二八 猫 二
二八
誰かが移動系統の能力を使い、こちらへ近づいてくる。
死神たちのそばに、扉のようなものが現れた。
女の天子二人が、泣きはじめた。
このまま動いても、どうせ姿はみえないし、あとは、川に出たら、大体はもうこの街をみたことになるだろう。
無理やり、五稜は自分に納得させた。
無色透明で、目視できない状態。そのまま道に出た。
歩く。さすがに向こうも死神なので、気がつく。扉を開けた死神も他の二人も、こちらを向いた。
ふわりと五稜は体を浮かせ、前方に飛び、一気に距離をつめた。上から下に、死神の一人を殴りつける。そのまま地面に伏せるような感じで、倒れた。それからもう一人は、腹の辺りを蹴った。どん、という低い音が鳴る。体は上に浮いて、それから倒れた。少し、力んだ。
天子の二人はそれぞれ泣きながら、忙しく首を振って、視線をあちこちにやっている。
扉を開けていた死神は、逃げ出した。もう扉自体、そこにはない。五稜は追おうとは思わなかった。
無色透明の体を浮かせたまま、川につながる道に出た。それから、自分の足で歩いて、川へ向かう。
解決はしていないが、一応、あの場はやり過ごせた。そうしたかったという、それだけの気持ちだ。
急な下り坂があり、そこから、石ころが敷かれたような川辺。見下ろしながら、左に向かって、山を正面にした。右手の前方に橋がある。真ん中のところで、折れている。
橋まで歩いて、再び五稜は姿を現わした。だが、容姿などは変えた状態を維持している。
台車を押している天子が、街の方からやってくる。そばにもう一人、小さい天子がいて、騒いでいる。
向こうが、五稜に気がつく。しかし、逃げるような様子はない。むしろ、小さい方は台車を放って、笑いながら寄ってきた。
「こんにちは、死神さん」
屈託なく、そう言った。
「こんにちは」
五稜も挨拶を返す。
「向こうの街から、きたんですか」
「ああ、そうだよ」
橋の向こうの街をみながら、その子どもの天子は言う。台車を押していた天子が、顔をだす。似ていた。兄弟なのだろうと、五稜は思った。
兄が、台車を横に回転させて、山の方に向けた。
「新しい死神さんですか、ここに住むんですか?」
息を弾ませながらそう言った。
「いや、ただ様子をみにきただけだ。なにか最近、困ったことはあるか?」
「最近は、特になにも」
兄の方が台車を押して、歩き出す。五稜も横に並んだ。大きな瓶がたくさん入っているが、すべて空らしく、揺れるたびに瓶がからからと鳴る。力も大して入れていないようだ。
「でも、瀬木根さんがいなくなってから、平和になったよね」
弟が、そう言った。
「別に、瀬木根さんが悪いわけじゃないだろ」
兄が、少し怒ったように言った。
「なにか、あったのか?」
「いや、ただ、前の死神たちがここを管理していたときは、隣り街の死神ともめてて、橋の向こうにも自由にいけなかったから」
「そうか」
「でも、前までここは砂利道で、台車を押すのが本当に大変でした。ここを通った方が、誰かを避けたりする必要もないし、道も広いから、楽だったんだけど」
「そう。で、瀬木根さんが一人で全部、舗装した」
「牧場から、ここまで」
「へえ。で、その瀬木根ってのは、どこへいったんだ?」
しらないふりをして、五稜は続ける。
「橋が落ちたのは、隣り街の死神と戦った結果だと聞いてます。そのあと他の死神も瀬木根さんも、急にいなくなりました。だから、死んだと思います。そのあと、宮内っていう偉い神さまとかがきて、あっちの橋を渡って、隣り街にもいけるようになりました」
「なるほどねえ」
さっきのは、どうやって天子たちに説明してるんだ?
「まあ、特に問題がないならよかったよ」
五稜は足をとめた。
「じゃあ、また」
二人はそれだけ言って、去っていった。
一度だけ弟がこっちを向いて、手を振ったので、五稜も同じように手を振り返した。
なんだかよくわからないが、天子は瀬木根たちがいなくなって、平和に暮らせるようになったらしい。やはり、神も死神もいない方がいいのだろう。五稜はさっき自分がみたことと、やったことをどうするか考えた。女の天子を外倉の国に差し出すということまでは、確かに聞いた。
五稜は、能力を解いた。
本来の姿に戻る。
どうやら、逃げた死神が余計なことをしてしまったらしいのだ。
多分これは、千石に怒られる。
五稜はもう諦めて、その場から歩かない。
しばらくして、正面に扉が現れた。
それが開いて、宮内が現れた。
「久しぶりだな」
五稜は笑ってそう言ったが、宮内に表情はなかった。




