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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
2/46

二 街


 二

 

 しらないから、わからないのか。


 わからないから、しらないのか。


 両方ともだな、と瀬木根は思った。


 瀬木根は一人で半袖半たけの楽な格好で、天子のいる街を歩いている。

 旅に近いことをしている。長くいても、その感覚は消えない。


 夏だった。


 こんな世界にも天子たちの学校やら、部活やらがある。

 

 警察みたいなこと。


 日常の中でそれをやる。天子たちも自分たちのことを死神という。


 神のいるあのビルにいる時間はいま、ほとんどない。


 仕事中のちょっとした休憩時間に、ログアウトして、報告をして、またここに戻ってくる。前の軍隊みたい仕事が特殊なだけだった。


 神とこの世界の関係は、支配する方とされる方という感じだろう。

 向こうのあの炎の男たちも、あのビルのようなところに閉じ込めているのだろうか?


 瀬木根たちには言い渡された、規則があった。


 神の命令を聞かなければ罪になり、罰を受ける。それはもう一度、まったく同じ人生を歩まなくてはならないというものだった。


 しかも記憶を忘れてだ。想像しただけで瀬木根は恐ろしく思う。


 その罰を受けたくない人間が俺たちということになる。俺も含めてみんなまともな人生じゃない。


 俺は退屈なのが嫌だ。


 二十数年。


 またあれをやるのは、無理だ。


 そしてなにより、死に際にした後悔をもうしたくない。


 その思いだけで多分俺はいま、こうやって生きている。


 ここの方がましだと瀬木根は思う。


 赤羽たちも、そう言っている。


 水と土の匂いが同時にした。

 河原に出る。流れは本当に緩やかで、幅が広いので湖のようにもみえる。


 天子の子どもが野球をしている。

 老人が走っている。それで時間が流れていると感じる。

 しかし、ゆっくりとだった。


 特殊な仕事がない限り、ここにいなければいけない。やっていることは死ぬ前と大して変わらない。


 夕方になったら寮に戻る。六人全員が同じその寮に住んでいる。つまりは檻のない刑務所だった。


 睡眠もとる。食事もとる。金は手に入れようと思えば、なんとでもなる。そういうものをあまり望まない人間を、神は選んだ。それはまちがいないと思う。


「呼んだ?」


 グレイが言った。


「呼んでない」


 死神は、遠くにいる相棒を呼び寄せたりはできない。しかし、相棒自身が空間を超えて、死神のそばに現れることはできる。


「ねえ、暇」


「そうだな、もう終わったからな」


「もっとああいう仕事がしたい。暇」


「そうだな。あのボールでもとってこい、グレイ」


 水に浮かぶサッカーボールを指差して、瀬木根は言う。


 小さな声でなにかを言いながら、グレイは子どもたちの方へ飛んでいった。


 グレイを連れて寮に戻ると上司にログアウトするよう言われた。赤羽もそこにいて、自分を待っていたようだった。


 二人でログアウトをした。


 白い空間。神はいない。


 廊下へ出ると、喫煙室の手前の部屋の扉が開いていた。


「座れ」


 中に入ると神が椅子に座っていて、そう言った。小さな会議室のような部屋で、時々、神とここで仕事の話をする。


「二人一組になってもらう。炎の男を殺せ」

「わかりました」


 答えたのは、赤羽だけだった。


「いますぐに動けってわけじゃない。時間はやるよ」


 神は自分をみていた。学校にいる気分になる。特に言うこともない。ただ、なにかを決めつけられる。否定することもできず、かといって肯定する気にもなれない。




 猫を助けようとして車にひかれて数年間、意識が飛んで、目を覚ます高校生。


そのあとは学校にもいかず家に引きこもり、パソコンを触わる。気がついたらエロ動画をみて、寝て、目を覚ます生活をしていた。


それを運営する側になり、広告で稼ぐようにまでなった。他にてきとうなバイトをみつけて、もう五万もあればやっていける、そんな生活だった。


 運動がてら、外でも働いた。


 夜中、ホテルの前に集合して、荷物を運ぶ。


 什器を解体し、運ぶ。


 コンビニでおにぎりを買う。そんな生活もした。


 そして式場設営のバイトのとき、瀬木根は死んだ。


 いつものように什器を乗せてエレベーターに乗った、真夜中。エレベーターが落ち、それでそのまま瀬木根は死んだ。




「本当にくだらなすぎて、反応に困るな、お前の人生」


 神は、瀬木根の人として生きていたときの話を聞いて、最初そう言った。


 瀬木根は天子しかいない世界では、自分は特別な存在だと思った。罪を犯した天子の体を乗っ取って、使っている。天子はそこまでしっている。


 天子の子どもなんかは、大人がいないときは話しかけてきたりもするが、少なくとも自分たちが力を持っていることを、恐れられている。


 ヒーローごっこ。


 そんな気もする。


 それでも、悪くなかった。


 神には、なにをしても自由とは言われていた。だが、瀬木根は天子と深く関わろうとはしない。


 赤羽は女を作っている。もちろん、女も天子だ。


 時々、ふらっといなくなり、そして戻ってくると赤羽は香水みたいな匂いを漂わせていたりする。それでも必要なときは必ずいるから、瀬木根はなにかを言うつもりはない。


 時間をやると言われても、なにをしたらいいのか瀬木根にはわからなかった。







 雨。


 ビルから天子たちの街に戻ると降っていた。


 瀬木根は街の真ん中まできた。天子たちは横目で瀬木根をみるだけで、それとなく道を開ける。


 多分、みておきたいんだと思う。


 自分が借りている体、これから借りるかもしれない体を。こんな世界でも罪を犯すやつがいて、そいつらはもう許されない。だから、肉体を死神に差し出さなくてはならない。


 奥行きのある敷地。そこは、石でできた高い塀に囲まれた刑務所。


 瀬木根は歩いてここまできた。男の天子が暗い色の制服を着て、立っている。特に身分を証明するものは持っていない。それでも、天子は死神が死神であることを直感するらしい。顔を合わせるとみんな似たような表情を、一瞬だけする。


 その天子は理由も聞かず、瀬木根を招き入れた。グレイもふわふわとついてくる。門を抜ける。そこで待つように言われ、天子は建物の中に消えた。


 グレイはまたいつものように眠っていて、目を閉じてしまっている。それでも浮いている。


 天子がまた別の天子を連れて戻ってきて、それぞれ一礼した。


 中へ招かれた。


 刑務所を管理する、役職者だという。


 目を閉じたまま、グレイもくっついてくる。どんどん暗くなる。狭くなり、一度曲がった。三回、その役職者の天子は鍵を開けた。


 右に、牢が並ぶ。


「手前にいる者から、順に」


 天子が小さな声で、そう言った。


「え、なんか臭い。なにここ。暗い」


「グレイ。どこかにいってろ。狭いところは嫌いだろ」


 グレイに手を伸ばしながら、瀬木根は言った。


 グレイは一瞬、目を大きくした。それから、わかったと言って、その場から消えた。


「鍵を開けてもらえますか。話がしたい」


「え、はい。わかりました」


「俺は大丈夫だから、少し離れた場所にいてくれないか」


 手前の鍵が、開けられた。


 奥の牢の中にも天子がいる。静かだった。

 手前の牢から若い男がゆっくりと出てきた。


 暴れるような様子は微塵もなく、両手足に短い鎖がついた枷がはめられている。


 グレイがいなくても、自分の身ぐらいは守れる。この天子もそれはわかっているはずだ。


「お前、その歳でなにをやったんだ」


 立ったまま、瀬木根は言った。


「聞いて、どうする?」


 臆した様子もなく、その男の天子は言った。


「なにも。聞いてみたいと思っただけだ。あんたらの体を、俺らが使って、死んだらあんたらの体も死んだことになるわけだからな」


「俺はもう死んでるよ」


 男は踵を返し、自分で牢へ入った。


「仕方ないな」


 手で、瀬木根はもう閉めていいと合図した。


「書面があるだろうな。それでいい。みせてくれ」


 瀬木根が言うと鍵を閉めた天子は案内しますと言い、歩き出した。瀬木根も続いた。もう、牢の方はみなかった。


 二階に上がり、個室で待たされた。せまくて埃っぽい。


 こんな世界で。


 そう思うが、天子は天子でちゃんと生きている。

 

この世界こそが天子にとってのすべてだ。


 育ち。過去。家族。天子に人間らしいという言葉は合わないかもしれないが、やはり、その言葉が当てはまると思う。


 天子が天子を殺せば、死刑。

 

 ずいぶんと雑で、幼稚な規則だ。


 それでもこの世界はそうできている。


 何人かの情報。瀬木根は頭には入れた。それで建物を出た。


 グレイが塀の上の辺りにとまっていた。鳥のように滑空してきて、瀬木根の頭の上に乗った。


「瀬木根、瀬木根。なんか臭いぞ、お前」


「じゃあ、風呂でも入りにいくか。広い風呂に」


「瀬木根しか入れないじゃん」


「お前は、川の水でも浴びてろよ」


「やだよ、鳥じゃあるまいし」


 グレイはそう言って、高く飛んだ。眩しくて目を閉じる。


 この街での入浴とは、火で蒸気をたいて高温にした部屋と、少しぬるい水風呂の往復のことを指す。汗で体の中の汚れを出して、水で流すという考えだ。


 風呂屋に向かって、瀬木根は歩き始めた。




 この半端な能力を、どうしたら強くできるのか。


 なにをやっても、この能力は変わらなかった。


 グレイもそれについて知らないし、神もそれは教えてはくれない。筋力なのか。精神力なのか。どちらも、違う気がする。


 死んだのに、いま自分は平然と人を殺している。

 いや人ではないのか。


 昔、人だった。それは自分もだ。

 昔、人だった者同士で殺し合っているんだ。


 街の最も栄えた場所を抜け、寮の近くまできた。匂いがする。消毒液のような感じだ。


 風呂屋の色あせた看板。


「グレイ」


 視線を変えず、ただ立ち止まって瀬木根は言った。


「え、なに」


「炎を使う男と、何回か戦ってるだろ。また、あいつとやる。なんかこう、強くなる方法とかないのか」


「水をかけるしかないな」


「俺にそんな、水を出すような能力あるのか」


「ない」


「ないのか」


「うん。ない」


「他に、いまよりもっと強くなる方法は?」


「ないかな」


 前にも、こんな会話はした。


「お前、生きてる理由とかあるのか、グレイ」


「ない」


「そうだよな」


 グレイをそのままにして、瀬木根は風呂屋へ入った。


 財布からチケットを出し、番台に座っている年老いた天子に渡す。


 タオルはいつも無料でくれる。自分が死神だからという理由で自分にだけくれる。天子は自分に優しい。


 瀬木根は裸になって、蒸気で白んだ浴場へ向かった。


 みんな、どうみても普通の人間だ。


 やはり頭に輪っかもないし、背中に羽もない。


 体を流して、蒸した部屋へ入った。


 壁は白い。真ん中にバケツが置いてあり、塩が山のように入っている。それを体に塗るだけで、大して暑くなくとも汗が吹き出て、すぐに流れ出るほどになる。


 死んだあと、自分がこんなことをしているなんて想像もしなかったな。


 盛ってある塩に手を伸ばし、瀬木根はなにも考えず、体に塗った。ざらりとした感覚。死ぬ前のものとなにも変わらない。


 前に座っていた年長の天子が立ち上がり、出ていった。


 みんな気がつくと顔なじみになっていた。だが、ここでは天子も死神も関係ない。それも死ぬ前の世界と同じだ。


 あの古い銭湯ではカタギもヤクザも関係ない。それに近い。


 瀬木根は口の周りをなめた。汗と塩がまじっていて舌の先が少し痺れる。


 大きく息を吐く。


 熱気から逃げるように瀬木根はまた下を向いた。

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