返事に困った。


「なんでって」

「いや、いいよ。あんたも、死んだら終わりだもんね」


 からす。

 女の体から不意に現れた。

 やっぱり、からすだ。

 ごみ捨て場や電線の上にいる、黒いやつだ。


「死神って、なんのために存在するんだ?」


 いきなり、瀬木根はそんなことを口走った。


 自分でも瀬木根は驚いた。吐き出したかった言葉がそのまま出てしまった。


「あんた、死んだばっかりなの?」


 女の声が、荒々しいものに変わった。

 瀬木根はただ頷いた。


「神って、何人いるんだ」


「ねえ、質問に質問に返すの? わかってるの、意味」


「わかったよ。それで」


「何人かなんて、しらない。でもあんたのところの神は、死んだよ」


「お前がやったのか」


「そうだけど」


 なにかを目の前の女から、瀬木根は感じた。

 得体のしれないもの。そういうものに触れた。

 多分、勝てない。いまになって理解した。


 この女には、勝てない。


 瀬木根は身構える気にはなぜかなれなかった。恐怖がないわけではない。


「あんたのこと、殺しにきたわけじゃない。交渉しにきただけ。こっちの傘下に入って働くか、ここで死ぬか。あんた、あと一回で終わりでしょ。春木さんから聞いて、わかってるよ」


 春木、とこの女は言ったのか。


「やっちまえ、瀬木根。グレイが」


「黙ってろ、グレイ」


 手のひらで、グレイの顔をおさえた。


「そっちの仲間になれば、俺は死なないのか」


「いまのところはね」


「俺の仲間は、どうなった」


「弱い死神はいらないから、しらない。逃げたんじゃないの。天子の世界で仲よくやっていくなら、それでいいでしょ」


「なあ、俺たちはいままで、変なビルに閉じ込められて、こっちにくるときは、天子の体を乗っ取ってた。あんたらもいまそうやって、ログインしてるのか」


 女が眉間にしわを寄せる。


「ログイン? なにそれ」


 女がちょっと、首をひねった。


「死んで二回目以降、天子の体を借りてることを、言ってるの? とりあえず、戻るから、移動しながらでいい?」


 話そうとしたとき、女が先に言った。


 そして、女は空に浮いた。


「それなりの移動系統の能力があるんでしょ。早く」


「いや、ちょっと」


 女は待つこともせず、背中を向けて移動し始める。




 瀬木根はグレイから、法則を無視する能力を引き出した。


 しばらく、使っていない能力だったので、勝手を忘れている。当たり前に自分の足で歩いていた。


 やっと、瀬木根は体を浮かせた。それから、女を追った。


 すぐに追いついて、横に並ぶ。完全に空を飛ぶのは、本当に久しぶりだ。多分、走る速度より遅いが、これが限界だ。


「ねえ、あんたさ。私に殺されるかもしれないとか、考えないの?」


「春木さんの仲間だろ、お前。殺されてもしょうがない」


「殺さないよ、私は。これからうちの神さまのところに連れていくから、それまでにさっきのログインがどうとかいう話、全部説明して。まず、ログインってなに」


 風の音がする。


 その中で、ちょっと大きな声を出しながら、瀬木根は自分たちがなにをしてきたのかを、喋り続けた。




 隣街を越えたのか。建物が少なくなる。


 少なくとも、あのとき春木たちがいると思ったのは、隣街の煙草屋だった。


「多分それ、あんたらのところの神が持ってた、空間をねじ曲げる能力だよ」

 女が、表情も変えずに言う。


「こっちにも昔、そういう能力持ってる死神いたもん、死んだけど。あとは複数の能力の組み合わせで、全部説明できるね。移動系統の能力。


 ビルの中が極端に時間が遅くなるのも、能力。みえる景色も、もしかしたら、作られたものかもしれない。あんたの言うログインなんてのは存在しないよ。


 私たちは、二回目以降は天子の体をもらって、その体をそのまま自分の体として使わせてもらうんだよ。で、そのログインっていうのは、ビルの中から、自分の分身みたいのを飛ばして動かしてたんでしょ」


「だから四回以上死んでるのに、俺は生きてるのか。でも少なくとも、どこかで三回は死んだのか。じゃあ、記憶をねじ曲げる能力は?」


「記憶? それは聞いたことない」


「どういう人間が、死んだあとで死神になるんだ?」


「さあ」


 グレイは、瀬木根に頭をわしづかみにされた状態で、目を開けたまま眠っている。


 二人とも、しばらく喋らなかった。


 着いた、と女は言った。

 それから、羽村はねむらと名乗った。

 瀬木根も、そこでやっと名乗った。


 隣り街のその向こう。それぐらいしか離れていない。

 ただ、街並みは違う。建物が高い。

 ビルとまではいかないが、四、五階はある建物がたくさん並んでいる。

 そして、いろんな音が聞こえてくる。


 天子で、あふれている。

 それらすべてに、瀬木根は驚いた。


「二人喰った死神なんだから、それなりなんだね、瀬木根。話した感じだと、弱そうだけど。ごくまれに、喰らった死神の記憶がさ、残ったりするんだよね。なんか、覚えてる?」


 地上に降りて街を歩く。なんでもない会話のように、羽村は言った。


「いや、なにも」


 瀬木根は、抱いていたグレイの頭を小さく叩いて、起こした。


「グレイ、ついたぞ」


 グレイは自分で浮き上がって、歓声をあげながら、飛びまわった。


「この街の死神の数は、多い方だと思う。あんたらのところ、いわゆる弱小チームだったから、そういう情報もなんにもないんでしょ?」


「そうだな。死神が天子の体を使う。それはなにも変わらないよな?」


「それは変わらない」


「俺は、あと一回で本当に死ぬんだな」


「本当に四回死んでたら、あんたはここにはいない」


 本当はわけがわからなくなっていたが、瀬木根はなにも言い返せない。


 なにしろ、何度も何度も死んだのに、死んでいないと、死神に言われているのだ。


「死んでから、長いのか、あんたは。俺より大分若くみえるけど」

「長いよ」


 羽村は、突き放すような言い方をした。それから、歩き始めた。


 大きな通りだった。

 周りの天子たちは、遠巻きにこちらをみている。


 警察みたいなもの。そういう扱いはこっちの街でも同じらしい。


「グレイ、いくぞ」


「おう」


「ていうか、あんたの相棒、なんで普通に喋るの。能力?」


 羽村は、顔の近くまでやってきたグレイに触れた。


 グレイは気にする様子はなく、周りの景色をみている。


「いや、こいつは最初からこんな感じで、俺の以外は、喋らない。能力かって言われたら、そうなのかもしれない」


「変なの。それ以外の、最初に持ってた能力ってなに?」


「全部が中途半端で、飛んだり、ちょっと早く動いたり、欲しい武器を作ったりとか。統一された能力じゃない」


「へえ、聞いたことないな。本当にそれが自分の能力?」


「全部が、中途半端な能力」


 グレイが、からかうような目つきで羽村をみて、言った。


「そうなんだ」


 羽村がグレイの方をみてそう答えたが、瀬木根にも正確な部分はわからなかった。


 それでも、戦ってきた。

 

 戦うのには、十分使える能力だった。




 死神の能力を奪う。


 それはどの死神でもできる。


 相棒に、死んだ死神を喰らわせるだけだ。


 羽村がどれだけの死神の能力を奪ってきたのか、具体的にはわからない。だが、いくつかの能力を持っているのはまちがいない。


「この天子たちの世界の成り立ちとかさ、多分、うちの神さまに聞いたって、完璧にはわからないと思うよ。これから、会ってもらうけど」


「俺らは、もう一つ別の世界があって、そこからログインしてると思ってたよ。それがまだ、体に感覚として残ってる」


「なるほどね、そんなふうに考えたほうが、殺し合うときも、現実じゃないから楽だもんね。でも、能力と口車で騙されてた。それだけだよ」


 現実、という言葉に、瀬木根は不意に胸を打たれた。


「現実ね」


「まだ受け入れられないの、あんた。死んで死神になってこの世界で生きてる。新しい規則とか事情に縛られてね。それ以外には、なにもない」


 言葉にすれば、羽村の言う通りだ。


 ああ、そうかなのか。


 まだ、逃げたいらしい。

 瀬木根は下を向いた。さらに街を歩き進む。


「死神を殺したのって、春木さんが初めてなの?」


「そうだよ、瀬木根はいままで、戦ったことはあったけど、本当の殺しまではしなかったから。それで、元気がない」


「そうなんだ、グレイちゃん。それじゃあ、無理もないね」


 グレイが答えた。


 二人は、明るい声でそんな話を続けていた。


 グレイは急に饒舌になって、いままで、どういう行動をしてきたかを羽村に語った。


 グレイの言っていることは、大抵、誇張されていたが、面倒だったので訂正しなかった。わざわざ、口を挟むほどのことでもないと思った。


 背の高い建物が続く。

 影の中ばかりを歩くので、時々、横から強烈な日差しを食らった。 

 羽村がまた、ついたと言った。


 他の建物と変わらない。見上げて数えたが、四階建てだった。


 木造。中はみえない。

 羽村が古い戸を横に動かすが、中は真っ暗だった。


 先にどうぞ、と言われ、瀬木根は暗闇に踏み込んだ。違う場所だった。予想はしていたので驚きはしなかった。しかし、自分たちのものと勝手は違う。


 目を覚まして、白い部屋。いままではそうだった。


 いまは踏み込んだその先にまた別の場所があるだけだ。グレイもそこにいる。


 茶色い。ものすごく広い、昔の家のようだ。そして家具の類が一つもなく、遠くに誰かがいた。背中を向けて横になって、唯一あるテレビをみている。


「これさ、ユーチューブなんだよね。スマホとつなげてる。すごくね?」


 男の声だった。テレビを指差してそう言った。

 瀬木根は自ら、歩み寄った。


 寝そべっている男の前に瀬木根は立つ。

 男が体を起こして、こちらを向いた。


「俺、神だから」


 若い。二十代前半か、十代の痩せた男だった。目の彫りが少し深く、鼻が高い。


「よろしく」


 男は胡座をかいた状態で、手を伸ばしてきた。瀬木根はその手を握った。


「今日から、この国で働いてくれるか」


 男は続ける。瀬木根は、手を握ったまま男を見続ける。


「名前は?」

「瀬木根です」


「羽村が潰したところの死神だろ。恨んでるか、俺らのこと」

「いえ。俺も春木さんを」

「ああ、お前だったのか」


 握られていた手が少し動いた。それでも、瀬木根は男の目をみたままでいた。


「別に、俺らも恨んでないよ。ていうかお前、あと一回か。失敗だったな。春木には先に神を殺せって、言ってたはずなんだけどな」


 男は瀬木根の手を離して、立ったままでいた羽村をみた。


「俺、宮内って名前で通してるから、そう呼んで、瀬木根」


 羽村から視線を戻して、宮内は言った。


「わかりました」


 神にもいろんな神がいるんだな、と瀬木根は思った。


「質問とかあれば、どうぞ。俺でわかる範囲なら、なんでも答えるよ。まあ、歴も浅いらしいみたいだし、座りなよ。なんか食う?」


「バナナ」


 グレイが少し前に出て、いきなりそう言った。


「え、お前の相棒、喋んの?」


「初めまして。グレイです。瀬木根の相棒こと、死神の鎌です。よろしくおねがいします、神さま」


 グレイは瀬木根の足元にうずくまり、頭を下げるような仕草をした。


「どんな能力だよ、瀬木根。初めてみるんだけど」


「そうなんですか」


 答えながら、瀬木根は後ろをみた。羽村はいなくなっていた。


「いや、気にしなくていいよ、で、バナナね」


 宮内は手のひらを床に当てるようにした。

 するとそこにバナナの房が現れた。


 グレイが歓声をあげた。


 匂いをかんでいる。もう一度、手をかざすと座蒲団が二つ出た。どうぞ、と宮内が言った。


 グレイが座布団に飛び乗ったので、頭を掴んでバナナと一緒にどけてから、瀬木根は腰をおろした。


「こんな感じで俺はなんでも用意できる。好きな食べ物を言って。俺は勝手に食うから。カレーとかもおいしいよ?」


「いまは大丈夫なので、アイスコーヒーで」


「あ、そう。はい」


 本当に、グラスに入ったアイスコーヒーが出てきた。しかも、膳みたいなものまである。グラスの横にはガムシロップと、ミルク、そして灰皿まで出てきた。


 さすがに瀬木根も驚いた。


 それでも落ちつこうとして、グラスに手を伸ばして、傾けた。


 濃い。


 喫茶店のものという感じだった。


 コーヒーは、詳しくなかったが、うまいのはまちがいない。


「ちょっと前まで敵だったやつらの陣地に入って、よくそんなに落ちついてコーヒーなんて飲めるよな、お前」


 急に、宮内は笑い出した。


 どういう味なのかを考えていた自分が、急に瀬木根は恥ずかしくなった。


 それから宮内の言葉の抑揚が、不自然なものだと気がついた。


 どこかの地方の訛りという感じがある。少なくとも、西ではないと思う。


 宮内の目の前にも膳が現れた。


 そこにはパフェのようなものが、いくつかのっていた。


「しばらく、街に慣れろ、瀬木根。お前のいたところはちょっと環境がおかしかったんだ。本当の世界をしっておけ。あと、一回の命だけどな」


「死神とか天子って、なんなんですか」


「パソコンとか使ってた?」


「え、はい、人並みには」


「タブってわかるよな。インターネットを使うときに、もう一つ、見たいページを出すやつ」


「はい」


「あれだよ、あれ。昔、生きてた世界とここは、隣り合わせ。多分そんな感じ。俺も本当はしらない。そう思っとけ。そんだけ」


「そういうことだ、瀬木根。お前の思ってる理屈なんて、ここでは通用しないのだ」


 グレイが、皮もむかずにバナナをかじりながら言った。しかも、横からかじっている。


「言葉は悪いけどな、俺もそんな感じで言おうと思ってた」


「あの、正太郎って、誰かわかりますか、宮内さん」


「いや、誰だそれ。しらないな」


「そうですか」


 本当かどうかは、しらない。


 だが、これ以上聞いても、無意味だと瀬木根は思った。


 むしろ、春木を食ったグレイの方が、詳しくしっている可能性があった。


「てきとうにさ、羽村がここの仕組みを説明してくれるから、焦るな。仕事はまだないから、のんびりしろよ」


 そう言われたが、瀬木根は落ちつかない。


「あ、戻ってきた。羽村、瀬木根を連れていけ。体が鈍ってるなら、鍛えてやれ。殺すなよ」


 羽村がこっちに向かって、歩いてきていた。


「わかりました」


 抑揚のない声で、羽村は答える。


 グレイは、しらない間にバナナの房をすべてたいらげていた。茎のような部分だけが、そこに残されていた。


「よし」


 そう言って、グレイは羽村の方に飛んでいく。


 瀬木根は急いでコーヒーを飲み干し、宮内に頭を下げて、グレイを追いかけた。


 広間を出るとまたすぐに街に戻っていた。急に、音が増えた気がする。


「一回、腕をみせてよ。戦う相手を用意してあげるから」

「久しぶりに、グレイの出番だなあ」


 グレイが、楽しそうにそう言った。

 さらに街の奥へ進む。


 仕方なく、瀬木根はグレイを頭の上に乗せて歩いた。


 腹が苦しくて、飛べないとグレイは言うのだった。

 

 周りの天子たちはこっちをみて、口をおさえて笑っていた。


 恥ずかしいから降りろと言っても、グレイは高い場所がいいと言い張り、動かなかった。




 俺は、どうしたらいいのか。

 一番それを聞きたい春木はもういない。


「あんたらって、あの街から出たことあるの」


「隣りの街までなら」


「へえ。ある意味、洗脳だね」


「そうかもしれない」


「多分、しらないことばっかりだと思うけど、いちいち驚かないでね」


「そういうことで、うるさいのは、こいつだよ」


 見上げながら、瀬木根は言う。グレイはまた、目を閉じたまま、眠っている。


「ここの建物を通ると、ずっと遠くの街に移動できる。死神だけが使える、うちの死神の能力」


「そいつも含めて、他の死神たちはいつもどこにいるんだ?」


「ほとんどが自分たちの街で、生活してるかな。そもそも、この街にきたのも、最近。へき地だからね」


「この世界の、地図って存在するのか」


「あるんじゃないの、ここにはないけど」


 どうでもいいことだと羽村に言われた気がして、瀬木根はそれ以上、聞かなかった。


 現れたのは、また、普通の建物だった。

 しかも、大きな通りに面していて、扉の前を平然と天子が通っていく。


 羽村が扉を開けて闇の中に消えた。

 グレイを連れて瀬木根も続いた。


 また違う場所。せまい。地下鉄のホームのようだった。


「普通だよ、地下鉄なんて。ここはもう使われてない、古い駅だけど。スマートフォンだってあるんだよ」


「おんなじ世界だよな?」


「死神は移動できるけど、天子は移動できないから、おんなじ世界ではないんじゃないの」


 少し、感覚がおかしい。いや、ここがおかしいだけだ。天井が高い。そして、階段や、すべてのものが大きいのだった。


 羽村は、黙って階段の方へ向かう。止まったままのエスカレーターと階段。歩きにくい。階段一つが、三歩半ぐらいある。


「懐かしいな、ここ。昔いたな、こっちに」

「うそだろ」

「ああ、でもグレイじゃないかな。これ、春木の記憶だった。まちがえた」

「なんの話?」


 瀬木根は、しくじったと思った。だがグレイが言ったのだから、どうしようもない。


「春木さんの記憶って?」


 ふわふわと浮かんでいるグレイを、羽村は強い視線で見上げた。


 グレイが喋っている。

 もう手遅れと思いながら、瀬木根は見上げていた。


 すべてが巨大だった。空はせまい。周りの建物は、高くても四か、五階だ。それでも、せまってくるような圧迫感がある。


 ふざけた表情で、まだグレイは喋っている。


「なんで、言わなかったの?」


「言えないだろ。俺だって、全部をしってるわけじゃない。春木さんのことを、勝手に喋るのもおかしい」


 瀬木根がそう言うと、羽村は目線をそらした。


「正太郎。春木さんの本当の子どもでは、ないんだね」


 少し、間があった。


「血は繋がってないと思う」


 二人の会話は、そこで途切れた。

 羽村の表情はなにも変わらない。





「ここって、どういう場所なんだ」


「天子たちが、みんな大きいのが特徴かな」


「別世界だ」


「そういう感覚もしばらくしたら、なくなるよ」


 地図はきっと売ってないだろうな、どこにも。

 転がっている石が自分の頭より大きくて、それがいくつもある。

 自分の目で確かめた方が、わかりやすいな、ここまで無茶苦茶なら。

 無理に話を変えた。


 だがそれ以上、羽村は春木の記憶についてなにも聞いてこなかった。

 二人がどういう関係だったのかは、自分の想像でしかない。


 しかし春木の記憶の中に、羽村に関する事柄は一つもなかったように思う。


 そういうことに、自分はうとい。


「こっちには天子以外にも色々いるからそれと戦ってみて。もう一回、移動するけど」


 一度、近くの建物の中に入った。それから、部屋の扉を開けると、また違う場所に出た。


「地獄まではいかないけど、大分、荒れてる場所かも」


 暗い場所。湿った平地。そんなところに出た。

 天子以外の色々というのは、なんだろう。


「一回、扉は閉めるから」


 両手で、羽村は扉を押した。すると、扉は消えた。

 気配が確かにあり、遠くから近づいてくる。


 一つの気配。それが、目でわかるようになった。


 名前はしらない。しかし、無性に腹が立った。


 赤羽の姿をした、なにかが前から歩いてくる。

 赤羽ではないことは、わかる。死神ではない。


 ただ、これと戦えということなのだろう。

 無垢な殺意。それが自分に向けられている。


「グレイ。燃やすから、火をよこせ」


 グレイに触れて、瀬木根は炎をまとった。


 火。


 軽く、避けられた。


 瀬木根と同じようにそれは空を駆けた。空中で舞うような動きをしている。こっちに向かってくる。


 そいつの口が裂けるように、大きく広がった。


 瀬木根は手のひらを向けた。


 迎え撃つ。手を伸ばさずとも、触れられる距離。


「ぶっ放せ」


 一体化しているにも関わらず、体の中で、グレイが叫んだ。

 その距離で、炎を放つ。


「久しぶりだから、気持ちいいな、瀬木根」

「お前な、グレイ」


 言いかけて、瀬木根はやめた。


 グレイに、そういう感情は通用しない。

 時々、ひどく残酷なことをこうやって平気で言ったり、したりする。

 姿は赤羽そのものだった。なにも思わないわけがない。


 立ち上がったそれは、春木になっていた。

 思わず、羽村の方を見た。


「出たな、春木。もう一回グレイが、燃やし尽くしてやるぜ」


 羽村はなにも言わず、瀬木根をみていた。


 前を向き直る。春木の姿をしたそれは、炎をまとっていた。

 あのとき、河原で戦った感覚がよぎった。

 瀬木根は駆けた。羽村から離れたかった。


「グレイ、全部もらうぞ」


 能力のすべてを引き出した。飛ぶ。うしろから、ついてきている。


 空中で止まって、向き合う。

 剣を瀬木根は出した。飛ぶ。馳せて、斬り上げた。

 きれいに二つに割れて、それは落下した。


 瀬木根も、地面に降り立った。

 またくっつき始める。

 自分の姿になった。


 一番、戦いやすい。そう思った。弱点だらけの存在だ。


 二つの炎と、剣。同じ姿勢で、走り出して、ぶつかった。


「押せ押せ、瀬木根」


 体の中で叫んで暴れまわっているグレイを無視して、瀬木根は一瞬、体の力を抜いて、剣を凪いだ。押しても、同じ力だ。


 聞いたことはあるが、まだ聞き慣れない音がした。

 再び、剣同士がぶつかった。力の大きさが同じだけだ。

 二回、三回。四回目で、瀬木根は横に回り込んだ。


 左から来た剣を、払った。そのまま、斬り上げる。


 それで終わった。春木の炎を使うこともなかった。斬られた塊は、土のように、色を変えた。崩れるような感じで、姿も変わった。


「終わったぞ」

「なんか、簡単すぎたかな?」


 屈託なく、羽村は笑っている。


 楽だとは思わないが、死ぬかもしれないとも思わなかった。初めて羽村に会ったときの方が、肌がひりついた。


「私自身が相手したら、殺しちゃうと思うし、宮内さんにも、止められてるからな」

「勝負だ、羽村」


 グレイが瀬木根から離れて、そう言った。


「いまからやったら、もう死んでるよ、ほら」


 小さなペン。それが瀬木根の喉元に当てられていた。

 羽村の近くに、からすが現れた。


「それずるいじゃん」

「ずるくないよ、はい、私の勝ち」


 刃を突きつけられながら、グレイと羽村のふざけたやり取りを、瀬木根は真顔で見ていた。


「殺すわけない」


 笑って羽村は、腕を下ろした。


「合格って、宮内さんにもあとで言っておくから。じゃあ、別の場所にいく」

 扉が出てきて、羽村はそれをくぐった。瀬木根も続く。さっきの街。


 閉めて、と言われた。


 扉に手をのばすと、遠くになにかを感じた。


 自分が気づいているなら、羽村も気づいているはずだ。そう思い、瀬木根は扉を完全に閉めた。

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