三六 猫 十
三六
虎。
なぜか、青い空間にいた。瀬木根は生唾を飲んだ。
千石も、表情を変える。
「町谷が、近くにいるのか」
千石が、一つの方向をみた。虎が背中を向ける。自分たちを案内するつもりなのだ
ろう。
「あっちか」
虎のうしろについて、その世界へ二人は近く。
青い空の中へ落ち込む。なにもない。茶色い土が目下に広がっているだけだ。
「町谷」
千石が、大きな声を出した。
町谷が倒れている。虎が、低い声を出す。二人は急降下して、地面に降り立った。
「おい、町谷。起きろ、おい」
千石が、うつ伏せに倒れている町谷を乱暴に転がす。腹から血が溢れているし、顔
の色がおかしなことになっている。
顔を叩いた。虎も心配しているようで、町谷に顔を寄せている。
「あ、千石さん」
少しだけ、町谷が目を開けた。なにかに取り憑かれているような目をしてる。
「氷生ちゃん」
いきなり、町谷は大声を出し、体を起こした。
「痛」
千石が、両腕で町谷を押さえ込む。
「いますぐ治せ。腹が、血で濡れている。死ぬぞ」
「氷生ちゃんが」
「町谷、早くしろ」
千石がもう一度言うと、町谷は我に帰ったようで、虎と一体化した。それから胸に手を入れ、皮を剥ぐ。町谷が白む。
「大丈夫です。全部、元に」
瀬木根も、千石も、胸をなで下ろした。
町谷の傷を治す能力は、瀬木根も聞いていた。
「氷生ちゃんが、あの羽村って女にさらわれました」
意味がわからない。
もう一度、瀬木根は頭の中でその言葉の意味を考えた。それでも、わからない。
「どこへいった、その女の死神は」
「わからない、です」
「氷生は、どこにいるんですか、町谷さん」
瀬木根は、両手で町谷の肩を掴んだ。
「もう一人、男の死神がいて」
「一体、どういう状況なんだ、瀬木根」
千石が言う。
「宮内じゃなく、外倉が絡んでいる可能性があります」
町谷は千石に向かって言った。
「なんで、羽村さんが」
町谷が目を伏せる。
「おい、答えろ」
瀬木根は声を荒げる。
「瀬木根。そもそも、お前の知り合いで、お前が看病しようとした死神だ」
なぜ、羽村が氷生をさらうのか。
外倉の国?
瀬木根は立ち上がる。
「瀬木根、いかせないぞ? 説明しろ」
足が、動かない。みると、砂が地面から湧き上がり、自分の足首まで絡みついて固まっていた。
瀬木根は、体を炎で包んだ。
「二度は言わないぞ、瀬木根」
千石は立ち上がり、手のひらを瀬木根に向ける。土煙が起きた。
「俺は」
腰まで、砂が巻きつく。赤羽の能力を使い、砂をすり抜けようとした。
千石が、瀬木根の腹を殴った。
一瞬で、瀬木根の意識は飛んだ。
「グレイ、余計なことはするな。俺は、瀬木根を殺したりしない」
顔の前にやってきたグレイに向かい、千石は言う。
「あ、はい、なにもしてません、なにも」
グレイは、千石から急いで離れた。
「羽村だったか?」
「そうです」
千石が自分の方を向いて聞くので、グレイは答えた。
「宮内の国の死神だったはずだ」
「はい、そうです」
「町谷、そもそもお前はここで戦ったのか?」
「はい。あの女を、加藤さんが家に連れてきて、瀬木根さんがいなくなったあと、いきなりあの女が移動系統の能力を使って、氷生ちゃんをさらったので、追いかけて、ここで戦いました」
「で、負けたわけか」
千石は鼻を触って、考えた。その羽村という死神は、もうここにはいないし、戻ってくることも、もうないだろう。
この様子だと、目を覚ましたら、瀬木根は暴れまくる。あてもなく、氷生を探しにいくだろう。
羽村は、自分でここにきた。それは間違いない。こいつらの話の限りでは、初めから氷生をさらうのが目的だった感じがある。
千石が見上げると、部下の移動系統の能力を使える死神が三人、現れた。
「瀬木根は、俺が連れていく。町谷、お前もこい。お前ら、加藤を探して、俺のところへ連れてこい」
返事をして、三人の死神は、再び青い空間へ出て、加藤を探しに向かった。
「加藤をここへ連れてきたのは、俺の責任だ」
沈んだ表情の町谷に向かって、千石は言う。おそらく、加藤は羽村とつながってい
る。氷生は、もうこの国の死神だ。
五稜のところへいき、すべてを話さなければならない。千石はそう思った。
グレイは、千石の相棒をみつけた。
初めてみたことになる。腰の辺りにくっついている。
カメレオンだった。なるほど、とグレイは納得した。無色透明になれるのか。
瀬木根が目を覚ましたら、教えてやろう。グレイはそう思った。
羽村が、氷生をどこかへ連れていったと言うが、まったく話が読めない。
難しいことは、わからない。
とりあえず、千石の相棒がカメレオンだったということは、グレイにとっては大発見だった。




