四 光
四
「なあ、瀬木根。瀬木根、ほら」
その声で、瀬木根は目を覚ました。
「グレイ、正太郎はどうした」
「誰?」
「俺は、勝ったのか。あの男はどうなった。俺は誰だ、グレイ」
「みて、それより。ファイヤー」
グレイが口から火を吹いた。
「ドラゴン、つまりは竜。ファイヤー」
小さく丸い石が転がっている。横をみると水の流れがあった。
あの河原らしい。
瀬木根は体を起こして手をつき、立ち上がった。
「瀬木根、大丈夫か」
川の反対の方向から声がした。チームのリーダーだった。
「大丈夫です。なにかあったんですか」
「なにかあったかって、お前、二日も帰って来なかったんだから、そりゃ探すだろ」
「二日ですか。ここはどこです、そもそも」
「街から、ずっとずっと南だよ。神がそろそろ探しにいけってな。俺たちも昨日、状況を把握したんだよ」
「赤羽は?」
「赤羽はな、戻ってこなかった」
「そうか、すいません。あいつは死んだ。そうでしたね」
死んだ?
いや、死んでないだろ。
だってログアウトしたら、あのビルに戻るから、死なないだろ。
ログアウト?
ログアウトって、なんだ?
これから俺はどうやって正太郎に会いにいけばいいんだ?
「リーダー。神は他になにか、言っていましたか?」
「瀬木根、みろってほら。ファイヤー。グレイはこんなこともできるようになったぞ」
「そうだな、わかった、わかった」
「とりあえず、ログアウトしよう。神が呼んでる」
なんだ? これ。
「いや、あの宿舎まで戻らないと無理だな」
瀬木根の頭の中に、様々な事柄が頭の中にある。
それらをすべて放置した。
腕は再生の能力を使った覚えはないが、治っている。
動かない部分はない。歩ける。
「ファイヤー」
足元でグレイが口から火を吹いている。
これもよくわからない。
宿舎に戻って、それぞれログアウトした。
いつもの白い空間で、目を覚ました。
それでも瀬木根は覚えていた。
すべてに辻褄が合うわけではないが、やはりしらないことをしっている。
「よう。やっと殺せたな。春木っていうんだよ、あいつは」
部屋に入り、席について神と向かい合う。先に神が口を開いた。
「聞きたいことが、山ほどあります」
「へえ」
「そもそも向こうの死神はなんで、戦ってるんですか?」
「お前、そんなに頭よかったかな、瀬木根」
瀬木根は質問の答えを待った。
「ああ、春木から聞いたんだな?」
神は、鼻をかくような仕草をした。
「なんで、お前なんだと思う、ここにいるのがさ。お前は自分のなにが特別だと思う?」
「すいません、言っている意味がわかりません」
「お前がなにをどう感じようと、仕事はこれからもしてもらうぞ?」
「なんのために、俺はその仕事をするんですか」
神は、席を立った。
「僕の手のひらで踊れってことだよ。でももう少し、自分に自信持てよ、瀬木根。お前は特別なんだから」
神が肩を軽く叩いた。
瀬木根はなにを言ったらいいのか分からず、神が座っていた席をぼんやりと見ていた。
しばらくして部屋を出た。いつものように神の姿はどこにもない。
死後の世界に、インターネットはない。
辞書もない。
そうだよな、死んだんだよな、俺。
なにやってんだろう、死んだのに。
喫煙所にいく気分ではなかった。
リーダーたちはまだ、ログインしている。
屋上。
夕方の街を見下ろす。
一人でいた。待っていてももう赤羽はいない。
四回死んだら五回目がない。それは春木の知識だった。
それをいま俺はしっている。
俺も赤羽も、春木もそうだった。
余計なこと、やったな。
どうかしている。俺も、みんなも。
なんで、ちょっとだけ前みちゃったんだろ。
この世界も天子のいる世界も、好きになってたよな。
赤羽も春木も俺も、どう考えたって生きてるよ、ここで。
死後の世界なんて用意すんなよ。
なんで、死んだ世界で人殺してんだよ。
英雄にでもなった気でいたのかよ、馬鹿が。
確かにこの世界は狂ってる。
俺も狂ってたよ。
でもいまならそれが、わかる。
いまさらわかるよ。俺は、まだ生きてる。
まだ死んでなんかいない。
吐きそうだ。
泣いていた。
そして俺は戦えてしまった。
どういう感情だよ。
俺は普通に生きていた人間だぞ。なんで、人を殺すことが楽しんだよ。
春木という人間を殺した。
赤羽。
俺は、もうわかってる。
俺は、お前の体を、グレイに食わせた。
だから、お前の能力を使えた。
そして春木に勝てた。
戦って殺した春木の体も、グレイが勝手に食った。
グレイが火を吹いていたのは、春木の能力を手に入れたからだ。
でも春木の記憶はあるのに、お前の記憶やお前のことも、なぜかわからないままだ。
ただ、お前のあの能力をもらったから、俺は死ななかった。
西日が走った。
人が、二人死んだ。
一人は、俺が殺した。
足を投げ出して座り込んで、呆然とただ赤い空をみていた。
膨れあがっていく、借金。
別のところから借りて、返して、また別の場所に借金ができて、高飛び。
光。
光だった。
場所は三宮駅の前。季節は夏。
ビジネスホテルから出た夕方、カフェの前を通って風俗店に近い大きな通り。ベンチがたくさん置いてある、歩行者しか通れない道。春木と正太郎は、そこで出会った。




