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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
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三 雨

 

 三  

 

 しがらみは続く。


 春木はるきという男がいる。


 全身が水に浸ったような状態で汗にまみれていた。


 無限にある時間の中で追いかけられて、春木は目を覚ました。


 夢なら覚めてほしい。

 嘘なら、真実を教えてほしい。俺の子どもを返してくれ。


 俺は俺を追いかけて、捕まえて、その背中に叫ぶ。

 向こうは振り返って、俺の胸ぐらを掴む。


 二人ともまぎれもない春木自身だった。

 眠るたびにその夢をみる。




 春木は死んだ。

 そして、自分が正太郎を助けることができなかったのだと悟った。




 神。

 その姿は青年だった。

 命令されて、春木は動いた。


 郵便局員から殺し屋になった。


 死んでそうなった。死んでから、まだ日は浅い気がする。


 だが、自分のしっている常識や理屈が通じない世界なのだと割り切った部分は、すでに多い。


 この世界に人間はいない。天子が生きる世界。成り立ちはしらない。命令されて、天子の体を乗っ取ってここにいる。




 半分はゲームのようなもの。


 神にはそう説明された。異論を唱えるような余地はない。いまは神がそう言うなら、そうと考えるしかない状況だ。


 それでも世界が続くなら俺はこの世界で生きる。

 ましてや希望だってある。


 後悔をなかったことにできる。死んだ人間を生き返らせることができる。


 それが、その人間こそが正太郎だというなら、俺はなんだってやる。


 俺は正太郎の父親だ。




 雨。


 こんなときに降ってやがる。


 覚醒している。

 そんな感じだ。だが、それは向こうも同じだ。


 あの日も雨だった。


 死神の相棒はたいていが鳥の形をしていると思っていた。しかし、向こうのそれは丸い。それにどうやらあの丸い相棒は話すらしい。


 春木は男と対峙している。

 川にかかっている、橋の上。

 周りには誰もいない。


 自分と標的のその男。

 そして、それぞれの相棒だけだった。

 名前はしらない。


 大きな水たまりに。自分と鳥の姿をした相棒がぼやけて映っている。絶え間なく雨粒で波紋が広がる。


 この男が自分を殺しにくると神は言った。


 今日この男を殺せば、終わりだ。


 確かにその通りだ。


 少なくとも計三回。


 自分は、この男を殺している。


 次でこの男の命は本当の意味で尽きる。


 死神は四回殺せば死ぬ。

 それは自分も同じだ。


 春木の相棒が姿を変える。


 火。


 一瞬だけ、白煙が春木を包んだ。すべてが炎になる。


 あと一回で、この男は死ぬ。


 男が歩いてくる。その姿を春木は見据えた。

 また迷いを決意で打ち消し、両手に火の玉をたずさえる。


 あと一回。あと一回だ。


 春木は己の意志を炎に託した。

 



 瀬木根が橋につくと、もう赤羽はやられていた。


 赤羽の顔をしたなにかが転がっていた。


 いや赤羽だとわかるぐらいに、原形はとどめられていた。

 

 赤羽の手足が、墨のようになっている。

 刺青もなにも、わからない状態だ。


 これをやった男。瀬木根は目線を戻した。

 

 炎を身にまとっている男が正面にいる。もう、逃げることはできない。


 そもそもそんなことをしたら、神になにをされるかわからない。


 珍しくグレイがおとなしい。


 気にせず、瀬木根はグレイに触れて剣を取り出した。


 飛んできた火の玉を斬った。もう一つ、飛んできた。それは大きく避けた。周りが、霧がかっている。


 不意に男がすぐそばに現れた。瀬木根はグレイをわし掴みにして、ひき寄せた。

 男が赤く燃えた。


 水。


 グレイが大きく口を開けて、大量の水をぶちまけた。


 勢いで瀬木根の体は後方に飛んで、そのまま転がった。しかし、即座に立ちあがる。


 グレイに飲ませた水を、放つことはできる。

 激しく揺れている。頭をぶつけたらしい。炎の男は、どこだ。


 剣がない。

 景色はすぐに、整った。


 火。目前に、いきなり広がった。


 瀬木根はグレイをつかんだまま、上に飛んだ。男を見下ろす格好になった。

 なにか、思い出した気がした。

 それも含めて、瀬木根は振り切った。


 拳はかすめた感覚。男の体が吹かれた煙のように揺らいだ。グレイが水を吐く。男の体が、そこにある。はっきりとわかった。


 当たる。


 瀬木根は、もう一度、拳をかためた。




 喰らう。体が、濡れているからなのか。


 春木は体を、無理やりひねった。

 

 瀬木根の拳がまた、春木の体をかすめた。熱い感じが走る。


 勢いのまま、這いつくばった。当たらなかった。春木は、手を地面についた不恰好なまま、瀬木根に背を向けた。そして、駆ける。


 まだだ。


 まだ、死ねないだろ。


 滑った。水が、跳ねる。


 まだ、自分の中になにかが、残っている。

 春木はそう感じた。まだここで死ねない。そして、負けられない。


 強く想う。


 そうだった。


 それが、この力の根源だったような気がする。

 



 無色透明な揺らぎ。


 瞬間、全力で瀬木根は真横に飛んだ。


 橋の上から川に頭から飛び込んだ。


 辺りが、明るくなるのがわかった。顔を両手でかばった。

 

足まで水に浸かった。思ったより、深い。


 手のひらの中でグレイが暴れている。力を引き出し、水を両足でおもいきり蹴った。顔を水から出すと、ずいぶんと遠くまで飛び込んだのだと理解した。


 橋が二つに折れている。それが景色としてわかるほど瀬木根は遠くまで飛び込んだのだった。


 赤く、もはや眩しい。

 火の玉が、浮いている。あの男自身だった。


「もう、水ないよ」


 グレイが水に浮いた状態で、喋った。しかものんきに流されている。


「あるだろ。吸い込め」


「え、ここの水くさそうじゃん」


「そんなこと言ってる場合か、死ぬぞ」


「グレイは死なない。大丈夫」


「ふざけてる場合か。ここの水は綺麗だ。早く吸え、グレイ」


 瀬木根は手で水をかき、流されていくグレイを捕まえた。


 その瞬間、グレイが水を吸収し、周りの水がすべて消えた。穴が空いたようになった。グレイの重さや大きさは変わらない。それでも、十分な水を吐ける。


 吸わせた水を吐くというのは、瀬木根が考えたことだった。


 色々な力を、半端に使える。

 できることと、できないこと。それを探った。

 今回、水が重要になると思った。

 

 単純だが、あの男の体は火。なにか水に関する能力を使えないかと、試した。それに、あの男の体自体が火になっているときは、多分、触れない。


 能力には相性がある。実際、その説は当たった。十分に濡れていれば、あの男を殴ることも斬ることもできる。


 もう一つ、考えていたことが瀬木根にはあった。

 しかし、この状況で試すことは難しい。


 神に確認することもできないし、そもそも神がしっているかも危うい。


 仕事をしろというわりに、大事なことを伝えなかったりする神だ。


 かなりの体力を使ってた。


 すでに瀬木根は肩で息をして、口で吸う息の音がしている。長くなればなるほど、不利になっていく。


「水の剣、か」


 瀬木根は見上げながら、呟いた。


 方法としては、できるような気がした。しかし、いまの自分にできるとは思えなかった。すでに試しているが、何回やってもできなかったのだ。


 気持ちでどうにかなるものだとして、その気持ち自体が俺には足りないのか。

 笑える。漫画でも映画でもなく、これが現実だ。


 グレイが水をぶちまけた。霧のように広がる。


 瀬木根は川底を蹴って、陸まで飛び跳ねた。


 ここで、勝負だ。


 折れた橋の方から空を飛んでくる男を、見上げた。その視界の端。流れてくるものがあった。


 赤羽の体。橋から、放り投げられたのか。


 炎の男は迫ってくる。男の周りの景色が歪んでいるようにみえる。むしろ男がそこにいるのかどうかも、よくわからない。巨大な火の玉だった。


 残酷だな。赤羽が流されていくのをみて、心の中で瀬木根ははっきりと言葉にした。


 グレイがまた霧のように水を吹いた。すべての水を吐き出させる。


 運動の力。グレイから別の力を引き出す。炎の男に背を向けた。南に、もう一つ橋がある。その方向に瀬木根は駆けた。


 もう、グレイの中は空っぽだ。


 今、焼かれたら即死だ。

 思いながらも前だけをみていた。


 景色が明るくなった。


 男が、真上から降ってきた。グレイからまた力を引き出す。みえない壁を左に作って、それを蹴る。頭から川に飛び込む。


 もう一度、壁を作る。自分の真下。蹴って水面に出た。向こうの方が速い。


「全力だ、グレイ。ここらの水を吸い上げろ」


「無理だよ」


 グレイの中身が、まだ軽くなることに、瀬木根は気づいた。


「吐きそう、吐きそう」


 グレイが暴れた。瞬間、瀬木根も水に流された。

 グレイの中にある、自分が使える能力を、吐き出させた。


 水だ。水を吸い込め。

 もう一度、力を込めた。


 体が浮き上がった感じがする。方向があいまいになる。背中から落ちた。

 状況を瀬木根は疑わなかった。そして、迷わなかった。


 グレイの中はもう、本当に水でいっぱいだ。


 体の左。そこになにか走った。熱なのか痛みなのか。首までそれが登ってきた。思わず、のけ反った。瀬木根は痛みで叫んだ。転がる。


 つかもうとした左腕が肘の先からない。


「熱い、熱い」


 男がどこにいるのか、わからない。


「燃えろ」


 その声の方向に瀬木根は顔を上げた。


 火柱だった。


 男。


 不意に残った右手に感覚があった。グレイだった。


 男が手のひらを向けてくる。


「グレイ」


 銃でも撃ったような鋭い勢いで、水が出る。


 誰かに首の後ろをつかまれて、ぶん投げられた感じだった。


 今度は、背中に衝撃が走った。うまく息が吸えない。


 右手も動かない。なにがどうなったのかわからないが、動かない。


 なにがここまで、自分を突き動かしているのか。

 

 瀬木根にはわからなかった。

 赤羽の体がすぐそばに流れ着いた。それが消えた。


 火柱が、目の前に現れた。


 不意に瀬木根は体の中になにかを感じた。


 力だ。


 斬れ。


 グレイ。


 火柱が迫ってくる。


「斬れ!」


 体が動いた気がした。

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