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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第三章 玲瓏
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三七 猫 十一


 三七

 


「最近の仕事は、気を失うことかな」


 グレイのふざけた声。そして目の前に、ふざけた顔があった。


 瀬木根はどこかの部屋にいた。蛍光灯がついている。


「グレイ、氷生のところへいくぞ」


 言って、そこで初めて瀬木根は自分が手足を縛られて、座り込んでいることに気がついた。砂。それが輪になって、完全に自分の自由を奪っている。


「まあ、落ちつけ、瀬木根」


 瀬木根は、春木の能力を使おうとした。だが、炎が出ない。


「落ちつけって」


「グレイ」


「グレイが吉光の毒を、お前に打った。こんな能力もあるなんてな」


 千石が、いきなりその場に現れた。


「俺はいますぐ、氷生を助けにいくんだ。離してくれ。氷生がさらわれたんだ」


「さらわれたのは、わかっている。だが、いかせない。これは、もうお前一人の問題じゃない。ここは、国だ。五稜さんに話は通してある」


「俺は、二人に約束したんだ。グレイ、扉を出せ」


 手足を縛られたまま、瀬木根は叫んだ。


 千石が、瀬木根の腹をいきなり蹴りつけた。


「約束を守れるだけの、身の丈じゃなかったお前の無力さを恨め。お前は、俺一人にひねられる程度の、どこにでもいる死神だ」


 千石が言う。


「あ、瀬木根お前」


 グレイが慌てる。


 赤羽の能力。それは使えた。


 体が平らになり、砂の枷を瀬木根は抜けようとした。


「グレイ、眠らせろ。いま、こいつに構っている暇はない。俺は忙しい」


「あ、はい」


 グレイが、瀬木根に噛みついた。なにかが、体に入ってくる感覚がある。


「町谷を呼んでくる。どうせ、ここから外へは出られないが、暴れて死なれても、面倒だ。目を覚ますたび、眠らせてやれ」


 ふざけるな。


 俺は、氷生を。




「千石」


 移動系統の能力を使って、部屋に五稜が現れた。町谷も連れていた。五稜は一瞬だ

け瀬木根に目をやったが、すぐにこちらに視線を戻し、小さく頷いた。



 千石は、青い空間に出た。町谷を置いて、五稜も現れる。


「加藤の姿もみえません」


「なんなんだ、一体。羽村が向かった先は、結局、外倉の国じゃないか。あいつは、宮内の国に長くいる死神だろ? 宮内を、切ったのか」


「それは、いま調べています。外倉の国に取り入るつもりかもしれませんし、すでに外倉の国の死神なのかもしれません」


「瀬木根に、悪いことをしたな」


 残念そうな顔をして、急に五稜は言った。


 町谷の言った、羽村ともう一人、という話ではなかった。


 何人もの渡し屋がいて、氷生と羽村をどこかへ通して、それぞればらばらに散って消えた。移動系統の能力に特化した死神の中には、あの青い空間にさえ扉を出し、さらに距離を縮めることができる者がいる。それをやるには相当な体力が必要で、一定の期間に一度切りという制限もある。そういう死神が何人も用意されていた。


 計画は、ずいぶんと綿密だった。あんな、子ども一人をさらうのに。


「俺の弟が、瀬木根に悪いことをしたな」


「五稜さん、今回は駄目です、やめてください」


「お前は、口を出すな、千石。あいつは俺の弟で、家族だ」


 五稜が、珍しく大声を出した。


 こうなってしまっては、もう自分ではどうしようもない。五稜の怒りを鎮める術など、自分にはない。千石はそう思った。


「いまから、乗り込む」


「一人でいってください」


 それぐらいしか、言えない。


「わかってる」


「氷生を助け出したら、すぐに戻ってきてくださいね。あくまでも、五稜さんは、瀬木根のために」


「ここは国だ。沙灘に顔向けできないようなことを、俺はしない」


 五稜が背中を向けた。そして遠くなり、みえなくなった。





 外倉を殺しはしない。そう、言ったのだろう。


 五稜が、沙灘と口にしたのは、本当に久しい。いつも、その名前はあえて言わなかった。


 自分が口を出すべきことでもないとは、思ってきた。だが、そろそろこの兄弟も、お互いにぶつかってみるべきなのかもしれない。


 殴り合えばいい。そしたら、自然と自分の言いたい言葉も出るだろう。そんなことは、口が裂けても言えなかった。


 ずっと、千石は五稜をみてきた。


 沙灘が死に、そして、弟として接してきた外倉が、自分の元を去った。


 五稜は一人になった。


 言葉がなかった。


 自分でさえ、五稜に対してなにも言えなかったのに、外倉と和解しろなどと、誰が言えるだろう。


 そういうものなのか。いや、そうだとも、言い切れない。全部、自分で決めたことだろう?


 誰に問いかけたのか、千石は迷った。


 国同士の関係。新しい世界の構築。


「馬鹿が」


 呟く。


 視線の先に、瀬木根がいた。


 グレイが毒を解いたか、もしくは、町谷がなにかをしたのだろう。


 だがもう、五稜が外倉の国へ向かった。


「事情が、変わった。だがどちらにしても、お前をいかせはしない」


 瀬木根がこちらを向いた。


 血走った目。


 すでにグレイと一体化しているのだろう。


 低い、燃える音がした。炎が、瀬木根の体を包み込んだ。

 

 

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