二四 兄弟 九
二四
食事を終えて、三人でまた、青い空間へ出た。
千石がいなければ、瀬木根もこの移動方法は使えない。
扉では、あまり遠くへはいけない。
街がある世界の近くで、千石は止まり、あとは任せると言い、一人で方向を変えて去っていった。
「加藤、いきなり落下するから、こっちにこい」
瀬木根は加藤の手首の辺りをつかみ、世界へ近づいた。
足の先に、吸い込まれるような感覚が生じる。さらに体を世界へ近づけると、景色は変わり、青空に浮いている状態となった。やはり加藤は自分一人では体を支えきれず、瀬木根が加藤を腕一本で持ち上げるような感じになっていた。
「待ってやるから、自分の能力で体を支えろ」
「すいません、ちょっとだけ待ってください。感覚が変になっていて、うまく浮かないんですよ」
水鳥が、一瞬だけ加藤から離れて、また一体化した。すると、瀬木根の腕の負担はなくなった。
「もう一人で大丈夫です。なんだったんですか、さっきの青い場所は」
「遠くの世界へいくときに通る道みたいなものらしい。でもお前、外倉の世界へいくときは、あの場所を通ったんじゃないのか?」
「いえ、他の死神が開けた穴を通って、いくつかの世界を渡って、やっとたどりついたんです」
「お前の仲間か」
「いえ、金を払って、逃がしてもらっただけです。渡し屋です。強力な移動系統の能力を持っている死神には、それで金を稼いで、生活してるやつもいます」
「そういう死神も、いるのか」
「そこに住んでいる天子に話を通しておいて、手数料を向こうに払えば、やっていけるらしいです」
「天子も、それで別の世界へいったりするのかな」
「表にはあまり出てこない話ですから、詳しいことはわかりませんが、多分、金さえ払えばいけるんだろうと思います」
会話を続けながら、二人は地面に近づく。
街の外れの草原。そこに降り立った。舗装された道へ入り、市場を目指す。
「瀬木根さんは、この世界で生活しているんですか」
「ああ、氷生も一緒だ。俺は、吉光さんとあのとき、約束したからな。俺が氷生の親代わりだ」
瀬木根は、気を使って、そう返した。だが、言わなければならないこともあった。
「氷生ちゃんも、ここにいるんですね」
加藤は、声を小さくした。
「お前がなにかを気にすることなんて、一つもないよ。吉光さんから氷生を預かったのは俺だ。久しぶりに会うんだから、氷生も喜ぶよ」
言ってはみたが、加藤の方が、ずっと氷生とのつき合いは長い。それでも、瀬木根は明るくふるまうしかなかった。
「この街はまだ、準備中なんだ。住んでいる天子たちが、生活に困るようなことはあんまりないけど、仕事の方はまだ不安定な部分が多い」
瀬木根と加藤は、並んで歩いた。話すことはたくさんあったが、話さなくてはならないことは、ほとんどなかった。
周りの天子たちは、加藤の水鳥を珍しそうにみるが、みたことのない死神がいるというだけで、驚いたりはしない。顔見知りの天子には、加藤を簡単に紹介して、そのままマンションについた。
「さっき、千石さんにもらった。これがお前の部屋の鍵だ。生活用品に関しては、そういうのを出す能力を持った死神がいるから、心配ない」
「あれ? 今日は夜遅いって言ったじゃん」
声の方をみると、氷生と町谷が、手に布の袋を下げて立っていた。
「新しい死神の人? はじめまして、氷生です」
氷生が頭を下げる。瀬木根と加藤は顔を見合わせた。
「え、どこかであったことありましたか?」
氷生は、加藤の顔をのぞき込む。
「いや、加藤は俺が前にいた国で、一緒に仕事をしていた仲間だから、今日がはじめてだろ。なあ?」
瀬木根は、大げさに加藤の肩を叩く。
「そう。そうです。はじめまして、加藤って言います。昔、瀬木根さんにはお世話になってて」
「私は、そんな話聞いてないですよ?」
「千石さんに呼ばれたのは、加藤のことだったんだ。千石さんが、ここに住むように指示を出した」
「ああ、そうなんですね。加藤さん、はじめまして、町谷です」
加藤が横目で、瀬木根をみる。余計なことは言わないでくれ。心の中で、瀬木根は願った。
「今日から、隣りの部屋に加藤が住むからな」
「それより、もう一仕事終えたんですか。加藤さんは、畑仕事なんですか」
町谷は、土や埃で汚れた加藤の服をみる。
「そうだな。こいつの能力は、物を運ぶのに適してるんだ」
「それなら、作業着とかがいいですかね」
「町谷が、さっき言ってた生活用品を出す死神だ。俺と同じ部屋に住んでる」
「え、瀬木根さん、結婚したんですか」
「いや、そうじゃない。長旅で疲れただろ、加藤、部屋にいって、荷物を置こう」
瀬木根は加藤の背中を手のひらで押して、急がせた。
「話を合わせろ」
加藤に顔を寄せて、瀬木根は小さな声で言った。加藤もとまどった表情をしながら、目を合わせて、頷く。
「すぐに新しい服は用意しますね」
「はい、ありがとうございます」
「ところでどういう系統の能力を持ってるんですか、加藤さんは」
「吸収系統の能力です」
加藤と町谷が横に並び、話し始める。
「なんか加藤さんは、瀬木根さんの弟みたいだね」
氷生はそう言って、笑った。
「また、それか」
瀬木根は氷生の持っていた布の袋を、かわりに持った。
「誰に言われたの?」
「千石さん」
瀬木根が答えると、氷生は笑った。
氷生は、言わなかったのではなく、本当に加藤のことを、忘れてしまっているらしい。




