三八 希望
三八
「俺とここでやり合って、気が晴れるのか?」
千石は、炎に身を包んだ瀬木根に問うが、答えはない。
こいつはもう少し鍛えれば、いい死神になるし、ここで殺したら、五稜さんになにを言われるか、わからないからな。
千石の相棒のカメレオンが、緑に色づく。
カメレオンは、吸収系統の能力でためておいた砂を吐き出した。
砂で物を作る能力も砂になるものがなければ、使えない。しかし、それを補うのは、簡単だった。
「俺の方が速く動けるし、その炎は俺に届かない。勝てるのか、瀬木根」
千石はカメレオンと一体化した。瀬木根が火の玉を飛ばしてきたが、千石は砂で壁を作って、消し去った。
「お前の持っている能力では、こんなもんだ。斬りかかってみろ」
喋りながら、千石は瀬木根に近づく。
瀬木根は、剣を出した。それを振ってきたので、大人しく斬らせてやった。千石の首が跳ね上がる。血は出ない。それを千石は自分の手でつかんで、元に戻した。
「どうする、斬っても、俺は死なないぞ。なにかないのか。こういう能力に対しては、真っ向からいった方がいいぞ。もしくは、お前の吸収系統の能力で、俺の砂と同化するかだな」
喋っている間も、瀬木根は斬ってくる。だが千石の体は、斬られてはくっつくということを、ただ繰り返している。
「俺の助言を、少しは聞け」
砂をまとった状態の腕で、千石は殴りつけた。瀬木根の体は炎になり、風に煽られたように流れた。
「完璧な能力なんか、ないんだよ」
瀬木根の顔が、苦痛に歪んだ。
「吸収系統の能力を使って、相手の性質かその反対の性質を取り込むんだ。そうすれば、訳はない。お前も春木と戦ったとき、そうやっただろ」
経験が浅すぎるな。
瀬木根が振ってきた剣を避けて、砂をまとったまま、腹に拳を突き立てた。また瀬木根の体は炎になったが、意味はない。
瀬木根は、気を失った。
「グレイ、出てこい」
「え、なんですか」
グレイが、瀬木根の体から顔を半分出した。
「お前も痛みは感じるのか?」
「あ、はい。多少は」
千石は、グレイの頭を殴ってみた。勢いで、グレイが瀬木根の体から飛び出した。
「痛いって言ってるじゃないですか。能力を付加した状態は駄目、本当に」
「そうなのか、やっぱり相手の能力を取り込むと、攻撃が効くようになるっていうの
は、理にかなってるんだな」
試しに、千石はカメレオンから離れた状態で、もう一度グレイを殴ってみた。
「痛いよー」
千石は、グレイを睨んだ。
「嘘です、すいません、本当は痛くないです、はい」
「なるほど、勉強になった」
漂っている瀬木根を、千石は背負った。
「この馬鹿の代わりに、もう一人の馬鹿がいった」
「え、なんですか?」
「勝手に解毒したな?」
「いやなんか偶然、解毒しちゃった、みたいな」
千石は、能力を込めてグレイを殴った。
「千石さんは、眠ったか?」
「ああ、しっかり眠ってる。やり方次第ではなんとかなるもんだな」
グレイは、そう言って笑った。
瀬木根は、千石が殴ってきたときに触れ、吉光の能力を使った。
効かないのかと思ったが、すぐに千石は動かなくなった。
千石の体を支え、世界の方へ動く。千石の腰のあたりには緑色のカメレオンがいるが、敵意はないようだ。
「五稜さんが向かったのか」
世界の中へ入ると、ビルの外に町谷が出ていた。千石の体を渡す。
「お願いします」
「はい」
町谷はなにかを言いたそうにしていたが、瀬木根はそのまま青い空間に出た。
「他の死神の能力を吸い取る力は、ずいぶん上がったみたいだな」
「千石さんの移動系統か、これ」
「まあな。吸収系統の能力はこういうのがあるから、便利だよな」
瀬木根は、体を全力で飛ばした。
大まかな方向しかわからない。近道の仕方もしらない。だが、宮内ではなく、外倉の国をただ、瀬木根は目指した。
「お前が、ここまで馬鹿な弟だとは思わなかったぞ」
「なんの話?」
「氷生という死神を、返せ」
「はあ?」
「どこにやった」
「俺がしるかよ」
「羽村をよこしたのは、お前だろ、外倉」
「羽村? 羽村がなんだよ」
「それにお前は、沙灘の能力を持ってたんだな。もちろん、お前の元の能力は吸収系統だったことは、覚えている」
おそらく、二十人ほどの死神をすでに五稜は葬っていた。場所は、外倉の国の領域にあたる、青い空間だ。
「俺は、なんにもしてないぞ」
「羽村が、お前の欲しがってた子どもの死神をさらった。それが、お前の指示じゃないっていうのか?」
「俺はしらない」
「羽村は、こっちに逃げてきた。あの死神は、もう宮内を切ったのか?」
外倉は、考えるような表情をした。
「まあ、いい女だぞ、あれは」
そんなことを言ったが、外倉は真面目な表情をしていた。五稜には意味がわからなかった。やっぱり、羽村は外倉の国についたというのか。
「探したかったら、探せば? 俺はなんにもしてないから。氷生って死神は、あんたがここまでやるほどなんだろ。俺は、そこまで馬鹿じゃねえよ」
「探すよ。お前に言われなくてもな。ついでに聞いておくが、お前は、なんで沙灘が死んだか、しってるか」
答えなんてわかりきっているから、もう聞くことはないと思っていたこと。どうして、いまそんなことを言ったのか、自分でも、わからなかった。希望があったのかもしれない。
兄弟であり、家族だから。
また、外倉は答えないだろう、と五稜は思った。
「それは、俺が、殺したからだ」
外倉は、そう言ったらしい。
「なあ」
「姉貴は、俺が殺したんだよ」
外倉の表情と、叫ぶような大声が、なにを物語っているのか。
五稜はわかりたくもないし、認めたくもなかった。
それでも、心の中で首を縦に振ってしまった。
「どうして、だ?」
五稜は口の中だけで、そう言った。唇が震えてうまく動かせない。
外倉は、移動系統の能力を使った。離れた場所に現れ、そしてまた消えた。
五稜の視界から、遠ざかっていく。
疑問しか、頭に浮かばなかった。
追いかける気には、なれなかった。




