三五 猫 九
三五
羽村の刃が、肩と肘の間を跳ねた。
血が吹く。
痛みが、左から全身に走った。それでも町谷は倒れざまに、右手で能力を使っていた。もう、腕は完全に生えている。
転がる。
立とうとしたところに、もう一度、斬撃がきた。腹を刺された。
町谷は奥歯が軋むほど、食いしばった。
なめるなよ。
前に出た。膝。鳩尾を突き上げる。刀から羽村の手が離れた。
町谷は腹に刀が刺さったまま、腕を振りかぶった。
町谷に刺さった刀が、消えた。羽村の手元に移動している。虫を払うような雑な動きだったが、羽村は刀を振って、距離をとった。
刀を移動させたのか。それなら数秒、能力を使えないはずだ。町谷は傷を治さず、踏み込んだ。
振ってきた刀を、わざと左肩に刺させた。当然、痛みはある。
「くたばれ」
右の拳をかためて、振った。羽村も前に出てきた。羽村の肩が胸に当たる。内側に潜り込まれた。腕と足を絡ませてくる。
打てない。
羽村と刀が、消えた。
傷はまだ治していない。
町谷は、羽村が死角からくると、もうわかっている。
反転して、前足で地面を蹴る。
真正面。羽村が、振ってこない。
びびったな?
能力。
左と腹は、一瞬で治った。町谷は大胆に、刀身の腹に手を伸ばし、触れた。防具もなにもない左手で、右に押す。そして刀身を、右腕で泳ぎ越す。
入った。もう、刀は振れない距離だ。
右肩を固定して、胸から羽村にぶつかる。
「馬鹿なの?」
羽村が驚いて、声を上げる。
「痛いのが好きなんですよね、私」
町谷は笑った。羽村の刀を握った左手からは、血が流れている。
「もう、間に合わない、残念だけど」
羽村が言う。
町谷の横っ腹に、衝撃が走った。
羽村は順手に構えたまま、柄で町谷を打ったのだった。
傷は、能力で治せるのに。
くそ女が。
町谷の体が、くの字に折れた。
羽村は、柄を町谷の脳天に叩き込んだ。
痛みは一瞬だけだった。
町谷の意識が、途切れた。




