三九 駒
三九
「おい、本当にこっちであってるんだろうな」
「移動系統の能力を手に入れてから、グレイの方向感覚は大分、成長した。しかし氷生がいるのかどうかは、わからない」
「じゃあ、お前はどこに向かってるんだ?」
「外倉の国の、雰囲気が危ない感じの方向だ」
瀬木根は、まだ青い空間の中にいた。
ただ、異質な感じは明らかだった。確かに晴れてはいるが、空が淀んでいる気がするのだ。
氷生の、竜が起きる。もしくは、あの海牛が暴れる。それらが心配だった。いや、結果として氷生を守ってくれるならそれでいいが、下手なことをして、敵意を持たれるのも危険だ。
町谷から、話は聞いている。殺すのが目的でないのは、わかった。
氷生におかしなことはさせない。
世界の中へ、降りる。空が瀬木根を包んだ。
頭の中で、大まかな方向を瀬木根は描いた。前に宮内と一緒にきた場所とは、離れている。
貧しい街。そんな印象を受けた。
外倉の国で、天子たちの街は、どこもそんなようだと聞いていた。まさに、聞いた通りだ。なにかが、腐ったような匂いがする。
瀬木根は、扉を出した。
直感で、かなりの距離を移動するだろうと思った。グレイと一体化し、扉をくぐる。
急に高低差が生まれた。
コンクリート?
ビルだった。
深い部分の情報は、まったくない。
ここが、外倉のいる世界なのか。
「この子で、いいんでしょ」
気を失っている氷生を、指差して羽村は言う。
ビルの中の一室。
部屋には生田もいた。
「そう、そう。こいつだ。こいつは、外倉が前から欲しがってた死神だ」
「外倉の能力を、使わせてもらえるんでしょ?」
「外倉が帰り次第、僕から頼んでみるよ」
羽村の前には、確かに自分が殺したはずの神、生田がいる。
羽村たちがいるのは、生田が能力で作り出した空間だ。移動系統と、創造系統の中間のような能力だ。
瀬木根たちが行っていたことを、まさか自分がやるとは、思っていなかった。
羽村の体は、本当に、完全な実体としてそこに存在した。だが、死んでも、このビルの部屋に戻ってくる。
「お、目を覚ますぞ。外倉がくるまでてきとうに相手をしてやれよ。外に出るから、連れてこい」
生田は入口の扉に背をつける。
氷生が、体を起こした。
「こんにちは」
羽村は身を屈めて膝をついて、そう言った。
五稜は、本当にどうしたらいいのかよくわからなかった。
青い空間に漂って、外倉がいたはずの場所をぼんやりとみていた。
外倉は、今回のことを本当にしらないのか。
外倉は、沙灘のことを、本当に殺したのか。
「誰だ、てめえ」
誰かが、そんなことを言った。五稜はその声の方をみる。
裏切られたという気持ちは強い。
「おい」
そう言った死神が、五稜だということに気がついて、目を大きくした。
「お前」
「は、はい」
急に男は背を伸ばし、指先までまっすぐになった。
「外倉たちの住んでいる場所は、あっちか」
五稜は指をさす。
「そうです」
男は声を張って、答えた。
「じゃあ、お前はこっちにいけ。誰にも、俺に出会ったことを言わず、しばらく戻ってこない方がいいぞ、危ないからな」
「わかりました」
男はそういうと、手をばたつかせながら、五稜の示した方へ飛んでいった。それをみてから、五稜はその男に姿を変えた。
正しいことをしよう。
五稜はそう思った。
かろうじて、自分がいま、なにをしなければならないのかは理解できた。本能だと思った。もう、自分に染みついている。揺るがないんじゃない。もう、そういうものだと思ってしまうのだ。
外倉は能力で、沙灘の能力を奪った。
だが、五稜は違う。亡骸を相棒に喰わせて、受け継いだ。
生田の時間を、外倉は巻き戻した。生田自身も、なにかの能力で完全に死んではいなかった。そうでなければ、沙灘の能力でも生田が元に戻ることはできない。
五稜は、青い空間を進んだ。
「お姉ちゃんたち、誰?」
氷生は不安そうな顔で、そう言った。
「瀬木根さんの、友達だよ」
「なんで私、ここにいるの。瀬木根さんは? 町谷さんは?」
「ここにはいないの。でももう少ししたら、迎えにくるからね」
羽村は、そう言ってから、自分の言ったことは嘘でないと思った。
必ず、瀬木根はくる。
それも覚悟はしていた。いまさらだ。後悔なんてない。だって春木さんを殺したのは、あいつだ。
「なんで、私はここにいるの?」
「移動系統の能力で、ここにきたんだよ」
羽村は笑った。笑うことができた。
恨んでない。
なんて、言えない。我慢しただけだ。
私だけが。
「なんで、なにかあったの? 瀬木根さんは、無事なの?」
「無事だよ。いこう、氷生ちゃん」
羽村は手を伸ばした。
氷生は見上げながら、ゆっくりとその手をつかんだ。
羽村は、いこう、と言った。
入口に立っていた生田が、無言で頷く。
生田の能力で作った場所の外に出る。
灰色の平屋が多い。変わった街並みだった。その平屋の入口から、羽村たちは出た。扉を出す。
この変わった街の奥に、外倉はいつもいる。誰も住んでいない平屋が、何百と続く、この街の奥だ。
吐くほど、外倉には犯された。だが途中から、どうでもよくなった。そんなに自分を犯したかったのか、と羽村は思った。
外倉は自分自身を壊したがっていた。それが、わかった。ある意味、かわいそうな男だとも思った。こんなことでは自分の欲求は満たせない。それをわかっていても、他にどうしたらいいのかわからない。外倉はそういう男だった。
抵抗しなかったのは、殺されたくなかったからだ。外倉はただの哀れな男だ。だからといって、同情はしなかった。自分はまだ耐えているからだ。
宮内の国の領域で、羽村は外倉の国の死神たちに捕まった。
散々な目にあったあと、羽村の目の前に、ふらっと生田が現れた。
そこで、生田が生きていることをしった。
あのビルにいた生田は、死んだ。それは間違いない。だが外倉の能力で、生き返ったと生田は言った。
それを聞いて、羽村の頭には、すぐに別の考えが浮かんだ。
もう一度殺す、などということは、微塵も考えられなかった。
春木を生き返らせる。羽村の頭の中にあったのは、それだけだった。
外倉。
街を進んでいると、目の前に現れた。表情で、本当に驚いているのがわかった。
「お前が欲しがってたものを、持ってきたぞ」
生田が言った。
「この子は」
「お前が欲しがってた死神だ。嬉しいだろ?」
口だけが動いて、なにかを外倉は言おうとしている。
羽村はうしろをみた。三人が歩いてくる。
前を歩いているのは加藤。そのうしろに、瀬木根と五稜がいた。
加藤はなぜこんなところにいるのだろう。宮内の国に、逃げているはずではないのか。渡し屋はどうなった。
「あらら、とんでもないことになっちゃったね」
そう言って笑う生田を、羽村はみた。初めから、五稜と外倉を争わせるつもりだったのか、生田。それに、自分は利用された?
能力は?
外倉の能力は?
「春木さんは生き返るの?」
羽村は外倉に向かって、言った。
外倉がみていたのはもっと遠い場所で、羽村の言葉は耳に入らなかった。
「生田。どういうことだ。お前が」
「いや、羽村がさあ。僕は止めたんだよ、やめろって。外倉はそんなことをしても喜ばないってさ、言ったのに」
生田は、そんな話を続ける。




