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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
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五 覚める


 五


 正太郎がどこにいるのか。

 瀬木根は探すようになっていた。


 正太郎は死んでしまった人間だと思う。


 救えなかった。


 それが本当に死んだということなのかまでは定かではないが、春木の記憶ではそうだ。春木は正太郎が死んだと思っている。だから、春木は自分と戦っていた。


 正太郎もここにいる可能性はある。春木は、そう考えたんじゃないか。瀬木根は、自分の存在を疑うようにもなっていた。




 神はまた仕事を与えてきた。

 ログインしたままでの生活。なにか起きたら、対応。


 春木の仲間が、攻めてくるのだろうか。


 そんなことを考えながら散歩をして日が暮れて、数日が過ぎた。


 他のやつらはリーダーも含めて姿をみせなかった。

 ただ、ログインしているのはまちがいない。


 あまり考えないようにしていた。

 その分、行動した。


 結果として天子の子どもと仲よくなって道の舗装をすることになった。グレイが火を吹いて道を焼いて、かためた。アスファルトなんてこの世界で作れるのかと思ったが、泥のようなものがたまっている場所があって、それを小石と混ぜて焼くとちゃんと固まった。考えないようにしていても頭の中に浮かんでくる。


 正太郎を探したい。


 自分とこの世界の意味。


 神は何者なのか。


 でも、方法がない。




 腹が減る。

 そして、のども渇く。


 金は常に必要な分はある。


 リーダーが大元の部分を管理しているが、それ以上、詳しいことはしらない。多分、この世界を管理している政治家みたいなやつらから、流れてくるんだろう。


 あきらかに裏があるようなこともやった。単純そうにみえてやっぱり大勢が生きていると、しがらみが生まれる。グレイが焼いた道の近くにいるので、瀬木根は汗にまみれていた。


 あとやるとしたら、なんだ。植木の手入れかな。牛とか豚の血抜きとかもできるのか。赤羽の力は体が紙のように薄くなることだった。体の一部だけを、変化させることもできる。


 あのときからだった。


 瀬木根はグレイに触れなくとも力を引き出せるようになった。


 近くにグレイがいればそれでいい。


 あいつもあいつで二人の力を勝手に使っている。


 橋が落ちた場所に近い。瓦礫の多くは流されることなく、川から頭を出して、横たわっている。


 あんな橋を天子たちが作れるのか。


 死神が、なにかの能力で作ったんじゃないのか。




 戦争が終わったって、こんな感じなのか。


 天子とはあまり深く関わらないようにしていた。いつか自分が天子たちを裏切るようなことをする可能性がある。漠然としているがそう思う。


 反対に、時間を持て余している天子の子どもたちとグレイはよく喋るし、なにかをして遊んでいることもある。


 日が傾いた。


 今日ほとんど動いてない。

 

 屋根の上で仰向けになっていたり、川の周りを歩いたりしていただけだ。


 グレイを連れて瀬木根は宿舎に戻った。


 リーダーはいなかったがログアウトしろ、と雑な字で紙に書かれてあった。


 グレイが今日あったことを喋り続けていたが、無視してそのまま宿舎からログアウトした。


「聞けよ、瀬木根。それでな」


 白い部屋。


 なぜかグレイもいた。瀬木根は辺りを見回す。確かに自分はログアウトした。


「お前、なんでこっちにいるんだ」

「え、なんか眩しい。ここどこ」


 グレイが空中でぐるぐる回り始める。また景色は白んだ。いつもの白い空間。


 それはまちがいない。でもなんだか、空気が違う。


 グレイが静かになって瀬木根のそばに寄った。


 風だ。


 どこかから、吹いている。


 扉を開けた。

 屋上へ続く階段の方向。


 そちらに風が流れている。敵がいる気配はないが、なにかがおかしい。


 階段。瀬木根は登りかけて、足を止めた。引き返す。喫煙所の方へ走った。会議室の扉がない。神が仰向けに倒れている。


「あ、こいつしってる。神じゃん。死んでるし」


 いきなり、グレイが大きな声を出した。


 瀬木根は神に駆け寄った。目を開けたままで、神は動かない。


 強く揺すった。すると神の体が砕けて、みえなくなった。手触りも消えた。自分の手にはもうなにも残っていない。


 瀬木根は立ちあがり、部屋を出た。気がつくと駆けていた。階段を登って、屋上へ出た。


「おい待てよ、瀬木根」


 低い。


 屋上? 


 いや、地上だ。


 その景色を無言でしばらくみていた。


 グレイがなにか騒いでいるが、よく聞きとれない。


 橋。

 川の流れ。

 それが逆に流れている。対岸だ。


 さっきまでいた街がみえる。まちがいない。でもどうしてだ。前に、こっちの街まできたことは何度もある。ビルはどこに消えたんだ。


 瀬木根は振り返った。登ってきた階段は確かにある。


 能力だったのか。


 神の能力か、もしくは他の死神の能力だ。


 いままで起きた現象をなんらかの方法で再現するか、俺たちに認識させる能力があるなら、なにも不思議なことはない。


 どこまで疑ったらいいのか、まだわからない。だが神は誰かに殺された。その結果がこれだ。ビルから出ることができなかった。あそこに閉じ込められていたということなのか。


 神は誰に殺されたのか。

 考えながら瀬木根は走った。


 リーダーたちは生きているのか。


 瀬木根は宿舎を目指した。


 うしろから急に気配を感じた。


 街の中。


 瀬木根は屋根の上に飛び上がる。みえない壁を出す。それを蹴ってとまった。そして瀬木根は、振り向いた。


「リーダー、生きてたんですね」


「生きてたよ。まあ、隠れてただけだがな」


「神が会議室で死んでました」


「ああ、そうか」


「リーダーは今回のことや神のこととか、俺たちがなんでここにいるのとか、全部しってるんですか?」


「全部じゃない。それにもうリーダーはやめろ。神は死んだんだ」

「教えてください。俺はやらないといけないことがあるんです」 


「場所を変えよう。こんな屋根の上で立ち話は天子に迷惑だろ。早熊さくまでいい。もうリーダーなんて呼び方はやめろ。瀬木根、とりあえず街を出よう」


「わかりました、リーダー。いや、早熊さん。でも他のみんなは?」


「いや、それがな。私一人なんだ」


「死んだってことですか」


「わからない。私一人で動いていたんだ」


 早熊はうつむきながら、小さな声でそう言った。


 瀬木根はわかりましたと、一言だけ返した。




 街を出る。

 早熊はそう言った。


 地上に飛び降りると、早熊の丸い形をした相棒が現れた。


 やはりグレイのように喋ったりはしない。グレイも話しかけたりする様子もない。多分、グレイ以外の相棒に名前なんてない。


「早熊さん。俺たちって、死んだんですよね?」


 瀬木根は早熊の少しうしろを歩いていた。


「死んだよ。覚えてるだろ、あのビルにきたときのこと。俺はまちがいなく死んだ」


「そうですよね。それまで疑ってたらもうすべてがおかしくなる」


「いや、十分おかしいよ。死んだら地獄か天国だろ。それか幽霊」


「どこに向かってるんですか」


「まだ落ちてない橋があっただろ。あそこだ。あの橋を渡ったら俺は俺で生きていく。だから、お前はお前で生きろ」


 早熊は前をみたままそう言った。


「生きるって、そもそも神が誰かに殺されたんですよ。俺たちも誰かに狙われてるってことじゃないですか」


 瀬木根は声を荒げた。


「そうだな。こっちも向こうの死神を殺したわけだからな」


 早熊は落ちついた口調で続ける。


「それは俺が春木を殺したからってことですか?」


「お前を責めてるわけじゃない。でももう元には戻れない。敵対していたのは確かだからな」


「その、神と死神の違いってなんですか」


「違いはない」


「いや全然わからないですよ、早熊さん」


「グレイが説明してやろう、瀬木根」


「そもそも、なんでお前だけ喋れるんだよ?」


 不意にグレイのそばにいた早熊の相棒が消えた。


 それから、そこにいた早熊の姿も消えた。


「早熊さん?」


「橋だ。ここまでだな」


 そこから声が返ってくるが、早熊の姿はない。


「早熊さんも複数の能力を持ってるんですか?」


 返事はない。


「それも、グレイが教えてやろう」


 橋の向こうで、日がまた暮れ始めていた。


 もう、早熊は近くにいない。


 ある特定の場所を高速で移動できる能力。


 それが元々の早熊の能力だった。姿を消すのは多分、別の死神の能力を奪ったのだろう。自分がやったように。





「なあ、お前さ。俺が色々聞いたけど、いままでなんにも答えなかったよな、グレイ」


「そうだな、ずっとずっと前に神に言うなって言われてたからさ。でももう死んだから、大丈夫」


「じゃあ、この世界の仕組みを教えろよ。俺らが戦ってた死神がいただろ。あいつらはなんのために戦ってるんだ」


「おんなじでしょ。神に命令されてるから」


「神は何人いる?」


「たくさん?」


「神はどんな能力があるんだ。あのビルはなんだったんだよ。俺のこの体はいまどうなってるんだ。四回死んだら終わりなのに、なんで俺や赤羽は生きてたんだよ。間違いなく四回以上、俺は死んだ」


「なんか、すごいことできる。じゃあ死んでないんだよ。能力じゃないの能力、能力。わからないことが起きたらそういうのは大体、能力だ」


「人間と天子と死神と神の違いは? 俺は本当の意味では何回死んだんだよ?」


「生まれた場所が違うんじゃないの。いや、そういうのは卑怯だぞ瀬木根。そういうのはわかんないから。誰か、わかる死神に聞けよ。春木の記憶では三回だろ。三回、春木に殺されてる。わかってるじゃん」


 小さくため息をついて瀬木根はまた歩き出した。橋を渡る。


 ここから先は、ほとんど自分もしらない場所だ。


 命を狙われていることは、まちがいない。


 






 想いだけが自分の中に残って消えない。


 春木の記憶やら意識やらが自分の中で暴れまわっていた。それがいま落ちついた。しかし消えない。まるで自分が考えていることのようにそれを思う。


「しばらくここにとどまって、それから旅に出るぞ」


「そうなんだ、なんか楽しそう」


 自分の考えていることにまちがいはない。


 春木の仲間に会うこと。まずはそれからだ。


 待っていれば、そのうち向こうからやってくるに違いない。


 でも街の中で戦闘になったら、天子たちに危険がおよぶ。


 方角は、東。

 山があった。川の流れと反対側だ。


 蚊に刺されるかな。


 この世界に虫除けスプレーなんてないよな。


 蚊とり線香みたいのはあるのか。いや、そこまで山奥まではいかないだろう。


 川沿いを歩く。


「グレイ。お前は重要なことはなんにもしらないな」


「しらないなあ」


「聞いてるのか、おい」


「いまちょっと、忙しいから」


 草むらの上を飛ぶ小さな虫の群れに向かって、グレイは火を吹きながら追いかけまわしていた。


 気がつくと川の幅が狭くなっていた。石も大きなものが目立つ。

 瀬木根は水に近づいた。

 対岸はそれでも遠く、小さい。

 足元が不安定だ。


 腰を降ろすというより、背中を預ける感じで体をそこに沈めた。


 石は暖かくなっているが、風はすでに熱を失っていた。日が沈み始めた。







 待った。


 もう、暗くならない。


 むしろこれから再び日がのぼるという感じだ。


 眠ってはいなかったが、視界はぼんやりとしていた。

 

 その感覚の中に異物が飛び込んできた。

 焦点を座ったまま瀬木根は定めた。


 誰かが遠くにいる。瀬木根は立ち上がった。体を大きく伸ばして、息を吐いた。


 背が小さい。


「神。生きていたのか」


「違うよ」


 答えたのは、グレイだった。


「じゃあ、こいつは誰だよ」


「死神じゃないの、しらないよ」


 神の姿をしているなにか。死神かどうかはわからない。ただ、言葉が通じるような感じには、みえない。獣の類と向かい合っている感じだった。


「こいつを殺したら、旅だ」


 グレイに触れて、瀬木根は言った。

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