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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第二章 流離
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十九 兄弟 四


 十九


 瀬木根が運ばれてきた食事をすべて食べ終えると、町谷は壁を軽く叩き、千石たちを呼んだ。


「よし。体を洗って、それから着替えろ。終わったら移動だ。町谷、俺たちは先に向こうへいくぞ」


 千石は、瀬木根と町谷を交互にみて、それから男を連れてその場から消えた。


「私は移動系統の能力があまりうまく使えないので、ゆっくり歩いていきましょう」


「私もそんなのないから、どこかで虎ちゃんと遊んでる」


「じゃあ、グレイも」


「お前は駄目だ」


「どっちも駄目です」


 まず、全員でエレベーターに乗った。どうせ死神の相棒は移動系統の能力のように、瞬間的に移動ができるはずなのだが、虎は平然と乗り込んできて、真ん中に位置取った。 


 町谷は隅に立ったまま、なにも言わないし、氷生は虎の首を抱くようにして、よろこんで撫でている。


 瀬木根は、これで落ちたりなんてしないよな、と考えながら入口側に立ち、ボタンを押してドアをしめた。


「あ、一階です」


 町谷が言う。このせまさをなんとも思わないのが、不思議でたまらない。瀬木根の下では、虎の尾が揺らめいていた。


「場所はここでいいですよね、瀬木根さん」


 瀬木根がエレベーターから降りようとすると、町谷が手で制した。


「なにがですか?」


 町谷と氷生と虎だけが降りた。


「着替えですよ」


 町谷が、虎の後頭部あたりを深く握り込んだ。


 そして、勢いをつけて、皮を引き剥がすような動作をした。


 すると、一瞬だけ虎の色が薄くなった。町谷が、はい、と言って、手に持っているものを渡してくる。


 受け取って、瀬木根はそれを広げた。スーツやワイシャツの一式だった。転がり落ちたものがあり、みると革靴だった。


「これ、私の能力の一つなんです。あんまり使う機会はないんですが、創造系統の能力ですね、一応。私たちはあそこで待ってるので着替えてください、ここで。


 千石さんは体を洗えとか言ってましたが、私が今日の朝もくまなくきれいにしておいたので、大丈夫ですよ」



 町谷は一方的に喋り、ドアは勝手に閉じた。瀬木根はエレベーターの中に一人残された。もう一度、両手にある衣服をみる。


 瀬木根は着ているものを脱ぎ、渡されたものを一つ一つ、身につけていく。


 肩幅や腹回りが、測ったように自分の体に合う。また、訳のわからない能力だった。しかし町谷の言う通り、そういう能力なのだ。


 まだぼんやりとしている。それでも瀬木根は着替えを終え、いままで着ていた布を手に持って、エレベーターを出た。


 床が、硬いと感じた。


 視界は遠くまで伸びる。やはり住むためのもの、高級なマンションのエントランスという感じがする。ガラスが張りめぐらされ、出入り口の近くには、大きな焦げ茶色のソファーがあった。氷生たちはそこで体を沈めて、くつろいでいる。


 自分たち以外は、誰もいないようだ。


「お、なんかなつかしい感じだな。その格好の方が、瀬木根らしい」


 グレイが飛び上がって、瀬木根の周りをぐるぐると回る。


 自分の歩く革靴の音で、これまでのいくつかを映像として、瀬木根はみた。


 あの街の道は、グレイが川沿いをほとんど舗装した。子どもたちの生活は、いくらか変わったかな。台車を押しにくかった。手伝ったとき、自分でもずいぶん苦労した。遊ぶ時間は増えただろうか。


 宮内の国は、平穏を取り戻しただろうか。


 加藤は結局、外倉の国へはいかなかっただろうな。


 瀬木根は、数歩でそれらを通りすぎた。


「あ、それはもらいますね」


 瀬木根は、ついさっきまで着ていた布を、町谷に渡した。それは虎に被せられた。すると布は、虎の体に馴染むようにして、消えていった。


「よし、と。じゃあいきますか」


「瀬木根さん、サラリーマンっぽい」


 氷生が足を振って、ソファーから立ち上がった。


 ガラスの扉は当然、自動で開くと思ったが、前にいた町谷は押して開けた。さすがに自動ドアは無理なのか。いや、それならエレベーターなんて、もっとおかしい。 


 外に出ると匂いがした。


 日光で乾かした、石のような匂いだ。視界はまた横に伸びた。灰色の石畳が続いて、他のビルは遠くにある。


「昨日はずっとこの広場で、サッカーとかしてたんだ、千石さんとこの虎ちゃんと」


 氷生が虎の首の辺りを触りながら言うと、虎は低く喉を鳴らした。


「いまから向かうのは、あの建物です。五稜さんがいます。建物へ入るのは瀬木根さんだけになります。私が一緒にいますから、氷生ちゃんのことは心配しないでください」


「戦闘系統の能力はあるんですか?」


「ありますよ」


「わかりました、それなら従います」


「従うなんて、言わないでくださいよ。まるで私たちが氷生ちゃんを人質にしようとしてるみたいじゃないですか」


「大丈夫だって、瀬木根さん。この人たちはむしろ瀬木根さんが危ない人じゃないかどうかを心配してるんだよ」


「俺が?」


「そうだぞ、瀬木根。神の腕をいきなり斬り飛ばすやつを、誰がまともだと思う?」


 グレイに言われて、なるほど確かにそうだ、と瀬木根は納得した。


 それから、全員で広場の反対側までのんびりと歩いた。


 広場の反対側。いま目の前にあるのは、自分たちがいたビルと同じぐらいの高さのものだと思う。


 ふと、目の前に男が現れた。


 瀬木根は驚かなかった。しっかりとその男をみることができた。柄物のシャツなんかは羽織っていない。男は、薄い灰色のスーツを着ている。


「えっと。あの、五稜さん?」


 町谷が、大きな声を出した。


「上からみえたから、迎えにきただけだ」


「また勝手に動かないでくださいって、千石さんに怒られますよ」


 垂れた前髪を町谷はなおす。


「あいつはさっき、野暮用ができて、どこかへ向かったんだな、これが」


「なんでしょう」


「さあな。じゃあ、瀬木根は借りていくぞ」


 五稜は氷生の方へ顔を向け、少しだけ頭を低くした。すると氷生は、うん、と一言だけ返し、頷いた。


 五稜。この男も元々は、自分と同じような死神だった。瀬木根は、氷生に向かって笑う、その横顔をみていた。


「俺に触れたら、上までいける」


 そう言って、五稜が手を伸ばしてくる。少し開いたその手。瀬木根は控えめにその手を握り返した。その瞬間、もう別の場所にいた。広い。


「さっきのビルの中だ。見上げていただろ?」


 ソファーが一組。向かい合って置かれている。他にはなにもない。大きな窓があり、外の風景がはっきりみえる。扉もある。さっきのビルとは勝手が違うようだ。


「あ、よいしょ」


 グレイが自分の肩のところに現れる。五稜が移動させたのは、どうやら自分だけだったようだ。


「色々とお前のことは調べた。でも俺は、お前の口から、それらを語ってほしい」


 五稜がソファーに腰を下ろし、手で座るようにうながす。瀬木根も向かい合って、体を沈めた。


 五稜の首のうしろから、りすが現れた。すばやく体を駆け下り、五稜の膝のところでいきなり止まった。そして、二本の足だけで背伸びをするような格好をとる。こちらの様子をうかがっているようだ。


 瀬木根は数秒、りすに視線を合わせた。りすは満足したのか、再び五稜の体を駆け戻り、体を丸くして動かなくなった。


「見慣れないやつがいたから、少し気になったんだろう」


 五稜は、指を鳴らしてから、りすの口に手を伸ばし、なにかを食わせた。りすは、口をふくらませている。


「瀬木根。あの閉じた世界でなにが起きたのか、教えてくれないか」


 瀬木根は、グレイの方をみた。


「聞かれたことに答えただけだよ。いや、ほとんどなにも喋ってない」


 竜の話。それをこの人にしっかりと伝えるべきだろう。これから、氷生を守っていくのだ。


 生きる場所が必要だ。もう、帰る場所はないのだから。


 竜は、もう暴れたりはしないはずだ。俺たちは、約束をした。


「五稜さんは、吉光という死神をしっていますか」


「吉光。いや、しらないな」


「あの世界を作った人でした。吉光さんは、いわゆる内輪揉めで大怪我をして、本当の死を迎えました。そして、俺は吉光さんの体をグレイに食わせました」


「内輪揉め?」


「吉光さんは、毒のようなものを相手に与えたり、逆に解毒したりできる能力を持っていました。その能力を使い、ほかの死神たちを従わせて、あの世界をみえないようにさせていたんです」


「みえない世界か。昔、いきなり千人くらいの死神が消えたことがあったな。それが、あの場所だったんだな。しかし、よく隠したもんだな」


「俺がみた限りでは、同じような能力を持った二十人ぐらいが監禁されていて、交代で、常にその能力を発現させ続けていたような感じでした」


「大規模な話だな。あのときあそこにいたのは、百にも満たなかったと聞いているぞ」


「もう一つ村があったそうですが、徐々に死神は少なくなっていったそうです。詳しい理由は、わかりません。しかし、五稜さんがくる前に、氷生が数十人の死神を殺しました」


「殺したか。いまの氷生からは、とても考えられないな」


「氷生の中には、もう一人、別の人間がいます。その子が相棒の竜を暴走させていたか、もしくは、相棒自身だったと思います」


「その、もう一人ってのはどうなった」


「わかりません。ただ、俺とあの子は約束をしました。だから、もう誰かをむやみに傷つけるようなことはしないはずです」


「約束というのは」


 五稜の表情が少し、動いた。  


「俺がこれから先、氷生を守り、なにかあったときは、氷生のために死ぬという約束です」


「え、聞いてない」


「グレイ、氷生の竜に触れただろ、最後。あのとき、俺はもう一人の子と話をしたんだ」


「へえ、そうなんだ」


「約束か、おもしろいな。強大な力なんだな、氷生の能力というのは」


「氷を操る能力。おそらく、そういうものでした」


「氷生のその能力や、どういうできごとがあったのかは、なんとなくわかった。お前はまだ死神になってから、日が浅いな」


「正確な日付がわからないので、はっきりとは言えませんが、まだそんなに長く日をすごしたとは思いません」


「一年が、十年に感じる。よくそう言われているよ。お前もそう感じないか、瀬木根。俺なんてな、気がついてはっとしたら、神になってたよ」


 手を広げて五稜は笑うが、瀬木根はその通りだと思った。風の強い日の見上げた雲。そんな速度で、あの日は今日になった。


「人間やってたときのことなんて、昔っていうか、もう前世の記憶みたいなもんだよ。あ、でも死んだから前世なのか、本当に」


「そう、ですね」


「あと、外倉の腕を斬り飛ばしたんだってな。そのときは、どうしてそうなったんだ」


「宮内さんの国にいたときの仲間が、危ない目にあったので斬りました。勝手に体が動いただけですが」


「じゃあ、お前はいまでも宮内の国の死神だという自覚はあるのか」


「ありません。あのときもいく場所がなかった俺の世話をしてくれたり、敵だったにも関わらず、迎い入れてくれたことに対して、恩を感じはしましたが」


「それなのに、すぐに国を出たな?」


「宮内さんに、俺を置いておくことができないと言われました」


「ほう、なぜだ」


「自分の勝手な判断で動き、外倉の腕を斬ったこと。そして、結局は俺があの国で重要な動きをしていた春木という死神を殺したことが、やはり原因だと思います」


「春木。しってるぞ、その死神は。しかし、それで追い出すか。まあ、宮内からしたら、お前を扱いかねるか」


「あの国に、俺はいてはいけなかったんだと思います。他の死神たちの反発が大きくなる前に出て、よかったと思います」


「いく場所はあるのか」


「ありません。なので、氷生と俺をこの国に、おいていただけないでしょうか」


 瀬木根は座ったまま、頭を下げた。


「ああ、いいぞ」


「え?」


「え、いやいいよ、別に。俺の国、広いから」


 瀬木根は顔を上げる。


「お前の能力は、しってる。戦闘系統の素質としては、ずいぶんなものだ。


 元は、春木のものだろうがな。でもあの男は、一人も死神を食わなかった。だから、戦闘系統の能力があっても、能力自体はあの程度だったんだ。


 お前が春木と戦って勝てたのも、それが理由だ。あの男は、強力な能力を活かしきれなかったが、お前は違うようだ。あと、いざというときは、氷生はお前がなんとかしろ。


 そこらへんは俺にはよくわからない。実際にみていないからな」


「氷生はもう、大丈夫です」


「信用はしない。でもまあ、暴れたって大丈夫だ。どうせ、しばらくお前たちは他の天子や死神と接点を持たない」


「どういう意味ですか」


「この街で生活を始めてほしい。ここは、これから天子と死神が住みはじめる。新しい、形だけを作った街なんだ。俺ももう少ししたら、生活の拠点をこのビルに移す。それでもいいか」


「はい」


 瀬木根はもう一度、頭を下げた。


 宮内の国に連れていかれたときと、また同じことをやっている。だが、いまはもう一人ではない。


 全部が全部、納得できるものじゃなくていい。ここで俺は氷生と生活をはじめる。どんな形だっていい。誰も住んでいない街だって、いまはいい。


 時間はある。いやむしろ、その時間こそが必要だ。


 もう一回、ここからすべてをはじめる時間。生きるための準備だ。この街と同じだ。


 もう一回があるなら、次もまたこうして生きたい。でも次はないから、この最後の人生だけは、ちゃんと生きたい。氷生のため、なんて言いたくない。誰かのためじゃなく、自分で選んで、それで氷生が笑っていたらいい。


 瀬木根は、雨に包まれた灰色の風景を思い出した。その真ん中で春木と戦った。あのとき自分が考えたことは、いまとあまり変わりない。それは、正しいと思えなかったことだ。自分を取り巻く環境や、状況がなんだろうと、自分が人だろうと死神だろうと、やはりあの瞬間に嘘はない。


 すべてじゃなくていい。


 一つだけで十分だ。


 春木に、これが俺だと言いたいんだ。


 これが、俺の生き方だと。


 俺は吉光さんと、あの子と約束した。


 だからせめて、そう言えるように、ならなくちゃいけないはずだ。

 

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